bitterharvest’s diary

A Bitter Harvestは小説の題名。作者は豪州のPeter Yeldham。苦闘の末に勝ちえた偏見からの解放は命との引換になったという悲しい物語

関手ー積と余積

6.7 関手ー積と余積

前回の記事で関手のおさらいをした。一段と理解が深まったことと思う。今回は、再び積と余積について論じよう。前々回では、双関手としての積と余積について述べたが、ここは、この話ではない。

もう一度、積と余積の定義に戻って、そこから関手の世界へと入ることにしよう。

デカルト積は圏論では積の圏として定義され、その可換図式は下図のようになっていた。
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積の圏には対象\(C\)、射\(p,q\)、対象\(A,B\)が存在し、さらに、一意的な関数\(m=(f, g)\)が存在して、その他の対象\(C'\)に対して、\((f,g): C' \rightarrow C\)となる。
即ち、
1) 積と呼ばれる対象が一つ存在する。これを\(C\)とする。
2) \(C\)には投影(Projection)と呼ばれる二つの射\(p,q\)が存在する。これらは\(C\)をそれぞれ\(A,B\)に投射する。
3) \(C\)以外の任意の対象\(C'\)は\(A,B\)へ投影する射\(p',q'\)を持つ。そして、ただ一つの射\( (f, g) \)が存在し、これは\(p'=p \circ f,q'= q \circ g\)を満たす。

\(C\)が上記を満たす時、これは\(A,B\)の積と呼ばれ\(C=A \times B\)と記される。

これをHaskellで表現する。大文字で表されている対象が、小文字で表される型変数に変わることに注意すると次の図のようになる。
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ところで、\(B\)を終対象\(T\)で置き換えよう。次のようになる。
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ここで、\(unit\)は終対象への射とする。この結果、\(C\)から\(T\)への射は一意に定まる。同様に、\(C'\)から\(T\)への射も一意に定まる。従って、\(g=unit\)となり、一意に定まる。同様に、\(f\)は\(C\)から\(A\)への射として与えられたものであるため、\(f,g\)は一意に定まる、このため、この図は圏の積となっている。

これをHaskellで描いてみよう。
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ところで、積といっているので、算術での掛け算と考えて、\(C=A \times T\)と\(C=A' \times T\)にある\(T\)を1に替えてみよう(\(T\)は一つという意味で\(unit\)と呼ばれることがある。一つを顕在化し1とする)。可換図式は次のようになる。
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さらに、\(A \times 1\)は\(A\)と考えてよいだろうから次の可換図式を得る。ここで、\( (f,unit) \)は\(f\)となることに注意しよう。
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それでは、それぞれの対象は別々の圏\(\mathcal{C,D,E}\)に存在しているとしよう。そして、それらは関手\(Identity,Unit\)により結ばれているものとする。
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対象間はデータ型\(Identity,Unit\)で、関数間は\(fmap\)で写像されることを考慮に入れて、Haskellで実装すると以下のようになる(なお、\(Identity\)とその\(fmap\)の実装については次回で述べる)。
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さて元々あった積の可換図式を重ねてみる。
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この図から、\( (a,( ) )\)と\(a\)は同型写像であることが分かる(\( (a,( ) )\)と\(a\)の間の写像エピ射でありモノ射であることを証明すればよい)。即ち、同値というわけではないけれど、同型である。圏論では同型という概念は非常に重要である。それは自然な形で変換できることに起因している。そして、圏論では自然変換を重宝に利用する。

また、余積に対しても同様な可換図式を得る。
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ここで得た積と余積の概念を発展させるとテンソル積(tensor product)の世界へと進むことができる。

市ヶ尾の横穴墓群と古墳群を訪れる

東京の冬は、寒い寒いと挨拶するときに常套句としてかわすが、本当は過ごしやすい。20年以上も前になるが、隣に住んでいたドイツ人が、東京の冬は素晴らしいといっていた。ドイツの冬はどんよりと曇っていて、夜の帳が下りるのも早いそうだ。

今日は快適な冬の一日、晴天に恵まれ風一つない穏やかな日だったので、近くの古墳時代の遺跡を訪ねてみた。

きっかけをくれたのは、高田寛太さんの『海の向こうから見た倭国』である。
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Amazonの宣伝を見て面白そうなので予約購入した本だ。電子版の販売の日(24日)はいつものように朝早く目を覚ました。昨夜の読みかけで枕元にKindleが置いてあったので、もう配布されているかなと期待して開いてみたところ、すでに読める状態になっていた。予想通りなかなか面白い本で、用事の合間を縫いながらではあったが、その日の夕方までには読み終えた。

3世紀前半から6世紀前半までの古墳時代倭国と佳那、百済新羅高句麗の政治的・経済的・文化的交流関係を古墳や副葬品を通して論述している。現在のそれぞれの国という枠組みでこの時代を見てはいけない、朝鮮半島と日本列島の海岸線に沿った流域が一つの文化圏をなしていると思えるほどに豊かな関係にあった、などなどを明らかにしてくれる。優れた本だと思う。

この本を読む前に、森下章司さんの『古墳の古代史』を読んだ。
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この本は前方後円墳が発生した背景を中国そして朝鮮半島との相互作用の中から引き出そうと意欲的な試みをしている。ダイアモンドではないけれど、原始社会を考えるときは文化人類学的な視点が必要なのではないかと感じていた時だったので、森下さんの「渦巻」という用語は大変面白かった。この用語は、各地域での社会の集団化と階層化が進む中で、有力者・支配者が生まれ、さらには王や大王へと進展していくということを表している。ダイアモンドも踏襲していた新進化論の流れの中にあるものだ。分かりやすい議論だと思う。

さて、今日訪れた古墳を紹介しよう。訪れた場所は横浜市都筑区市ヶ尾である。ここには、市ヶ尾横穴古墳群と稲荷前古墳群がある。近くを谷本川が流れ、二つの古墳群は対峙する丘の上にそれぞれある。

横穴古墳群は6世紀後半から7世紀後半の古墳時代末期に作られた。農民の中でも階層化が進み、その中の有力な家族がここに埋葬されていると考えられている。古墳群は、A,B二つの群からできている。

A群の墓はこのような感じ。この左右にも同じような墓がある。
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横穴はこのような状態になっている。
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墓に近付いてみる。
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中に入ってみる。壁画が描かれていれば素晴らしいのだが、さすがにそのようなものはない。
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別の墓の中に入って外側を見る。
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B群の墓も同じような感じである。
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墓からの景色はとても素晴らしいようだ。
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道路に出て、市ヶ尾小学校越しに写真を撮ってみる。先ほどの絵の様には見事ではないが、丹沢山塊がかすんで見える。
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市ヶ尾横穴古墳群から稲荷前古墳群へと向かう途中で、梅が満開だった。
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稲荷前古墳群は4世紀後半から7世紀にかけてのこの地域の首長とそれに連なる人々の墓地と考えられている。ここには、古墳の博物館といわれるほどに色々なタイプ(前方後円墳前方後方墳、円墳、方墳)が作られていた。現在は、前方後方墳と方墳二基が残されている。

正方形をした二つの墳丘で構成された前方後方墳を横から見ると
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てっぺんに上って見ると
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また、てっぺんから付近の景色を見ると
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この墳丘からは、底部に孔をあけた壷型土器や器台などが8個体発見されていて、これらの遺物から4世代後期に構築したと考えられている。この墓は、全長37.5m、後方部幅15.5m、前方部幅14.0、くびれ部幅10.0~11.5mである。
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前方後方墳は東日本に特徴的にみられる碁制である。その理由については諸説存在する。その中の一つに、倭国と対立していた狗奴国の系譜であるという見方がある。もし、そうだとすると、市ヶ尾も狗奴国と関係のあった地域となり、面白さが増す。

このすぐそばにある方墳では、小学生が子犬と遊んでいた。
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この墓は、先ほどの墓よりは新しい時期に作られたことが分かっている。

反対側にももう一つ方墳があった。
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これは先に説明した前方後方墳と同様に大量の盛土で作られたことが分かっているそうである。

市ヶ尾横穴古墳群は市が尾駅から10分、稲荷前古墳群は市ヶ尾横穴古墳群から20分ぐらいなのだが、遺跡への入り路が分からずに余分に歩いたこともあり、通算で1万歩を越えた。週末の良い運動になった。

関手―Haskellで関手をどのように理解したらよいか

6.6 Haskellで関手をどのように理解したらよいか

圏論の中で重要な概念の一つは関手(functor)だ。そして、Haskellでも最も便利な道具の一つはファンクタである。数回の記事の中で、いくつかの例を挙げながら、圏論での関手を説明してきた。また、それとのつながりの中で、Haskellでのファンクタの使い方についても説明してきた。だいぶ慣れてきたとは思うが、次のステップに行くために、ここでもう一度原点に立ち戻って関手とは何だったのか、ファンクタとは何だったのかをもう一度振り返ることにする。

まず、圏とはという話からしてみよう。圏は構造を持った世界である。構造は簡単に言ってしまうと点の集まりとその間を矢印で結んだものである。数学の用語を用いると点は対象であり、矢印は射である。点と矢印はとても抽象化された世界である。その実例はいろいろなものを考えることができる。

点は個々のものであっても構わないし、集まりであっても構わない。例えば、小学校での学級という世界を考えるときは、点は一人一人の生徒になるであろう。しかし、小学校という世界を考えるときは、点はそれぞれの学級になるであろう。対象が学級となった時は、それを構成している要素である個々の生徒については考えないということになる。さらに進んで、横浜市の小学校という世界になれば、点は小学校ということになり、学級でさえ無視されることとなる。

矢印は点の間の関係を表す。点が学級の場合であればどのような矢印が考えられるであろうか。朝礼の時の並び順は二人の児童の関係を表しているので矢印として利用することができそうだ。同じような意味で成績順なども矢印として利用できそうだ。しかし、圏では二つの矢印は合成できるという約束になっている。このため、二つの点の関係を表しているものでも矢印として利用できないものも存在する。例えば、好きや嫌いを表すような関係は難しい。A君がB君を好きで、B君がC君を好きだとしても、A君がC君を好きだとは限らない。往々にして嫌いなことがある(圏論では矢印はつなげられるのでA君はC君が好きでないと破綻してしまう)。このため、圏論を実際の場面に応用しようとした時、工夫をしないとうまく表せないものもある。

世界を点と矢印で構成したら、二つの圏の構成を比べてみたいと自然に思うようになるだろう。例えば、学級の世界と大人社会の世界を比較したいと思うだろう。学級での児童間での上下関係と大人社会での権力構造とを比較してみようと思うだろう。どうしたらできるだろうか。一つの考え方は、子供の上下関係を大人の権力構造に移すことだろう。うまく移すことができれば、学級でのある構造が大人社会にも内在しているということを発見するであろう。このような役割を担ってくれるのが関手である。

