bitterharvest’s diary

A Bitter Harvestは小説の題名。作者は豪州のPeter Yeldham。苦闘の末に勝ちえた偏見からの解放は命との引換になったという悲しい物語

随伴関手の応用 - 随伴関手を理解するための比喩

8.2 随伴関手を理解するための比喩

比喩(Metaphor)は難しい概念を理解する助けをしてくれる。随伴関手は高度に抽象的な概念なので、理解しやすくするためには、やはり優れた比喩を必要とするだろう。David Spivakがその著書『Category Theory for the Sciences』の中で、随伴関手を次のように説明している。
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それでは、下図を用いて説明しよう。
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左側の圏はアダルトの語彙の世界で、圏\(\mathcal{A}\)とする。右側はベビーの語彙の世界で、圏\(\mathcal{B}\)とする。また、\(X,Y\)をそれぞれアダルトとベビーの口から出る語彙とする(圏を\(\mathcal{A,B}\)と名付けたのがミソで、左側がアダルトの\(\mathcal{A}\)、右側がベビーの\(\mathcal{B}\)と覚えやすい。ここでは少し気持ちが悪いがそのままアダルトとベビーを使うことにする。アダルトの時は左側の圏を、ベビーの時は右側の圏を意識して欲しい)。ベビーの口から出る語彙\(Y\)は、アダルトが聞いたとき、アダルトの耳に入る語彙\(L(Y)\)になり、アダルトの口から出る語彙\(X\)は、ベビーが聞いたとき、ベビーの耳から入る語彙\(R(X)\)になる。

アダルトの口から出る語彙\(X\)は意味のある言葉だが、ベビーの口から出る語彙\(Y\)は繰り返されるノイズだ。また、アダルトの耳に入る語彙\(L(Y)\)はアダルトの世界なので意味を有しているが、しかし、ベビーの耳に入る語彙\(R(X)\)はベビーの世界なのでただの繰り返されるノイズだ。

\(L(Y)\)から\(X\)への自然変換(これは\({\rm Hom}\)集合となる)が存在することは明らかだろう。即ち、アダルトの耳に入る語彙\(L(Y)\)は、何らかの意味を持つものと解釈され、アダルトの口から出る語彙\(X\)に対応させられる。

\(Y\)から\(R(X)\)への自然変換(これも\({\rm Hom}\)集合となる)が存在することも明らかだろう。即ち、ベビーの口から出る語彙\(Y\)は、ベビーの耳に入る語彙\(R(X)\)に対応付けられる。それは、アダルトがベビーの語彙を容易に真似られることによる。

さて、圏論の世界では、次の二つの条件が満たされるとき、二つの圏\(\mathcal{A,B}\)は同じである、即ち、圏論の言葉を用いれば随伴であるという。
\begin{eqnarray}
ϵ : L \circ R \rightarrow I_\mathcal{A} \\
η : I_\mathcal{B} \rightarrow R \circ L
\end{eqnarray}

上の二つはどのようなことを言っているのであろうか。

\(ϵ : L \circ R \rightarrow I_\mathcal{A} \)は次のことを表している。アダルトの口から出る語彙\(X\)をうけ、ベビーは耳に入る語彙\(R(X)\)を得る。そして、ベビーは口から出る語彙\(R(X)\)に変える。これをアダルトが聞き、耳に入る語彙\(L \circ R(X)\)を得る。そして、アダルトの口から出る語彙\(X\)と耳に入る語彙\(L \circ R(X)\)とが一致するというのが最初の条件である。

\(η : I_\mathcal{B} \rightarrow R \circ L \)は次のことを表している。ベビーの口から出る語彙\(Y\)と耳に入る語彙\(R(X)\)との間に齟齬がないとするならば、ベビーの口から出る語彙\(Y\)に対して、アダルトはこれに反応して口から出る語彙\(L(X)\)をベビーに伝え、そして、ベビーは耳に入る語彙\(R \circ L(Y)\)を受け取ることができるというのが二番目の条件である。

まとめると、最初の条件はアダルトからベビーへのコミュニケーションで、ベビーが正しく反応していればアダルトは大丈夫だと言っている。二番目の条件はベビーからアダルトへのコミュニケーションで、ベビーが大丈夫なときは、アダルトは正しく反応のできると言っている。これが、Spivakの比喩だが納得できただろうか。

なお、アダルトとベビーの世界を入れ替えると、成り立たないことは確認して欲しい。