bitterharvest’s diary

A Bitter Harvestは小説の題名。作者は豪州のPeter Yeldham。苦闘の末に勝ちえた偏見からの解放は命との引換になったという悲しい物語

身近な存在としての量子力学(9):重ね合わせ

8.重ね合わせ

量子力学の世界は不思議な世界だ。別荘の玄関に、お腹の羽毛が黄色い鶺鴒(セキレイ写真はWikipediaのcommonsより)が巣を作り、子育てをしている。オスとメスに差がないので、どちらが卵を抱いているのかわからない。もし、卵を抱いている親がメスだとすると、外で餌を探しているのはオスである。この逆もありうる。
f:id:bitterharvest:20160526103455j:plain

量子力学の世界では、一つのものが二つの状態をとることができる。上の例に倣って、鳥を考えることにしよう。ただし、量子力学の世界の鳥なので、量子の鳥と呼ぶことにする。そして、ここは量子力学の世界なので、いずれの鳥もオスになることもできるし、メスになることもできるとしよう。

次のような系を考える。量子の鳥がつがいでいるとしよう。即ち、一方がオスなら他方は必ずメスとする。さて、鳥がどちらの性であるかを観察することにしよう。どちらの鳥も、オスにもなるし、メスにもなる。しかし、観察したときは必ずどちらかの性である。今、一方の鳥を観察したときに、それがオスだとわかったとする。この時は、他方の鳥はメスということになる。これは観察せずに分かったことになる。何とも不思議な話なのだが、量子力学の世界ではこのようなことが生じる。これは、アインシュタインが最も受け入れがたいと思った事象である。

量子力学の世界では、扱っているのは、量子の鳥ではなく、とても小さな粒子である。粒子が複数の状態をとっていることを量子の重ね合わせという。今回は、この重ね合わせについて考えてみよう。

今回の記事では、線形結合などの概念が使われる。復習が必要な人は次の節を読んでほしい。そうでない人は、8.1節に進んでほしい。

8.0 線形結合

状態の重ね合わせをいきなり説明するのはハードルが大きすぎるので、たとえ話で下ごしらえすることにしよう。今、魚の鯛とお菓子のやい焼きを考えてみよう。鯛を\(s\)で、たこ焼きを\(t\)で表すことにする。鯛が\(m\)匹いる状態は\(ms\)で表すこととする。同様に、たこ焼きが\(n\)個ある状態は\(nt\)で表すこととする。\(m\)と\(n\)を直接加算することはできないが、この状況は数学的には、\(ms+nt\)と表すことができる。この時、\(ms+nt\)を\(s\)と\(t\)の線形結合という。

鯛が\(m\)匹とたこ焼きが\(n\)個あるところに、それぞれ、鯛を\(m'\)匹とたこ焼きを\(n'\)加えたとする。この時の状態は、\( (m+m')s+(n+n')t\)で表すことができる。もっともなことだが、同じ種類のものに対しては足すことができる(数学的には、\(s\)と\(t\)が張る線形空間では、それぞれの係数に対しては四則演算を作用させることができる)。

さて、今、考えている世界は、現実の世界ではなく、量子の世界だとしよう。一つの物質が鯛とたい焼きの二つの状態をとれるものとする。その物質を観察したとする。何回か観察した結果、鯛と見えたのが\(A\)回、たい焼きと見えたのが、\(B\)回であったとする。この時の状態を現実世界での鯛とたい焼きの関係をまねるが、係数は平方根にして、\(\sqrt {A}s+\sqrt {B}t\)と表すことにしよう。この場合も、これは\(s\)と\(t\)の線形結合になっている。

この物資を前とは違う別の方法で観察したとしよう。その時、鯛を\(A'\)回、たい焼きを\(B'\)回観察したとする(ただし、観察した回数は同じだとする。即ち、\(A+B=A'+B'\))。この時の状態は、\(\sqrt {A'}s+\sqrt {B'}t\)で表すことができる。