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関手をビジュアルに示したのが、上図である。図には二つの圏\(\mathcal{C,D}\)がある。それぞれの圏で、点で表されたのが対象であり、矢印で表されたのが射である。従って、\(\mathcal{C}\)では、点として表されている\(A,B,C\)が対象であり、矢印として表されている\(f,g\)が射である。また、\(f\)と\(g\)を合成した矢印\(g \circ f\)も射である。この他に自身への射、恒等射\(id_A,id_B,id_C\)が存在する。

\(\mathcal{C}\)の構造を移したのが、右側の\(\mathcal{D}\)である。こちらには\(\mathcal{C}\)の構造を移したものしか表示していない。このため、この他にも点や矢印は存在しても構わないものとする。

\(\mathcal{C}\)の構造を\(\mathcal{D}\)に写したものが関手\(F\)である。従って、\(A,B,C\)は\(F(A),F(B),F(C)\)に移される。また、\(f,g,g \circ f\)は\(F(f),F(g),F(g \circ f)\)に移される。さらに、関手には次のようは次のような約束を求めている。合成した射を関手で写像したものは、それぞれの射を関手で写像しそれを合成したものと同値である、即ち、\(F(g \circ f)=F(g) \circ F(f)\)である。即ち、関手で写像する前に合成しても関手で写像した後で合成したとしても同じであるという約束をしている。これは恒等射についても同じである。

関手の定義には、写像(射)を写像するという概念が入り込むので、最初はとっつきにくきもする。しかし、射を写像の集合と見なせば、これまで馴染んできた集合の写像の概念と同じになるのですんなりと受け入れられるようになる(圏では射の集合は\({\rm Hom}(A,B)\)で表す。これは、対象\(A\)から対象\(B\)への射の集合と読む)。

Haskellで関手をどのように利用したらよいのだろうか。Haskellを使っていて便利だなと思うのは、データ型を自由に設定できることだ。プログラムはある応用分野に向けて書くのが普通だ。会計のシステムを作りたいとか、量子力学の問題を解きたいとか、ゲームを作ってみたいとか、それぞれ目的としているところがあると思う。そして、それぞれの応用分野には、それぞれ独自の用語がある。あるいは、それぞれの用語がその世界を規定しているといってもよいと思う。プログラムを書くとき、それぞれの用語を用いて、会計システムであれば会計の用語や約束事を用いて、プログラムを記述できれば読みやすいプログラムを実現することができる。

そのように用意されたプログラミング言語ドメイン固有言語(domain specific language)というが、応用分野ごとにこのような言語を用意するのではたまらない。Haskellの良さは、応用分野に向けたデータ型を開発者が定義することで、ドメイン固有言語が容易に用意できることだ。先ほどらいの関手という概念を用いるならば、Haskellが用意している汎用的な世界を、新たに定義したデータ型が関手として働くことによって、応用分野に移してくれる。このため、開発者はHaskellのプログラミング手法を用いて、ドメイン固有言語が与えられているような感覚で、自然な姿で特定の分野に向けたプログラムを書くことができる。

Haskellでの関手を実装するためのプロトタイプを下図に示す。
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Haskellでは射は関数である。また、対象はデータ型と呼ばれる。Haskellのプログラムでは、関数の入力と出力の関係を型シグネチャで表す。入力と出力のそれぞれの値はあるデータ型に属している。しかし、そのデータ型はいくつかの可能性がある場合がある(例えば、加算であれば、整数であることもあるし、分数であることもあるし、小数であることもある)。そこで、可能性がいくつかある場合には変数と見なして小文字で表す(これを型変数という)。このため、圏では対象を大文字で表すのが通例となっているが、Haskellで記述するときは、小文字で表す。

圏論では関手によって写像される先は\(F(A),F(f)\)のように、\(F\)を用いて表していた。しかし、Haskellでは、対象と射の写像を別々に表す。対象はデータ型によって移され、射はクラス(この場合はファンクタを定めているクラス)をインスタンス化することで実現される。図に示したように、前者は

data Type_Constructor = Data_Constructor ..

で、後者は

instance Functor Type_Constructor where
  fmap f = ...

となる。

このテンプレートを用いて\(Maybe\)を実装したのが下図である。
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この上図で\(Maybe\)が型コンストラクタ、\(Nothing\)と\(Just\)がデータコンストラクタである。\(Maybe\)の横にある\(a\)を型引数と呼ぶが、\(a\)が属する型を\(Maybe\)というデータ型の世界に移したのが、ここでの記述である。


それでは、\(Maybe\)を定義することで、どのような応用分野が提供されたのであろうか。\(Maybe\)が利用される範囲が広すぎて具体的に述べることは難しいのだが、計算の世界で値が定まらなかったときにエラーが生じないような世界を提供したということになるであろうか。次回に話すが、余積の概念を実現したということだ。

関手ー双関手

6.5 双関手

1)関手としての積と余積

前々回の記事で、Haskellが用意している関手のリストを示した。

Prelude> :i Functor
class Functor (f :: * -> *) where
  fmap :: (a -> b) -> f a -> f b
  (<$) :: a -> f b -> f a
  {-# MINIMAL fmap #-}
  	-- Defined in ・eGHC.Base’
instance Functor (Either a) -- Defined in ‘Data.Either’
instance Functor [] -- Defined in ‘GHC.Base’
instance Functor Maybe -- Defined in ‘GHC.Base’
instance Functor IO -- Defined in ‘GHC.Base’
instance Functor ((->) r) -- Defined in ‘GHC.Base’
instance Functor ((,) a) -- Defined in ‘GHC.Base’

この中で、\( ((\rightarrow) r)\)については説明したが、\( ((,) a)\)と\( (Either \ a)\)については説明しなかった。これらは、圏論での積と余積についてのところで説明した。その時は、一つの圏の中での二つの対象と一つの対象の普遍的な関りを説明する中で述べた。

それでは積の方から説明を始めよう。Haskellでは積は\((a,b)\)と書かれる。常套手段だが、カンマを中置関数と見なして、これを前置関数にすると\((,) \ a \ b\)と書くことができる。このようにすると、\((,) \)は型コンストラクタと見なすことができる。あるいは、一つのデータ型を作り出しているといってよいであろう。データを取り出す手段が、\((,) \)である(同じようなことは関数すべてにいえる。関数は型コンストラクタで、データを取り出す手段である)。

\((,)\)が型コンストラクタであることから、これは関手として利用することが可能である。その例を下図に示す。
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ここで、(,)は次のように関手として定義されている。

Instance Functor ((,) a ) where
  fmap (x,y) = (x, f y)

また、Eitherは次のように定義されている。

Instance Functor ((,) a ) where
  fmap (x,y) = (x, f y)

2)関手としての積と余積

関手はある圏からある圏(同じ圏でも構わない)への写像であった。それでは、ドメインが一つの圏ではなくて、二つの圏の場合はどうであろうか。その例を示そう。
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この図は、先に説明した積を一般化したものである。積のそれぞれは別々の圏に属す(図では\(\mathcal{C}\)と\(\mathcal{D}\)である)。それぞれから対象が選ばれ、それは別の圏へと写像される(図では\(\mathcal{E}\)である)。

一つの圏からではなく二つの圏(\(\mathcal{C,D}\))からひとつの圏(\(\mathcal{E}\))に写像しているような関手(\(F: \mathcal{C} \times \mathcal{D}\rightarrow \mathcal{E}\))を双関手(Bifunctor)という。これのHaskellでは次のように定義することができる。

class Bifunctor f where
  bifmap :: (a -> b) -> (a' -> b') -> (f a a' -> f b b')

積と余積はこのクラスのインスタンスとして定義することができる。下図には双関手と積の関係を示す。
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関手を学ぶ良い機会になるので、積と余積のインスタンスの作成は読者に任せる(双関手の実装はData.Bifunctorを調べると分かる)。

次回はモノイド圏についてである。

関手ー圏の圏

6.4 圏の圏

圏と圏とをつなぐ射は関手という特別な名前がついているが射であることに変わりはない。従って、二つの関手を合成することもできるはずだ。

図のように、三つの圏\({\mathcal C}\),\({\mathcal D}\),\({\mathcal E}\)を考えてみよう。\({\mathcal C}\)から\({\mathcal D}\)へは関手\(F\)で、\({\mathcal D}\)から\({\mathcal E}\)へは関手\(G\)で写像されているとする。そして、関手の合成\(G \circ F\)が存在するとしよう。
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また、\({\mathcal C}\),\({\mathcal D}\),\({\mathcal E}\)には自身を自身に写像する恒等な関手\(id_{\mathcal C}\),\(id_{\mathcal D}\),\(id_{\mathcal E}\)があるとしよう。

さらに結合律、単位律が成り立っているとする。

このような関手を射とし圏を対象にすると、次に示すように圏の条件を満たしていることが分かる。

1) 対象\({\mathcal C}\),\({\mathcal D}\),\({\mathcal E}\)を有する。
2) 射\(F,G\)を有する。
3) 射はドメインとコドメインを有する。即ち、\(F: {\mathcal C} \rightarrow {\mathcal D},G: {\mathcal D} \rightarrow {\mathcal E}\)
4) すべての対象に対して恒等射\(id_{\mathcal C}\),\(id_{\mathcal D}\),\(id_{\mathcal E}\)が存在する。
5) コドメインドメインが一致している射は合成でき、それも射となる。即ち、\(G \circ F\)

前回の記事で、リストを定義した。そこでは、リストは\(Cons\)が何度も繰り返し現れ、リストの要素が見にくかった。Haskellでは構成要素とその順番がすぐにわかるように、リストを\([a,b,c,… ]\)と表している。これは次のように定義されている。

data [ ] a = [ ] | a : [a]
instance Functor [ ] where
  fmap :: (a -> b) -> [a] -> [b]

このリストに対しては、最初の要素を取り出す\(head\)と最初の要素を取り除いたリストを返す\(tail\)という関数が用意されている。

これを利用してみよう。

Prelude> let a = [1,2,3]
Prelude> head a 
1
Prelude> tail a
[2,3]
Prelude> tail . tail $ a
[3]
Prelude> tail . tail . tail $ a
[]
Prelude> tail . tail . tail . tail $ a
*** Exception: Prelude.tail: empty list
Prelude> head . tail . tail $ a
3
Prelude> head . tail . tail . tail $ a
*** Exception: Prelude.head: empty list

空のリストに\(head\)と\(tail\)を施すとエラーとなる。これを避けるために、次の関数を用意しよう。

safeTail :: [a] -> Maybe [a]
safeTail [] = Nothing
safeTail (x:xs) = Just xs

safeHead :: [a] -> Maybe a
safeHead [] = Nothing
safeHead (x:xs) = Just x

この関数は、関手[ ]の後に、関手\(Maybe\)を施したもので、関手を結合したものである。
それでは利用してみよう。

*Main> let a = [1,2,3]
*Main> tail a 
[2,3]
*Main> tail .tail $ a 
[3]
*Main> tail .tail . tail $ a 
[]
*Main> tail .tail . tail . tail $ a 
*** Exception: Prelude.tail: empty list
*Main> safeTail .tail . tail . tail $ a 
Nothing
*Main> head a
1
*Main> head . tail $ a
2
*Main> head . tail . tail $ a
3
*Main> head . tail . tail . tail $ a
*** Exception: Prelude.head: empty list
*Main> safeHead . tail . tail . tail $ a
Nothing
*Main> 

