bitterharvest’s diary

A Bitter Harvestは小説の題名。作者は豪州のPeter Yeldham。苦闘の末に勝ちえた偏見からの解放は命との引換になったという悲しい物語

米田の補題 - 米田の補題とは

6.2 米田の補題とは

米田の補題を説明する前に、圏論とは一見関係のなさそうなカニと大相撲の例について説明した。そこでの説明で重要な事項は、操作ボタンと機械の動作が一対一に対応していることだ。米田の補題は、このような状況を、数学的に説明したものだ。分かってしまうと何だということになるのだが、そうは言っても、理解しにくいことに変わりはない。それでは、米田の補題の説明を始めよう。

下図を用いて、いつもよりは少し厳密に説明しよう。
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まず、上図の左側には、圏\(\mathcal{C}\)を描いた。この圏は、その構造を知りたいと思っている圏だ。具体例でいえば、リモコンのカニあるいは大相撲の世界だ。

\(A\)から\(B\)への写像を集めたものを\({\rm Hom}(A,B)\)と書くことしにしよう。そして、圏\(\mathcal{C}\)に対して少し制限を設けることにしよう。\(\mathcal{C}\)では、各対象\(A,B\)に対して、\({\rm Hom}(A,B)\)は集合になっているとする(即ち、\({\rm Hom}(A,B)\)は集合となるには大きすぎる真のクラス(proper class)ではないとする)。このとき、\(\mathcal{C}\)は、局所的に小さい圏と呼ばれる。

図では、対象\(A,X,Y\)を用意し、対象\(A,X\)と対象\(A,Y\)の間には、\({\rm Hom}\)集合を描いた。また、対象\(X,Y\)の間には一つの写像\(f\)を用意した。

右側には、圏\(\mathbf{Set}\)を描いた。この圏については、我々は熟知しているので、ここに写してくると取り扱いやすくなると期待している空間だ。圏\(\mathcal{C}\)では隠れていて見えないのだが、圏\(\mathbf{Set}\)に写すことにより、隠れていたものが見えてくるようになると期待している空間だ。

圏\(\mathcal{C}\)から圏\(\mathbf{Set}\)へ移動させるためには、圏論の常套手段だが、関手を用いる。そこで、圏\(\mathcal{C}\)の対象を一つ選び、その対象に対して二つの関手を設定することにしよう。ここでは、対象\(A\)を固定することにする。

一つ目は\({\rm Hom}\)関手である。図では、\(A\)からの\({\rm Hom}\)集合を移す\(\mathcal{C}(A,-)\)を描いた。この関手\(\mathcal{C}(A,-)\)により、任意の\(X\)に対して、圏\(\mathcal{C}\)の\({\rm Hom}(A,X)\)は圏\(\mathbf{Set}\)の\(\mathcal{C}(A,X)\)に写される。また、\(X\)からの任意の射\(f\)は\(\mathcal{C}(A,f)\)に写される。

二つ目の関手\(F\)は、集合値関手(set-valued functor)と呼ばれるものだ。\(\mathcal{C}(A,-)\)からの自然変換によって得られるものである。前回の記事で説明した表現可能関手はその一つの例である。表現可能関手は\(\mathcal{C}(A,-)\)に同型であったが、集合値関手はそこまで要求せず、自然変換でよい。

さて、二つの関手\(\mathcal{C}(A,-)\)と\(F\)が得られたので、それを対象にして新たな圏を作ろう。関手圏だ。この圏を\([\mathcal{C},\mathbf{Set}]\)としよう。また、\(\mathcal{C}(A,-)\)は、関手らしく見せるために、\(h^A\)と記述することにしよう。

新たな圏\([\mathcal{C},\mathbf{Set}]\)は下図のようになる。また、\(h^A,F\)の間の射は、自然変換\(\alpha\)である。また、\(h^A\)は次式を成り立たせている。
\begin{eqnarray}
& h^A :& X \rightarrow \mathcal{C}(A,X) \\
& h^A :& f \rightarrow \mathcal{C}(A,f) \\
& where & \ \mathcal{C}(A,f): g \rightarrow f \circ g, \\
&& g \in \mathcal {C}(A,X), f \circ g \in \mathcal {C}(A,Y)
\end{eqnarray}
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さて、準備が整ったので、米田の補題を示そう。
\begin{eqnarray}
[\mathcal{C},\mathbf{Set}](h^A,F) \cong F(A)
\end{eqnarray}

上の式は次のことを言っている。\(h^A\)から\(F\)への自然変換は、\(F(A)\)と同型である。即ち、\(F(A)\)の一つ一つの要素に対して、自然変換が一つずつ対応する。逆に、自然変換の一つ一つに対して\(F(A)\)の要素が一つずつ対応する。なお、\([\mathcal{C},\mathbf{Set}]\)は関手圏で、\({\rm Hom}\)関手と集合値関手はその対象であり、自然変換はその射である。

これは、前回の記事で説明した内容とよく対応している。前回の記事で説明した\(F(A)\)の要素はボタンである。また、自然変換は、モーターの一つの回転(左、右、あるいは、停止)であり、再生の画面である。米田の補題と具体例が結びついたので、次回は、米田の補題を証明しよう。