\({\mathcal C}\)の射\(f\)は\(F(f)\)で\({\mathcal D}\)の射\(g\)に写像されているとする。さらに、\(g\)は\(G(g)\)で\({\mathcal E}\)の射\(h\)に写像されているものとする。

この時、\(G \circ F (f) = G (F (f))\)となる。

それでは、Haskellでの\(fmap\)はどのようになるであろうか。下図を参考にしながら求めてみよう。
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g=fmap f
h=fmap g

より、

h=fmap (fmap f)
 = (fmap . fmap) f

となる。

それでは、少し実行してみよう。\(f\)を(+3)にして確認する。

Prelude> f = (*3)
Prelude> h = (fmap .fmap) f
Prelude> m = Just [1,2,3]
Prelude> h m
Just [3,6,9]

それでは、\(f\)を2乗する関数にして確認してみよう。

Prelude> f x = x * x
Prelude> h m
Just [3,6,9]
Prelude> h = (fmap . fmap) f
Prelude> m = Just [1,2,3]
Prelude> h m
Just [1,4,9]

次は双関手(\(Bifunctor\))について述べる。

関手ー一般化

6.3 一般化

\(Maybe\)を利用して関手を説明したが、その他にもいろいろな関手を考えることができる。それらは(\(Maybe\)で説明した)\(fmap\)の実装が異なるだけだ。Javaを知っている人であればインターフェースを用いて実装したらと考えるだろう。Haskellにもオブジェクト指向と同じ概念のものが用意されている。Haskellでは、関手はクラスで一般化し、個々の実体はそのインスタンスで表現できる。

それでは実際に示してみよう。次のようになる。

Class Functor f where
  fmap :: (a -> b) -> (f a -> f b)

上記のプログラムで、\(f\)が関手である。Haskellでは型コンストラクタとなる。
なお、GHCでの定義を見ると次のようになっている。

Prelude> :i Functor
class Functor (f :: * -> *) where
  fmap :: (a -> b) -> f a -> f b

\(f \ a\)と\(f \ b\)がカッコでくくられていないが、これをカーリー化すると\( (f \ a \rightarrow f \ b)\)になるので、表現は異なるが内容は同じである。

これを用いると、\(Maybe\)はクラスをインスタンス化し、次のように実装できる。

data Maybe a = Nothing | Just a deriving (Eq, Show, Read)
instance Functor Maybe where
  fmap _ Nothing = Nothing
  fmap f x = Just (f x)

これまで、\(fmap \ f \ Nothing = Nothing\)と書いてきたが、どのような\(f\)が来たとしても\(Nothing\)を出力するので、ここでは\(f\)の代わりに\(\_\)を用いた。
プログラムを実行してみよう(実装されている\(Maybe\)とぶつかるようであれば、\(Maybe’, Just’, Nothing’\)のように’をつけて実装し、実行して欲しい)。

*Main> fmap (+3) (Just 5)
Just 8
*Main> fmap (+3) Nothing
Nothing

それではリストはどうであろうか。\(Maybe\)を参考にしながら実装しよう。

data List a = Nil | Cons a (List a) deriving (Eq, Show, Read)
instance Functor List where
  fmap _ Nil = Nil
  fmap f (Cons h t) = Cons (f h) (fmap f t)

上のプログラムで、\(Cons \ h \ t\)と書いたが、\(h\)はリストの最初の要素、\(t\)はこれを取り除いたリストである。

プログラムを実行してみよう。

*Main> fmap (+3) (Cons 3 (Cons 4 (Cons 5 Nil)))
Cons 6 (Cons 7 (Cons 8 Nil))

Haskellが用意している\(Functor\)のインスタンスを調べてみよう(厳密にはGHCが用意しているインスタンス)。

Prelude> :i Functor
class Functor (f :: * -> *) where
  fmap :: (a -> b) -> f a -> f b
  (<$) :: a -> f b -> f a
  {-# MINIMAL fmap #-}
  	-- Defined in ・eGHC.Base’
instance Functor (Either a) -- Defined in ‘Data.Either’
instance Functor [] -- Defined in ‘GHC.Base’
instance Functor Maybe -- Defined in ‘GHC.Base’
instance Functor IO -- Defined in ‘GHC.Base’
instance Functor ((->) r) -- Defined in ‘GHC.Base’
instance Functor ((,) a) -- Defined in ‘GHC.Base’

上記に示すような結果を得たことと思う。
ところで下から2行目に見慣れないものがある。\(((\rightarrow) \ r)\)なのだが、これはリーダーと呼ばれる。それではこのリーダーについて説明しよう。

Haskellでは、関数は\(a \rightarrow b\)と記述される。\(a\)が入力で\(b\)が出力である。ところで、\( \rightarrow \)を\(+\)や\(\times\)などと同じように中置関数と考えると、これを前置関数に変えることで\( (\rightarrow) \ a \ b \)と表すことができる。

そこで、\( (\rightarrow) \ a \ b \)は、\(a\)を\(b\)に変換してくれる型コンストラクタと解釈することが可能となる。従って、

type Reader a = (->) a

と表すことが可能となる。
あるいは、両辺から\(a\)を取り除いて

type Reader = (->)

と表しても構わない。これで、\( (\rightarrow) \)は型コンストラクタとなった。ここでは、それを\(Reader\)というシノニムで置き換えている。

ところで、次の図を考えよう。
f:id:bitterharvest:20170823042237p:plain
図で左側から右側への関手は\(Reader \ r\)である。左側にある関数\(f\)でそのドメインは\(a\)でありコドメインは\(b\)である。今、これら\(a,b\)を、右側に示すように、\(r\)をドメインにし、そのコドメインに持ち上げてしまおう。\(a\)を\(g:r \rightarrow a\)に写像する関数は、\(Reader \ r \ a\)と表すことができる。

それでは、\(b\)を\(r \rightarrow b\)に移す関数はどうなるであろうか。\(b\)を関手\(Reader \ r\)を用いて、\(r \rightarrow b\)に写像する。そして、\(r \rightarrow b\)は射である。関手を射に写像するときは\(fmap\)を用いていた。そこで、\(fmap \ f \ g = fmap \ f \ (Reader \ r \ a) \)と考えられる。

これでよさそうなのだが、何となくすっきりとしない。そこで、Haskellでの可換図式ではなく、圏論での可換図式で表してみることにしよう。
f:id:bitterharvest:20170823044014p:plain
上記の可換図式で、\({\rm Hom}(R,A)\)は、対象\(R\)から\(A\)への射の集合である。

次に、\(R\)から\(B\)への写像を考えてみよう。これは、\(\mathcal {D}\)のところの可換図式を用いればよい。(上側の)\(R\)から\(A\)を経由して\(B\)にいたる射の集合を求めると\({\rm Hom}(R,A) \times {\rm Hom}(A,B)\)となる。同じように、(上側の)\(R\)から(下側の)\(R\)を経由して\(B\)にいたる射の集合を求めると\({\rm Hom}(R,R) \times {\rm Hom}(R,B)={\rm Hom}(R,B)\)となる。これが先に求めたものと等しいので、\({\rm Hom}(R,B)={\rm Hom}(R,A) \times {\rm Hom}(A,B)\)となる。

従って、\(fmap \ f \ (Reader \ r \ a) \)でよいことが判明した。

そこで、\(fmap\)のリーダーに対する実装は次のようになる。

type Reader = (->)
instance Functor (Reader r) where
  fmap :: (a -> b) -> (r -> a) -> (r -> b)
  fmap f g = f . g

ここで、f.g は(.) f gと表すことができ左右の辺からf,gを消去すると最終的には次のようになる。

type Reader = (->)
instance Functor (Reader r) where
  fmap :: (a -> b) -> (r -> a) -> (r -> b)
  fmap= ( . )

上記のプログラムをロードすると\(Use \ TypeSynonymInstances\)とエラーが出る。そこで、これを用いて再度ロードするとファンクタが二重定義であるというエラーが出る。これは、Haskellが\( (\rightarrow)\)のファンクタを用意しているためである。従って、Haskellがあらかじめ用意しているものをここでは用いる。Haskellではどのようになっているかをまず、見てみよう。データ型の定義は次のようになっている。
\begin{lstlisting}[language=sh, basicstyle=\ttfamily\footnotesize, frame=single, breaklines=true]
Prelude> :i (->)
data (->) t1 t2 -- Defined in ‘GHC.Prim’
\end{lstlisting}
しかし、GHC.Primを参照してもこのデータ型の定義は見当たらない。ファイクコードだそうだ。これは表示のためだけに使われているそうである。
しかし、ファンクタの方はちゃんと定義されている。\(Data.Functor\)を見ると次のようになっている。

instance Functor ((->) r) where
    fmap = (.)

システムが用意しているものを実際に使うとこんな感じになる。あまり面白くはない。

Prelude> ((+3) . (*4)) 5
23
Prelude> ((+3) . (+4)) 6
13

次回は、圏から圏を作ることを説明する。

関手ー関手であることの証明

6.2 関手の証明

かつてバークレイの大学院生だった頃に指導教授からプログラムの正当性を研究テーマにしてみないかと誘いを受けたことがある。当時のプログラミング言語と言えばFortlanで、構造がぐしゃぐしゃなプログラムを検証することなど不可能だと直感的に感じて断った経験がある。

関数型言語を使えるようになった今日ではプログラムの検証は随分と簡単になった。今回の記事で紹介するのもその一つである。Maybeが関手であること、即ち、構造を保持していることを証明しよう。

圏の定義を確認しておこう。
1) 対象\(A,B,C,..\)を有する。
2) 射\(f,g,h,..\)を有する。
3) 射はドメインとコドメインを有する。これらは対象である。
4) すべての対象に対して恒等射が存在する。
5) コドメインドメインが一致している射は合成でき、それも射となる。
さらに、圏は次の二つの法則を満たさなければならない。
①  結合律。
②  単位律。

さらに、関手についても確認しておこう。圏論での関手の可換図式は次のようである。
f:id:bitterharvest:20170217084834p:plain

この図で重要なところは、構造を保持しているところで、それらは、
\begin{eqnarray}
F(id_A)=id_{F(A)} \\
F(id_B)=id_{F(B)} \\
F(id_C)=id_{F(C)} \\
F(g \circ f) = F(g) \circ F(f)
\end{eqnarray}
である。

Haskellで、関手を定義するときは、上記が成り立っているかどうかを確認しなければならない。プログラムの方は検証をしてくれないので、検証は開発者の責任となる。

それでは、\(Maybe\)が構造を保持しているかどうかを証明することにしよう。
\(Maybe\)の可換図式は次のようになっていた。
f:id:bitterharvest:20170217090107p:plain
証明すべき項目は以下のとおりである。
\begin{eqnarray}
fmap \ id_a = id_{Maybe \ a} \\
fmap \ id_b = id_{Maybe \ b} \\
fmap \ id_c = id_{Maybe \ c} \\
fmap \ (g \circ f) = fmap \ g \circ fmap \ f
\end{eqnarray}
である。

それでは証明に移ろう。\(fmap\)は次のように定義していた。

fmap :: (a -> b) -> (f a -> f b)
fmap f Nothing = Nothing
fmap f (Just x) = Just (f x)

である。

ここで、先ほどから使用している\(a,b,c\)は型変数である。前の記事では言葉で説明したが、数学的に記述すると次のようになる。対象の集まりを\(\mathcal {O} = {A,B,C,…}\)とする。型シグネチャのところで\((a -> ...)\)と現れるが、このときの\(a\)は\(\forall a,b,c \in \mathcal {O} \)の意味である。\(\forall\)は全称記号で「任意の」という意味である。即ち、\(a\)は、\(\mathcal {O}\)の要素\(A,B,C,..\)のどれに対してもということになる。

そこで、\(fmap \ id_a = id_{Maybe \ a}\)を証明することとしよう。いま\(id\)を次のように定義する。

id :: a -> a
id x = x

上の定義の\(f\)を\(id\)で置き換えると

fmap id Nothing = Nothing
fmap id (Just x) = Just (id x)

\(id\)の定義より以下が成り立つ。

id Nothing = Nothing

CやJavaなどの逐次型プログラミング言語では\(=\)は代入式であるが、純関数型言語Haskellでは\(=\)は等価、即ち\(==\)である。プログラムで確認してみよう。

Prelude> :t id
id :: a -> a
Prelude> id 3 == 3
True
Prelude> 3 == id 3
True
Prelude> id (Just 5) == Just 5
True
Prelude> Just 5 == id (Just 5)
True

従って、左辺を右辺で、右辺を左辺で置き換えることが可能である。そこで、\(Nothing\)を\(id \ Nothing\)で置き換えると、

fmap id Nothing = Nothing = id Nothing
fmap id (Just x) = Just (id x)

つぎに、2番目の式についても変形してみよう。

id x = x

より、

fmap id Nothing = Nothing = id Nothing
fmap id (Just x) = Just x

また、

id (Just x) = Just x

より、\(Just \ x\)を\(id \ (Just x)\)で置き換えると次のようになる。

fmap id Nothing = Nothing = id Nothing
fmap id (Just x) = id (Just x)

それでは次の\(fmap \ (g \circ f) = fmap \ g \circ fmap \ f\)を証明しよう。

fmap (g . f) Nothing = Nothing
fmap (g . f) (Just x) = Just ((g . f) x)

原理は先ほどと同じなので、式の変形だけを示そう。最初の式は、

fmap (g . f) Nothing = Nothing
                     = fmap g Nothing
                     = fmap g (fmap f Nothing)
                     = ((fmap g) . (fmap f)) Nothing

最後の式は、

fmap (g . f) (Just x) = Just ((g . f) x)
                      = Just (g (f x))
                      = fmap g (Just (f x))
                      = fmap g (fmap f (Just x))
                      = ((fmap g) . (fmap f)) (Just x)

これにより、\(Maybe\)が関手の条件を満たしていることが証明できた。

次回は、\(fmap\)を一般化する。

関手ー定義

6.関手

関手は圏論の中で最も重要な概念である。圏論では自然変換(natural transformation)が重要であるが、これの根幹をなすのが関手である。

6.1 関手の定義

圏論は数学的な構造を対象としての点と対象を結ぶ射としての矢印で表している。二つの圏があった時に、片方の構造を他方のそれに写像するのが関手である(注意:集合はいわゆる写像を有しないので、恒等射のみを有する圏である。このような圏は離散圏(discrete category)と呼ばれる)。

例を挙げて説明しよう。今、二つの圏\(\mathcal{C}\)と\(\mathcal{D}\)があり、前者は対象\(A,B\)と射\(f:A \rightarrow B\)と恒等射\(id_A,id_B\)で構成されているとする。関手\(F\)は前者の構造を後者に写像する。すなわち、図に示すように \(\\\)

\(A,B\)を\(F (A),F (B)\)に、\(\\\)
\(f:A \rightarrow B\)を\(F (f): F (A) \rightarrow F (B)\)に、\(\\\)
\(id_A,id_B\)を\(F (id_A),F (id_B)\)に写像する。
f:id:bitterharvest:20170216082500p:plain
この時、\(\mathcal{D}\)での対象\(F (A)\)と\(F (B)\)に対する恒等射\(id_{F(A)}\)と\(id_{F(B)}\)はそれぞれ\(F (id_A)\)と\(F (id_B)\)であることに注意して欲しい。

射\(f\)を関手\(F\)で写像するということが理解しにくいかと思う。\(A\)から\(B\)への射は一つとは限らない。複数あっても構わない。そこで、これらを集合と見なすことができる。そこで、\(A\)から\(B\)への射の集合を\({\rm HOM}(A,B)\)と記述する。もし、圏を明記する必要があるときは、\({\rm HOM}\)に添え字で圏の名前を付す。例えば、\({\rm HOM}_\mathcal{C} (A,B)\)とする。このようにすると\(F (f): {\rm HOM}_\mathcal{C} (A,B) \rightarrow {\rm HOM}_\mathcal{D} (F (A),F (B))\)となる。これは集合から集合への写像なので、通常の関数の概念と同じになるので、理解しやすいと思う。

集合から集合への写像なので、単射(injective)であるのか全射(surjective)であるのかが気になるが、関手はこれらの性質を問わない。単射であってもそうでなくても構わない。即ち1対1対応である必要はない。また、全射であってもそうでなくても構わない。即ち、写像される側のすべての要素に写像される必要はない。但し、関手が単射であるとき忠実(faithful)関手といい、全射であるとき充満(full)関手という。

圏の構造の一つの特徴は、射の合成である。そこで合成を伴う圏の関手を考えることにしよう。圏\(\mathcal{C}\)は対象\(A,B,C\)と射\(f:A \rightarrow B, g:B \rightarrow C \)と恒等射\(id_A,id_B,id_C \)で構成されているとする。射は合成できるので、\(g \circ f:A \rightarrow C \)が存在する。この構造を、図に示すように、関手\(F\)で圏\(\mathcal{D}\)に写像することを考えよう。
f:id:bitterharvest:20170216082517p:plain
\(A,B,C\)は\(F (A),F (B),F (C)\)に、 \(\\\)
\(f:A \rightarrow B\)と\(g:B \rightarrow C \)は\(F (f): F (A) \rightarrow F (B)\)と\( F (g): F (B) \rightarrow F (C) \)に、 \(\\\)
\(id_A\)と\(id_B\)と\(id_C\)は\(F (id_A)\)と\(F (id_B)\)と\(F (id_C) \)にそれぞれ写像される。

また、\(g \circ f:A \rightarrow C \)は\(F ( (g \circ f) ): F (A) \rightarrow F (C) \)に写像される。一方、\(F (f)\)と\(F (g)\)は合成できるので、これは\(F (g) \circ F (f): F (A) \rightarrow F (C) \)となる。圏論では、構造を保持する必要があるので、\(F (g \circ f)= F (g) \circ F (f)\)となる。

関手のいくつかの例を挙げてみよう。

最初の例はシングルトンだけから成り立つ圏からの関手である。これは相手側の対象を一つ選択する件である。
f:id:bitterharvest:20170216082535p:plain
次の例は、定関手(constant functor)と呼ばれるものである。すべての対象が一つの対象に写像される。また、すべての対象が恒等射に写像される。
f:id:bitterharvest:20170216085305p:plain
最後の例は自己関手(endofunctor)と呼ばれる。プログラミング言語もこの例の一つである。

それではHaskellのプログラムで関手を使ってみよう。Haskellでは対象は型としてあらわされる。また、型シグネチャを用いて、入力されるデータの型や出力されるデータの型を示す。この時、型はその時の状況によって決まることが多いので、通常は、型そのもので表さず、型変数というものを用いる。実際に関数を利用するときに、型変数が型にバインディングされる。

\(Maybe\)という型を考えることにする。これは次のように定義する。

data Maybe a = Nothing | Just a

最初の図をHaskellの流儀で表したものが次の図である。
f:id:bitterharvest:20170217081652p:plain
この図では、\(F\)は対象に対しては\(Maybe\)を、射に対しては\(fmap\)を用いている。また、対象は型変数となるので小文字で書いてある。それでは、関手を定義してみよう。

fmap :: (a -> b) -> (Maybe a -> Maybe b)
fmap f Nothing = Nothing
fmap f (Just x) = Just (f x)

プログラムを作って実行してみよう。Maybeは用意されているので、これとの混同を避けるために、新しく定義するMaybeには句読点をつけて定義しよう。即ち次のようにする。

data Maybe' a = Nothing' | Just' a deriving (Eq, Show, Read)

fmap' :: (a -> b) -> (Maybe' a -> Maybe' b)
fmap' f Nothing' = Nothing'
fmap' f (Just' x) = Just' (f x) 

実行してみよう。

Prelude> :load "maybe.hs"
[1 of 1] Compiling Main             ( maybe.hs, interpreted )
Ok, modules loaded: Main.
*Main> fmap' (+3) (Just' 4)
Just' 7
*Main> fmap' (++ "!!") (Just' "Happy")
Just' "Happy!!"

\(Maybe\)という関手を定義したが、これが関手であるためには、構造を保持していなければならない。次の記事では構造が保たれていることを示すことにしよう。

圏論での積と余積―代数的データ型

5.6 代数的データ型

引き続き、Bartosz Milewskiの動画を元に、話を進める。

1) 乗算(Multiply)

デカルト積の圏について、前々回の記事で説明したが、積と名前がついているので、四則演算での乗算とかかわりがありそうである。
乗算\(\times\)は、交換律(commutative property)、結合律(associative property)、単位元(identity element)の存在、ゼロの存在(property of zero)という性質を持つ。

デカルト積の圏にもこれらの性質を持たすことができれば、このような性質を持った圏と乗算の圏は同じ構造の圏になりそうだ。そこで、これらの性質を持たせるように工夫してみよう。
デカルト積の圏で\((a,b)\)と表されるものは、乗算では\(a \times b \)と表されるものとする。
次は交換律である。値の順序を入れ替えても結果は同じという性質なので、デカルト積の圏の方には、\(mswap\)という射を用意する。即ち、
\begin{eqnarray}
mswap \ p = (snd \ p, fst \ p)
\end{eqnarray}

次は結合律である。計算の順番によらないという性質なので、デカルト積の圏の方には、\(massoc,massoc\_inv\)という射を用意する。即ち、
\begin{eqnarray}
massoc \ ( (x,y),z) = (x, (y,z) ) \\
massoc\_inv \ ( x,(y,z) ) = ( (x, y ),z )
\end{eqnarray}

また、デカルト積の圏では1は()に対応させることとする。従って、単位元に対する演算\(a \times 1 = a\)と\(a =a \times 1\)は、\(munit, munit\_inv\)で表すと次のようになる。
\begin{eqnarray}
munit \ (x,() )= x \\
munit\_inv \ x = (x,( ) )
\end{eqnarray}

さらに、0は\(Void\)に対応させることとする。演算\(a \times 0 = 0\)は、\(mzero\)で表すと次のようになる。
\begin{eqnarray}
mzero :: (a,Void ) \rightarrow Void
\end{eqnarray}
ただし、型コンストラクタ\(Void\)は次に示すように値コンストラクタを有しない。このため、関数は値コンストラクタを用いて定義されるので、シグネチャは定義できるが、その関数は定義できない(前後が逆になるが、型コンストラクタ、値コンストラクタについてはすぐ後で説明する)。

Prelude> import Data.Void
Prelude Data.Void> :i Void
data Void 	-- Defined in ‘Data.Void’

これまでの説明をまとめたのが、以下の表である。

規則積の圏(Haskell)乗算
解釈\((a,b)\)\(a \times b \)
交換律\(mswap :: (a, b) \rightarrow (b, a) \\ mswap \ p = (snd \ p, fst \ p)\)\(a \times b = b \times a \)
結合律\(massoc :: ( (a,b),c) \rightarrow (a, (b,c) ) \\ massoc \ ( (x,y),z) = (x, (y,z) ) \)\((a \times b) \times c = a \times (b \times c) \)
\(massoc\_inv :: ( a,(b,c) ) \rightarrow ( (a, b),c ) \\ massoc\_inv \ ( x,(y,z) ) = ( (x, y ),z ) \)\(a \times (b \times c) = (a \times b) \times c \)
単位元\(munit :: (a,() ) \rightarrow a \\ munit \ (x,() )= x\)\(a \times 1 = a \)
\(munit\_inv :: a \rightarrow (a,() ) \\ munit\_inv \ x = (x,( ) )\)\(a = a \times 1 \)
ゼロ\(mzero :: (a,Void ) \rightarrow Void \)\(a \times 0 = 0 \)

これをHaskellのプログラムとして実装してみよう。

import Data.Void

mswap :: (a,b) -> (b,a)
mswap p = (snd p, fst p)

massoc :: ((a,b),c) -> (a,(b,c))
massoc ((x,y),z) = (x,(y,z))

munit :: (a,()) -> a
munit (x,()) = x

munit_inv :: a -> (a,())
munit_inv x = (x,())

--mzero :: (a, Void) -> Void

少し、利用してみよう。

Prelude> :load "product.hs"
[1 of 1] Compiling Main             ( product.hs, interpreted )
Ok, modules loaded: Main.
*Main> mswap (3,4)
(4,3)
*Main> massoc ((3,4),5)
(3,(4,5))
*Main> massoc_inv (6,(7,8))
((6,7),8)
*Main> munit (4,())
4
*Main> munit_inv 5
(5,())

2) 加算(Sum)

次は余積の圏だ。余積は和と書かれることもあるので、加算と関係があるはずだ。
余積の圏は\(Either \ a \ b \)と記述していたが、これを\(a+b\)と思うことにしよう。\(+\)の左側には\(a\)があって、右側には\(b\)があると思うことにする。このようにすると、
加算が有する、交換律、結合律、単位元の存在などの性質は乗算の時と同じように、余積の圏に持たせることができる。

交換律は射\(sswap\)で表すことにすると次のようになる。\(mswap\)とは異なり単純な関数では済まない。左側\(Left\)の値が来た場合と右側\(Right\)の値が来た場合に応じて、計算の仕方を変える必要がある。
\begin{eqnarray}
sswap \ (Left \ x) = Right \ x \\
sswap \ (Right \ x) = left \ x
\end{eqnarray}

次は交換律である。交換律では3個の値を使うことになるので、対(ペア)のデータ型だけでは結果を表すことができない。そこで、新しいデータ型を用意する。

data Tripple a c b= Left' a | Middle' c | Right' b deriving (Eq, Show, Read)

これを用いると結合律の射\(asspc, assoc\_inv \)は次のように定義できる。
\begin{eqnarray}
sassoc (Left \ x) = Left' \ x \\
sassoc (Right \ (Left \ x) ) = Middle' \ x \\
sassoc (Right \ (Right \ x) ) = Right' \ x \\
sassoc\_inv (Left \ (Left \ x) ) = Left' \ x \\
sassoc\_inv (Left \ (Right \ x) ) = Middle' \ x \\
sassoc\_inv (Right \ x) = Right' \ x
\end{eqnarray}

加算の時の単位元は0である。余積の圏でも0を\(Void\)で表すことにする。単位元に関連する演算\(sunit,sunit\_inv\)は、シグネチャだけになり、次のようになる。
\begin{eqnarray}
sunit :: Either \ a \ Void \rightarrow a \\
sunit\_inv :: a \rightarrow Either \ a \ Void
\end{eqnarray}

\(Either \ a \ Void\)の解釈だが、左側からは\(a\)という値が取り出せる。しかし、右側からは何も出てこない。従って、二つを足し合わせると、\(a\)になるというものだ。

これらを表にまとめると次のようになる。

規則余積の圏(Haskell)乗算
解釈\(Either \ a \ b\)\(a + b \)
交換律\(sswap :: Either \ a \ b \rightarrow Either \ b \ a \\ sswap \ (Left \ x) = Right \ x \\ sswap \ (Right \ x) = left \ x \)\(a + b = b + a \)
結合律\(sassoc :: Either \ a \ (Either \ c \ b) \rightarrow Tripple \ a \ c \ b \\
sassoc (Left \ x) = Left' \ x \\
sassoc (Right \ (Left \ x) ) = Middle' \ x \\
sassoc (Right \ (Right \ x) ) = Right' \ x\)
\((a + c) + b = a + (c + b) \)
\(sassoc\_inv :: Either \ (Either \ a \ c) \ b \rightarrow Tripple \ a \ c \ b \\
sassoc\_inv (Left \ (Left \ x) ) = Left' \ x \\
sassoc\_inv (Left \ (Right \ x) ) = Middle' \ x \\
sassoc\_inv (Right \ x) = Right' \ x \)
\(a + (c + b) = (a + c) + b \)
単位元\(sunit :: Either \ a \ Void \rightarrow a\)\(a + 0 = a \)
\(sunit\_inv :: a \rightarrow Either \ a \ Void \)\(a = a + 0 \)

Haskellのプログラムで記述してみよう。次のようになる。

import Data.Void

data Tripple a c b= Left' a | Middle' c | Right' b deriving (Eq, Show, Read)
 
sswap :: Either a b -> Either b a
sswap (Left x) = Right x
sswap (Right x) = Left x

sassoc :: Either a (Either c b) -> Tripple a c b
sassoc (Left x) = Left' x
sassoc (Right (Left x)) = Middle' x
sassoc (Right (Right x)) = Right' x 

sassoc_inv :: Either (Either a c) b -> Tripple a c b
sassoc_inv (Left (Left x)) = Left' x
sassoc_inv (Left (Right x)) = Middle' x 
sassoc_inv (Right x) = Right' x

--sunit :: Either a Void -> a
--sunit_inv :: a -> Either a Void

実行してみよう。

Prelude> :load "coproduct.hs"
[1 of 1] Compiling Main             ( coproduct.hs, interpreted )
Ok, modules loaded: Main.
*Main> let a = Left 3
*Main> let b = Right 4
*Main> sswap a
Right 3
*Main> sswap b
Left 4
*Main> let c = Right (Left 5)
*Main> let d = Right (Right 6)
*Main> sassoc a
Left' 3
*Main> sassoc c
Middle' 5
*Main> sassoc d
Right' 6
*Main> let e = Left (Left 7)
*Main> let f = Left (Right 8)
*Main> sassoc_inv e
Left' 7
*Main> sassoc_inv f
Middle' 8
*Main> sassoc_inv b
Right' 4

3) 分配律(Distributive Property)

加算と乗算が出てきたので、分配律についても確認しよう。これは\(a \times ( b + c) = a \times b + a \times c \)である。従って、()と\(Either\)を用いて次のように表すことができる。

規則積・余積の圏(Haskell)乗算と加算
分配律\(distr :: (a, Either \ b \ c) \rightarrow Either \ (a, b) \ (a, c) \\ distr \ (x, Left \ y) = Left \ (x, y) \\ distr \ (x, Right \ y) = Right \ (x, y) \)\(a \times ( b + c) = a \times b + a \times c \)

プログラムで示すと以下のようになる。

distr :: (a, Either b c) -> Either (a, b) (a, c)
distr (x, Left y) = Left (x, y)
distr (x, Right y) = Right (x, y)

実行してみよう

*Main> let a = 3
*Main> let b = Left 4
*Main> let c = Right 5
*Main> distr (a, b)
Left (3,4)
*Main> distr (a, c)
Right (3,5)

4) Haskellのデータ型の定義

Haskellでは、プログラマが新しいデータ型を作成することを許している。\(data\)というキーワードの後に型コンストラクタを書く。その後、\(=\)を書き、それに続けて値コンストラクタを記述する。例えば、\(x,y\)座標の点を表したいときは、

Prelude> data Point = P Float Float

とする。\(a=(3.1, 2.5)\)および\(b=(5.6, -2.4)\)を作りたいのであれば次のようにする。

Prelude> let a = P 3.1 2.5
Prelude> let b = P 5.6 (-2.4)
Prelude> :t a
a :: Point
Prelude> :t b
b :: Point

あるいはレコードを用いて次のようにも定義できる。

Prelude> data Point = P {x::Float, y::Float} deriving (Eq, Show, Read)
Prelude> let a = P {x=3.1, y=2.5}
Prelude> let b = P {x=5.6, y=(-2.4)}
Prelude> :t a
a :: Point
Prelude> :t b
b :: Point

5) 代数方程式からのデータ型の定義

さて、今回のメインディッシュである代数的データ型の話に移ろう。

\(l(a) = 1 + a \times l(a) \)という代数方程式を考えよう。

これは、\(l(a) = \frac{1}{1-a} \)となるので、
\(l(a) = \sum_{i=0}^{\infty} a^i = 1 + a + a^2 + a^3 + a^4...\)
を得る(これは良く知られた公式であるが、実際に求めたければ、割り算をするとよい)。

これは、加算と乗算の形で表されているが、まず、\(a\)のべき乗のところを、1が()になることに注意して、タプルに代えてみよう。
\(l(a) = () + a + (a,a) + (a,a,a) + (a,a,a,a) + ...\)
次に、+の部分を\(Either\)で変えてみよう。
\(l(a) = Either \ () \ (Either \ a \ (Either \ (a,a) \ (Either \ (a,a,a) \ (Either \ (a,a,a,a)....\)
なんと、上の式は全てのタプルを表している(但し、後で説明するが、構成要素のデータ型は同じである)。

ところで、上の式で用いられている\(a\)について若干説明する。ここでの\(a\)は型変数と呼ばれるものである。データ型には、\(Int, Float, Char, Tuple\)など、あるいは自身で作ったものもあるが、型変数は、データ型を値とする変数である。従って、\(a=Int\)であれば、\((a,a,a)\)は\((Int,Int,Int)\)となり、整数を三つ組みとするタプルである。また、\(a=String\)であれば、文字列を三つ組みとするタプルである。

さて、\(l(a) = 1 + a \times l(a) \)は型変数\(a\)で作られるデータ型の構造を示す代数方程式と思うことにしよう。左辺の方はデータ型を示し、右辺の方はデータ型の作り方を示しているものとする。
\(l(a)\)は型変数を\(a\)を有するデータ型Listとしよう。即ち、Listは型コンストラクタである。

data List a

右辺の\(+\)は\(Either\)の英語での意味、即ちどちらかであるということにする。そして、記号は、\(|\)を用いる。また、1と\(a \times l(a)\)はタプルで取りあえず表してみよう。即ち、()と\( (a, l(a) )\)とにする。さて、タプルを新しいコンストラクタで置き換えることにする。()は値コンストラクタ\( N il \)で、また、\( (a, l(a) )\)は値コンストラクタ\(Cons\)で置き換える。このようにすると、後者の方は \(Cons \ a \ List(a) \)で表すことができる。即ち、代数方程式\(l(a) = 1 + a \times l(a) \)は、次のデータ型で置き換えることができる。

data List a = Nil | Cons a (List a)

上記のデータ型は、代数方程式から導き出されている。そこで、このようなデータ型を、特に、代数的データ型と呼ぶ。上記のデータ型は、また、良く知られているリストの定義である。下図に示すように、リストの定義が代数方程式から導き出される。何とも面白い変換だと思う。
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圏論では、同じ構造の圏であれば、一方の圏の性質を他方の圏を用いて調べることができる。この役割をしてくれるのが関手(functor)である。これについては次回で述べる。

圏論での積と余積―余積

5.5 余積

オーストラリアオープンテニス2017は、昨日、男子決勝戦が行われた。テニス界のレジェンドといわれるフェデラーナダルが決勝で争うこととなり、これ以上、楽しませてくれる組合せはなかった。
グランドスラムの優勝回数で、二人は歴代の1位と2位である。テニス史上、最も強いプレーヤーの対決だ。二人とも準決勝では長い試合を戦ったので、決勝戦に疲れが残っていないのだろうかと心配していたが、そのような心配は全く不要で、信じられないようなスーパープレーを余すところなく見せてくれ、感動したの一言に尽きる試合であった。

勝敗を決めることを雌雄を決するという。「雌雄を決する」という用語は『史記項羽本記』のなかで、「願與漢王挑戦決雌雄(願わくは漢王との戦いを挑み、雌雄を決せん)」と出てくる。一般に、動物は雄が強く、雌が弱いものとされていて、いずれが雄でいずれが雌であるかを決めようということから来た言葉だそうだ。

フェデラーナダルジョコビッチとマレー、そして願わくば、錦織とラオニッチが、雌雄を決する最高の場面をこれからもたくさん提供してくれるといいなあと思う。

これから話をする余積は、概念的には雌雄に相当するものだ。

積の圏(product category)は次の条件を満たすものであった。
1) 積と呼ばれる対象が一つ存在する。これを\(C\)とする。
2) \(C\)には投影(Projection)と呼ばれる二つの射\(p,q\)が存在する。これらは\(C\)をそれぞれ\(A,B\)に投射する。
3) \(C\)以外の任意の対象\(C'\)は\(A,B\)へ投影する射\(p',q'\)を持つ。そして、ただ一つの射\(m\)が存在し、これは\(p'=p \circ m,q'= q \circ m\)を満たす。
\(C\)が上記を満たす時、これは\(A,B\)の余積と呼ばれ\(C=A \times B\)と記される。

積の圏での射の方向を逆にすると、双対関係にある、余積の圏(coproduct category)を得る。図で示すと以下のようになる。
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余積の圏を定義すると次のようになる。
1) 余積と呼ばれる対象が一つ存在する。これを\(C\)とする。
2) \(C\)には注入(Injection)と呼ばれる二つの射\(i,j\)が存在する。これらはそれぞれ\(A,B\)から\(C\)に注入する。
3) \(C\)以外の任意の対象\(C'\)は\(A,B\)から注入する射\(i',j'\)を持つ。そして、ただ一つの射\(m\)が存在し、これは\(i'=m \circ i,j'= m \circ j\)を満たす。
\(C\)が上記を満たす時、これは\(A,B\)の積と呼ばれ\(C=A + B\)と記される(\(+\)の代わりに\(\oplus\)や\(\amalg\)が使われることもある)。

余積の圏とはどのようなものであろうか。二つの対象を注入して一つの対象を作るというのがその趣旨である。レトリックな世界で少し楽しんでみよう。

先ほどまで、雌雄の話をしていたので、ここでは、男女のカップルを考えてみよう。対象\(A\)を男だけを集めた対象にする。対象\(B\)を女だけを集めた対象とする。そして、対象\(C\)はカップルを集めた対象とする(ここは進行中のカップルだけでなく、可能なカップルをすべて含む。余談だが、何となく、\(C=A \times B\)ではなく、自由度の高そうな、\(C=A + B\)というような気がしないだろうか)。この時、\(i,j\)はカップルを構成するための関数として定義できる。それでは、対象\(C'\)は何だろう。カップルが住む家の集まりを対象\(C'\)にしてはどうだろうか(但し、それぞれのカップルは一軒だけ家を持つこととする。二軒以上持つと関数を定義するのが厄介になる)。このようにすると、射\(m\)は一意に決めることができ、また、\(i'=m \circ i\)と\(j'= m \circ j\)を満足する。

積の圏はHaskellでは対、あるいは、タプルであった。余積の圏はHaskellではなんであろうか。Eitherである。これは次のように定義されている。

Prelude> :i Either
data Either a b = Left a | Right b 	-- Defined in ‘Data.Either’

ここで、\(i\)に相当するものはLeftであり、\(j\)に相当するものはRightである。少し利用してみよう。友人たちの名前を利用させてもらうと次のようになる。

Prelude> let a1 = Left "Peter"
Prelude> let a2 = Left "Mike"
Prelude> let b1 = Right "Leonie"
Prelude> let b2 = Right "Jenny"
Prelude> :t a1
a1 :: Either [Char] b
Prelude> :t b1
b1 :: Either a [Char]

それでは、家を求める関数\(m\)を定義してみよう。最初の二組は法律上のカップル。最後は、実際にそうなると大変なことになる。英語ではaffairといわれるものだ。

Prelude> let m (Left a) (Right b) = "Home of " ++ a ++ " and " ++ b ++ "."
Prelude> m a1 b1
"Home of Peter and Leonie."
Prelude> m a2 b2
"Home of Mike and Jenny."
Prelude> m a1 b2
"Home of Peter and Jenny."

積は\(\times\)で余積は\(+\)で表した。これらの記号は、乗算と加算で用いられるものである。このような記号が使われているからには、関係があるはずである。これについて次の記事で述べる。

圏論での積と余積―デカルト積

5.4 積の圏

1)デカルト

デカルト積(Cartesian product)は、直積集合、直積、積集合などと呼ばれたりする。これは集合の集まりに対して、それぞれの集合からひとつずつ元を取り出して組にしたものである。
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例えば、二つの集合\(A,B\)に対し、それらのデカルト積\( A \times B \)とは、それらの任意の元\(a \in A, b \in B\)の順序対\((a,b)\)の全てにより構成される集合をいう。

一般には、\(n\)個の集合\(A_i, i=1..n\)に対して定義され、任意の元\(a_i \in A_i, i=1..n\)の順序対\((a_1,a_2,..,a_n)\)のすべてにより構成される集合をいうが、ここでは、話を簡単にするため、二つの集合ということにする。

デカルト積をよく見かける例は座標点である。\(x\)軸上の値\(x_1\)と\(y\)軸上の値\(y_1\)によって、座標点は\((x_1,y_1)\)と表される。
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トランプもデカルト積となる。余談だがトランプは和製英語。とかく話題の尽きない大統領もトランプだ。そのスペルはTrumpである。普通名詞のTrumpは切り札、奥の手、素晴らしい人という意味だ。そうであってくれればいいと思う。さて、話を元に戻そう。横軸をランクに、縦軸をスーツにすると、それぞれの交点にカードが一枚対応する。
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例えば、ランクが4で、スーツがハートのところにおかれたカードは(4,💛)である。

思わず例にあげそうになったのが、商品ごとに出ているスーパーの価格表。(サンマ、189円)、(さば、250円)などと表示されている。ここまで例にあげた組と同じ構造を取っている。しかし、価格の方の元を考えるのが難しい。整数としたとしても、任意の商品と任意の価格の組は何を表すのだろうか。現実問題として、全ての組が存在することは考えにくい。

僕が通っていた中学では、期末試験が終了すると親との面談に備えて、クラス担任の先生が成績表を用意した。クラス全員の成績が記された表を見せられることは現在ではないと思うが、その当時の親たちはどのような思いで面談に臨んでいたのだろう。成績表は、縦軸を総合成績での順位に、横軸を科目名(この当時は9科目あった)にし、各こま(セル)には点数が記入されていた。
\begin{array}{|c|c|c|c|c|c|c|}
\hline
& 国語 & 数学 & ... & 体育 & 英語 & 合計点 \\
\hline
1 & 98 & 100 & ... & 100 & 95 & 852 \\
\hline
2 & 95 & 85 & ... & 95 & 100 & 833 \\
\hline
3 & 90 & 90 & ... & 98 & 87 & 802 \\
\hline
.. & ... & ... & ... & ... & ... & ... \\
\hline
\end{array}

当時は、コンピュータはおろか電卓もなかったのでソロバンで計算し、コピー機も発明されていなかったのでガリ版だった。先生は何日も夜なべして作成したのではと思う。当時は当たり前のように考えていたが、その時の先生は大変だったなあとつくづく思う。今さらながら感謝だ。ところで、ここでできた表はデカルト積だろうか。組になっていないので、残念ながら、そうではない。それでは、各セルのところに、情報としては冗長なのだが、(国語,1,98),(数学,2,85)などとしたらどうであろうか。何となく、デカルト積のようには見えないだろうか。冗長な情報が付加されたデカルト積のようには見えないだろうか。

それでは、デカルト積を圏論ではどのように表しているかを紹介しよう。デカルト積は下図のようにあらわすことができる。この図で、\(A\)と\(B\)は対象である。また、\(C\)は、\(A\)と\(B\)から構成されたデカルト積である。\(p\)と\(q\)は射である。\(p\)はデカルト積\(C\)の構成要素である\(A\)を示す。\(q\)はもう一方の構成要素である\(B\)を示す。
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トランプの場合は、\(A\)はランクであり、\(B\)はスーツであり、\(C\)はカードである。一枚のカードが与えられたとき、それに\(p\)を作用させるとランクが得られ、\(q\)だとスーツが得られる。

Haskellでは、デカルト積は対を用いて表すことができる。例えば、一方の対象を整数\(Int\)、他方の対象をブール値\(Bool\)としたとき、デカルト積は\((Int,Bool)\)となる。そして、\(p\)は対の最初の要素を出力する\(fst\)であり、\(q\)は2番目の要素を出力する\(snd\)である。
簡単な実行例を見てみよう。aでデカルト積の値を一つ定め、これにfst,sndを作用させるだけのものだ。

Prelude> let a = (3::Int,True)
Prelude> :t a
a :: (Int, Bool)
Prelude> fst a
3
Prelude> snd a
True

デカルト積の基本形だけだと面白みがまったくと言っていいほどない。昨日、「総合診療医ドクターGスペシャル」という番組を見ていたら、肺がん治療法についてディスカッションしていた。がんはその周りを大きく切除した方が転移を起こす危険が減るそうだ。しかし、肺がんの場合、あまり大きく切ると呼吸困難に陥るというリスクが伴う。そこで、最小限の範囲で切除することが求められるそうである。

実は、デカルト積にもこれと同じような性質が要求される。先に挙げた図において、デカルト積はこれ以上余分な情報が含まれていないというところまで、切り刻んだものである。

従って、余分なものを含んだものから最小のデカルト積を得るための工程を示したのが、下図である。\(C'\)は\(A\)と\(B\)から構成されたデカルト積に余分な情報を組み込んだ対象である。\(m\)が余分な情報を除くための射である。\(p'\)は\(C'\)から\(A\)への射で、\(q'\)は\(B\)への射である。また、\(p'=p \circ m\)であり\(q'=q \circ m\)である。
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それでは、先ほどの成績表を考えてみよう。対象は科目名\(Subject\)、順位\(Rank\)、成績\(Mark\)とし、デカルト積を対象\((Subject,Rank)\)とし、余分な情報を含んだ対象を\((Subject,Rank,Mark)\)とする。\(p,q\)はそれぞれ\(fst,snd\)となり、\(p',q'\)もそれぞれ\(fst,snd\)となる。また、\(m\)は3番目の対象を除く射となる。すなわち、\(m:(Subject,Rank,Mark)\rightarrow(Subject,Rank)\)である。

これをHaskellで実装すると以下のようになる。

Prelude> data Subject = Kokugo | Sugaku | Rika | Shakai | Ongaku | Bijyutu | Kateika | Taiiku | Eigo deriving (Eq, Show, Read)
Prelude> type Rank = Int
Prelude> type Mark = Int
Prelude> let p = fst
Prelude> let q = snd
Prelude> let m (s, m, _) = (s,m)
Prelude> let p' = p . m
Prelude> let q' = q . m
Prelude> let a = (Kokugo :: Subject, 1 :: Rank, 100 :: Mark)
Prelude> p' a
Kokugo
Prelude> q' a
1
Prelude> m a
(Kokugo,1)

2)最大公約数

数学には積と呼ばれるものがたくさんある。これらの積でも、デカルト積で論じた概念と同じ性質は存在しないのだろうか。もし、このようなものが存在するとすれば、これは積と呼ばれるものすべてに通じる普遍性となる。

デカルト積で説明した性質は次の図である。
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この図で、\(p'=p \circ m\)であり\(q'=q \circ m\)である。これから、公約数もこの図で表されることを示すが、この図はより一般的な図なので、積を表す圏と呼ぶことにする。

今二つの整数\(a,b\)を考えよう。これら整数は約数をもつ。
例えば、\(a=66,b=72\)の時、\(a\)の約数は2,3,6,11,22,33であり、\(b\)の約数は2,3,4,6,8,12,24,36である。
これら二つの整数に共通な約数は2,3,6である。
これを\(c=6,c'=3,c"=2,...\)として上の図に記入してみよう。
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さて上の図のピンクと赤で示した対象の間にはどのような関係があるのだろう。成績表を説明しているときは、ピンクは冗長な情報を有しているとし、冗長な情報をそぎ落としたのが、赤であると説明した。何となくわかったようにさせてくれるレトリックな表現で、数学的な厳密性を欠いている。成績表と公約数の両方のケースを、さらには、積と呼ばれる一般的な圏に対して、共通に説明できる用語で表現することを考えよう。

まず成績表の方から考えてみよう。ピンクの方は(a,b,c)という3組で表される。赤の方は(a,b)という2組で表されている。それぞれが持つ情報の精度という視点から比較すると、ピンクの方がより詳しいといえる。情報が表している空間を考えると、ピンクが表している領域は、赤のそれに含まれることが分かる。即ち、\(pink \subset red\)となる。

次に公約数の方を考えてみよう。公約数は、素因数に分解することができる。例えば、ピンクの\(C'=3\)は素因数分解すると(3)である。他方、赤の\(C'=6\)は素因数分解すると(2,3)である。これを素因数の集合と考えると、いずれのピンクに対しても\(pink \subset red\)となる。

このことから、赤はピンクの領域を可能な限り拡げたものと考えることができる。従って、公約数の場合、赤での公約数は最大公約数となる。

上の図では一つの最大公約数について示したが、これが圏であるといわれても、困る人が多いことと思う。それで、下図のように一般化しよう。
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上の図で、\(A\)(緑)\(B\)(黄)はともに1で始まる自然数\(Nat\)で構成される対象である。\(C\)(赤)は、\(A,B\)の最大公約数で構成される対象である。また、\(C'\)(ピンク)は、\(A,B\)の約数で構成される対象である(図では約数を求める関数は\(CD\)となっている)。射\(p\)は乗算する関数で、乗算する数は\(A\)の値を\(C\)の値で割ったものである。同様に、射\(q\)も乗算する関数で、乗算する数は\(B\)の値を\(C\)の値で割ったものである。射\(m\)も乗算する関数で、乗算する数は\(C\)の値を\(C'\)の値で割ったものである。また、\(p'=p \circ m,q'= q \circ m\)である。このことから。上の図はデカルト積の圏と同じ構造を有していることが分かる。

ウィキペディア積(圏論)を調べると例が出てくる。その最後に、「半順序集合は順序関係を射として用いることで圏として扱うことができる。この場合積と余積は最大下界と最小上界(交わりと結び)に対応する」というのがある。最大公約数はここで述べられている最大下界に相当するものである。

3)論理積

論理積も同じように積の圏として考えることができる。ここでは、図のみを示すので、これをもとに考えて欲しい。
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ここの部分はウィキペディア積(圏論)の例で、「位相空間の圏における積は、各因子の台集合のデカルト積を台として積位相を入れた空間である。積位相はすべての射影が連続であるような最も粗い位相である」に相当する部分である。

4)積の圏

最後に積の圏(product category)をまとめておこう。再び次の図を使う。
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積の圏とは、上の図が可換図式となるような対象\(C\)、射\(p,q\)、対象\(A,B\)が存在し、さらに、一意的な関数\(m\)が存在して、その他の対象\(C'\)に対して、\(m: C' \rightarrow C\)となる。
即ち次のようになる。
1) 積と呼ばれる対象が一つ存在する。これを\(C\)とする。
2) \(C\)には投影(projection)と呼ばれる二つの射\(p,q\)が存在する。これらは\(C\)をそれぞれ\(A,B\)に投射する。
3) \(C\)以外の任意の対象\(C'\)は\(A,B\)へ投影する射\(p',q'\)を持つ。そして、ただ一つの射\(m\)が存在し、これは\(p'=p \circ m,q'= q \circ m\)を満たす。

\(C\)が上記を満たす時、これは\(A,B\)の積と呼ばれ\(C=A \times B\)と記される。

圏論での積と余積―双対という概念

5.3 双対という概念

普遍性(universal property)は圏論の中では重要な概念である。前回は、始対象と終対象について論じた。対象という言葉は、何かの集まりを表したものであり、抽象的な概念である。対象は、集合であるかもしれないし、グラフのノードの集まりであるかもしれないし、もしかすると、射(関数)の集まりであるかもしれない。対象は物の集まりを一般化したものである。

始対象と終対象はそのような対象の中で特別な性質を持つものである。始対象は入ってくる(incoming)射がない対象で、終対象は出ていく(outgoing)射がない対象である(但し、始対象から任意の対象への射、あるいは、任意の対象から終対象への射は、必ず存在して、しかも、ただ一つでなければならない)。冬の弱い日を浴びて作業していると太陽のありがたさをしみじみと感じる。太陽は全てに恵みを与えてくれる始対象ではないかと幻想を抱かせる。それに対して、なんでも吸い込んでしまうブラックホールは終対象ではないかと思えてならない。

積の話をする前にもう少し、始対象と終対象の話をしておこう。それは双対(duality)についてである。双対は、これからの説明の中でもしばしば出てくるように、数学の重要な概念である。丁度、表と裏の関係にある。表の世界を裏返したものが裏の世界であり、裏の世界を裏返ししたのが表の世界である。始対象と終対象もこれと同じ関係である。始対象を裏返しにすると終対象、終対象を裏返しにすると始対象となる。この時の裏返しは、射の方向を逆にすることである。

始対象と終対象とではどちらのほうが分かりやすいだろうか。始対象という人は少ないかと思うので、終対象を裏返しにして始対象を作ることにしよう。

前回の記事で、次のように終対象の例を示した。
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例に示した圏では、対象は、整数の集まり\(B\)と文字の集まり\(C\)とシングルトン\(A\)、の3個であった。また、射は、整数の集まりからシングルトンへの射\(unit'\)と文字の集まりからシングルトンへの射\(unit"\)、および、各対象での恒等射であった(但し図には整数の集まりと文字の集まりに対する恒等射は省いてある)。

上の図で対象に含まれる要素を描かないようにすると、より一般的に終対象を示すことができる(\(unit',unit"\)も\(f,g\)で置き換えた)。下図のように対象に含まれる要素を描かないだけで、随分と見え方が変わるだろう。図には、対象と射しか含まれないので、圏の表現としては過不足なしというところだろう(以後、このように表現することが多くなるので、具体的な記述があった方がよいと思う人は、その都度、要素を入れて考えて欲しい)。
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さて、上の図で、射の矢印の方向を逆にしてみよう(恒等射は矢印の方向を変えても変わらない)。射の名前は、\(f,g\)をそれぞれ\(f^{op},g^{op}\)とする。以下のような図を得る。
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対象\(A\)に入ってくる射がないので、始対象であることが分かる。このように、始対象と終対象は射の方向を入れ替えることにより一方から他方へと変わる。

ついでに双対の圏も例によって示そう。
今、図のような圏\(\mathcal{C}\)が与えられたとする。
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全ての射を逆向きにして、双対となる圏\(\mathcal{C}^{op}\)を下図のようにえることができる。
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次回は、いよいよ、積の話をしよう。

豚肉のシードル煮込み(北フランスノルマンディー地方)

横浜の港北ニュータウンにあるノースポートを訪れたとき、ブルーミング・ブルーミーというスーパーマーケットでシードルを発見した。

シードルは、フランスのノルマンディー地方のお酒で、ブドウの代わりにリンゴを発酵して作られる。シードルを知ったのは、2年前の記事で紹介したが、北フランスを訪問したときだ。モン・サン・ミッシェル近くのレストランで飲んだのが最初で最後である。

シードルのスペルはCidreである。英語読みだとサイダーになる。日本でサイダーというと生鮮飲料水を意味するが、本来は、リンゴ酒である。サイダーという名をさけ、シードルという看板の下に小さなコーナーを設けて幾種類かを販売していた。

シードルを利用して煮込み料理でも作ろうと思って、キリン製のハードシードル(290ml)を220円で1本だけ購入した。料理用だけでなく、飲食用にもう1本買えばよかったなあと後で思ったがこれは後の祭りである。シードルには、発泡性のものとそうでないものがあるが、ハードシードルは発泡性である。

シードルの煮込み料理が、堤人美著『材料入れてのんびり煮るだけレシピ』で紹介されていたので、これを参考に試みた。

例によって、今日の料理の仲間たちを紹介しよう。
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料理に先だって、豚肉は、ヒレかたまり(250g)を1.5cmの間隔で切り、塩、胡椒をして、白ワイン(50cc)をかけ、味付けをしておく(白ワインは塩と胡椒の後ろにあるが、隠れている)。
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夕飯の時間が近づいたら下ごしらえである。玉ねぎ(1個)をみじん切りにし、マッシュルーム(小型のビニールケース入り1箱、今回は9個入っていた)を2等分する。
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豚肉に薄力粉をまぶす。ビニール袋に薄力粉を入れ、さらに豚肉を加え、ビニール袋を振り回すと豚肉の表面にキレイに薄力粉が付着する。
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中火にして、フライパンにバターを(小さじ1杯)を引き、豚肉のそれぞれの面を1分半ずつ焼く。
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煮込み用の鍋に玉ねぎ入れ、さらに、豚肉を味付けしたときの汁を加えて、中火で10分ほど蓋をして蒸し炒めする。
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煮込み用鍋に、表面を焼いた豚肉、半分に切ったマッシュルーム、シードル(290cc)、ローリエ(1枚)、マギーブイヨン(固形1個)を加える。
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蓋をして、中が温まるまで中火で、その後、弱火にして30分ほど煮込む。
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塩、胡椒を加えて味を調え、さらに弱火で10分ほど煮込む。

サラダ、スープとともに食卓に並べた。
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出来上がった豚肉のシードル煮込みは、シードル、たまねぎ、マッシュルームの味が肉にしみ込み、少し歯ごたえのある固さで、水分も程よくあっていい味であった。また、スープの方はリンゴの酸味なのだろう。酸っぱい感じがした。今のリンゴはとても甘いので昔のリンゴの名残がほとんどないが、かつてのリンゴは顔がゆがむほど酸っぱかった。この煮込みは、さすがにそこまでの酸っぱさはなかったが、口の中でほのかに感じられ、懐かしさがよみがえってきて、美味しかった。

我が家の定番になりだした「だし巻き卵」

正月気分もそろそろ終わり。昨日(7日)の朝は七草がゆを食べて、正月との折り合いをつけて、今年の活動を開始する。

この日は、川崎の等々力緑地にある市民ミュージアムに講演を聞きに行く。暮れにも参加したので、連続で「かながわの最初の現代人」の話を伺った。前回は、国立科学博物館海部陽介さんだった。テレビでも何度か紹介されているが、与那国島から西表島、そして、台湾から与那国島へ、3万年前の先祖たちの航海を再現するプロジェクトを推進されている方だ。
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この方を知る切っ掛けになったのは、彼の著書の『日本人はどこから来たのか?』である。遺跡に残っている人骨のDNAを利用して、いつ頃、どのような経路を辿って、日本に到着したかを解説した本である。
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技術の進歩によって化石からDNAを抽出する方法は、最近では随分と簡単になってきているようだが、初期の頃の涙ぐましい努力は、前にも記事で紹介したが、スヴァンテ・ペーボ著『ネアンデルタール人は私たちと交配した』(野中香方子訳)に書かれている。少し刺激的なタイトルだが、内容の方は真摯な研究姿勢が伝わり、好感の持てる本であった。これがきっかけになって、太古の昔の人類の移動に興味を持つようになったが、タイミングよく出版されたのが海部さんの著書であった。著者はどのような方なのかということを知りたくて前回お話を伺いに行った。

それを受けての今回の講演だが、お話をしてくれたのは東京大学教授の佐藤宏之さんで、題名は「神奈川の歴史の始まり:考古学から見た日本列島における現代人の出現」である。タイトルの方は、神奈川の歴史の始まりとなっていたが、日本についてであった。後期石器時代における人類の営みがどれだけ環境に影響されたかということを丁寧に説明され、なるほどと納得した(正月にジャレド・ダイアモンド著『銃・病原菌・鉄』を読み、文明の発達にどれだけ環境が大きく作用するかを理解した直後だったこともあり、分かりやすい内容であった)。
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氷河期と呼ばれる最終氷期最寒冷期(25,000-20,000年前)は、最も寒い時代であった。この時期は、後期石器時代の後半期の中に含まれる。日本の東半分はシベリアアムール川下流域の植生と、西半分は北海道東部と同じだった。このため、どんぐり・クリなどの有用な植物はなく、動物を中心とした狩猟生活だけが営まれた(植物を採取するという生活は成り立たなかった)。

最終氷期最寒冷期が始まるころにはマンモス(北海道・東北の一部)やナウマンゾウなどが、また、終わるころにはオオツノシカなどの大型動物が絶滅した。これら大型動物は、大量の食糧を求めて広範囲に移動する。このため、この当時は、人間もこれと一緒に広く移動した。しかし、最終氷期最寒冷期が終わると大型動物は皆無となり、狭い範囲を移動する中小動物だけになり、人間の移動範囲は縮まった。これが、後期旧石器時代の狩猟生活の大きな流れである。

話の中で、関心を持ったのが落とし穴猟である。旧石器時代は、動物を追っての狩猟生活である。最終氷期最寒冷期の植生を詳しく見ると、九州や関東の南部に、狭い範囲であるが、落葉広葉樹や常緑広葉樹の林がある。これらの地域では、どんぐり・クリなどの実を採取しての定着活動が行われただろうと想像される。この定着生活に伴って、何とも面白い生活の仕組みが生まれる。それが第二東名の工事現場(静岡県)での落とし穴の発見である。この時期の落とし穴は、世界にも類がないそうである。昨今の大型開発によって、大規模な掘り起しが行われ、沢山の遺跡が発見され、考古学は年ごとに進歩しているそうである。何とも古い学問だと思っていたのだが、最も活気のある時代を迎えているようだ。

例によって、前振りが長くなった。我が家の朝食として定着してきたのが、落とし穴ではなく、「だし巻き卵」である。これは子供のお弁当の定番の一つだろう。それぞれの家ごとに作り方が違う。このため、お昼の時間になると、思わず隣の人の弁当箱をのぞき込んで、羨ましく思ったり、安心したりする。

それでは、我が家の定番になりつつあるだし巻き卵を紹介し、皆さまに比べてもらうことにしよう。

例によって、役者に登場してもらおう。いつもとは異なり、少数精鋭だ。卵、長ネギ、白だし、砂糖、水だけだ。長ネギは色々な料理に使うので細切りにし、冷凍保存すると便利だ。
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卵(3個)は割ってお椀に入れる。また、白だし(小さじ2杯)、砂糖(小さじ1杯)、水(大さじ3杯)を別のお碗に入れよく混ぜる。
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卵は泡だて器を用いて白身の塊がなくなるまでよくかき混ぜる。
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かき混ぜた卵が入っているお椀に、白だしを薄めた液を加え、さらに、長ネギも加える。これで準備は完了である。
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焼くときは少し工夫しないといけない。卵はクルクルと巻いていくので、いっぺんには焼かず、少しずつ何回か繰り返す(3,4回になるが、これは進行の中で決めればよい)。
卵焼きフライパンに、卵を薄く引く。
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表面が焼きあがったか焼きあがらないか程度のところで卵を巻く。丸く巻いても、四角く巻いても構わないが、今回は四角くなるようにした。
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再び、卵を薄く引く。
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卵の様子を見て、前回と同じぐらいになったところでまた巻く。
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同じことをもう一回、あるいは、二回繰り返す。これは、卵の残り具合によって判断する。今回は、もう一回だけであった。巻いたときの写真は以下の様である。
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これを食器に移し、朝の食卓に加える。
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ハンガリー料理のパプリカチキンを味わう

NHKBSプレミアムで、朝ドラの「べっぴんさん」を見た後、テレビをそのままにし、新聞を読み始めた。そうこうしているうちに、ハンガリーという言葉が耳に入ってきたので、ふとテレビの方に目を向けると、ヨーロッパ鉄道の旅をしている関口知宏さんがセルビアに国境を接するハンガリーの村を訪問している最中であった。牧歌的な田舎の風景を映し出していたが、一方で、最近のヨーロッパの影の部分も伝えていた。国境に設けられた鉄条網が昨年来の厳しい現実を思い出させてくれた。難民に対して厳しい意見を述べる農家の人が、関口さんを温かく迎え、ハンガリー料理をお昼にふるまっていた。静かな平和と戦慄を覚えるような混乱が隣り合っている状況が現実であることを改めて認識させられ、正月気分が吹き飛ばされた。

この番組によれば、パプリカはハンガリーの主要な農産物だそうで、関口さんもパプリカ料理をご馳走になっていた。以前の記事でも紹介したが、グラーシュが代表的な料理だ。これもパプリカを使うが、今回は、パプリカチキンを作ってみた。正月料理にも飽きてきたので、味の違うヨーロッパ料理が食べたいなと思い始めていたので、丁度、良い機会でもあった。

パプリカチキンの食材さんたちに登場してもらおう。
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この料理手間がかからない料理で、下ごしらえは、湯剥きをしたトマト(1個)を6等分に切っておくことと、玉ねぎ(1個)をみじん切りにするだけで済む。
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鍋にバター(小さじ2杯)を入れて、塩、胡椒した鳥のもも肉(唐揚げ用400g)を表面がきつね色になるまで焼く。
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これを皿に移す。そして、同じ鍋にバター(小さじ1杯)を入れて、玉ねぎが柔らかくなるまで炒める。
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パプリカパウダー(小さじ2杯)、小麦粉(大さじ2杯)を加え、2分混ぜ合わせる。
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その後、鍋に、鶏肉、トマト、ニンニク(ペーストのニンニク小さじ1杯)、マギーブイヨン(1個)、ローリエ(1枚)、さらに、水(200cc)を加える。
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弱火で30分程煮込む。なお、途中、時々、かき混ぜる。
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煮込みが終了したら、肉を皿に取り出し、ソースの方は、10分間さらに煮詰める。この時、上に浮かんでいる油は取り去る。
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煮詰めが終了したら、ソースにサワークリーム(90cc)を加える。
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鶏肉を戻し、2分間さらに煮る。
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皿に盛り、サラダなどと一緒に、頂く。
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料理を作るときは、想像力が必要だ。材料と調理法が用意できた時、どのような味の料理になるのかをあらかじめ頭の中に描いておくことが重要だ。イメージ通りのものができたときはうれしいし、違った場合にはどうしてそうなったかを考えることで、次の新しい料理への準備ができるようになる。サワークリームは使う機会が少ないので、出来上がった時の味を想像することが難しかった。家族はおいしいといってくれたので、初めてのパプリカチキンであったが、合格点かなと自己満足している。