この時、二つの方法を重ね合わせた状態は、\((\sqrt{A}+\sqrt{A'})s+(\sqrt{B}+\sqrt{B'})t\)となる。

下ごしらえが済んだので、まず、前回の記事で説明した粒子の状態と生成演算子・消滅演算子の関係を整理しておこう。

8.1 演算子と状態の空間

\(\hat{a}_i^\dagger|KetZero>\)は、真空の状態から、\(i\)番目の格子点に1粒子が存在する状態を作り出した。演算子\(\hat{a}_i^\dagger\)や演算子\(\hat{a}_i\)、あるいは、これらを結合したものは、状態に対する演算を与える。今、演算子あるいは演算子を結合したものの集まりを集合と考えることにする。また、状態も集合と考えると、演算子で作られる集合(演算子空間:\(B^A\)と呼ぶ)から状態の集合(これを状態空間:\(A\)と呼ぶ)への写像を考えることができる。演算子空間は真空の状態\(|KetZero>\)を状態空間に写像する(真空の状態だけで作られる空間を真空空間:\(B\)と呼ぶ)。図で示すと以下のようになる。図からわかるように、何も演算を行わないときは0とし、これも、演算子空間に加えた。0を作用させると、状態空間には移らずに、状態ではないところ、即ち、0に移る。これは、粒子のないところに消滅演算子を施したときに、状態とはらない、即ち、0となるといったが、それと同じ働きをする。
これより、演算子空間から状態空間への写像は部分写像であることが分かる。これに対して、状態空間から演算子空間への写像は、1対多の写像であることが分かる。
f:id:bitterharvest:20160518143900p:plain

8.2 重ね合わせでの演算子と状態の空間

さて、状態の重ね合わせを考えることにしよう。これまでも説明してきたが、状態とは、どの格子点に何個粒子が存在しているかを示すものであった。例えば、2番目の格子点に粒子が1個存在する場合には\(|...000\dot{0}01000...>\)と1番目の格子点に粒子が1個と-2番目の格子点に粒子が2個存在する存在する場合には\(|...00020\dot{0}1000...>\)と表すことができた。

それでは、前者と後者が同時に存在する場合、即ち、量子力学でいう重ね合わせが生じた場合はどうしたらよいであろうか。二つの状態が同時に生じているので、集合論的に考えると、論理和でよさそうである(一つの状態を\(A\)もう一つの状態を\(B\)とした時、これらの論理は、即ち、いずれかの状態を取っているときは\(A\cup B\)である)。そこで、量子力学での通例に倣って、\(\cup\)ではなく、\(+\)で重ね合わせを表すこととすると、先ほどの二つの状態の重ね合わせは、\(|...000\dot{0}01000...>+\ |...00020\dot{0}1000...>\)となる。

重ね合わせの状態は外部から観察すると、一つの状態だけが観測される。そこで、観察される頻度を重ね合わせに反映させることにしたい。例えば、先の二つの重ね合わせで、\(\psi_1|...000\dot{0}01000...>+\ \psi_2|...00020\dot{0}1000...>\)のような形態で表現することとし\(\psi_1,\psi_2\)が観察される頻度を何らかの形で反映されるようにしたい。ここでは、まだ説明をしないが、一方を観察した回数を\(A\)、他方を観察した回数を\(B\)とする。この時、\(\psi_1=\sqrt{A},\psi_2=\sqrt{B}\)ということにする。\(A,B\)が回数ではなく頻度(確率)を表している場合には、\(\psi_1^2+\psi_2^2=1\)となる。この時、\(\psi_1,\psi_2\)は正規化されているという。

だいぶ議論が整理されてきたので、もう少し、概念的な話を前に進めよう。ここまでは、話を一般的にするために、一つの状態の中にいくつもの粒子が存在するとして論じてきた。しかし、ここからは、話を少し簡単にするために、どの状態も1粒子の存在だけを表しているものとする。即ち、\(|...000\dot{0}01000...>\)のようなものは許すが、\(|...00020\dot{0}1000...>\)のようなものは当面対象としないこととする。即ち、我々が考えるものは、
\(...\psi_{-2}|...00010\dot{0}000...>+\psi_{-1}|...0001\dot{0}000...>+\psi_{0}|...000\dot{1}000...>\)
\(+\psi_{1}|...000\dot{0}1000...>+\psi_{2}|...000\dot{0}01000...>...\)
である。

この式は、
\(\sum_{i=-\infty}^\infty{(\psi_i\hat{a}_{i}^\dagger|KetZero>)}\)
\(=...\psi_{-2}\hat{a}_{-2}^\dagger|KetZero>+\psi_{-1}\hat{a}_{-1}^\dagger|KetZero>+\psi_{0}\hat{a}_{0}^\dagger|KetZero>\)
\(+\psi_{1}\hat{a}_{1}^\dagger|KetZero>+\psi_{2}\hat{a}_{2}^\dagger|KetZero>...\)
と変形できるので、
\(..., \hat{a}_{-2}^\dagger|KetZero>\),\( \hat{a}_{-1}^\dagger|KetZero>\),\( \hat{a}_{0}^\dagger|KetZero>\),\( \hat{a}_{1}^\dagger|KetZero>\),\( \hat{a}_{2}^\dagger|KetZero>,...\)
の、即ち、\(\hat{a}_{i}^\dagger|KetZero>\)の線形結合である。

さらに進めて、\(\sum_{i=-\infty}^\infty{(\psi_i\hat{a}_{i}^\dagger|KetZero>)}=(\sum_{i=-\infty}^\infty{\psi_i\hat{a}_{i}^\dagger})|KetZero>\)と変形することもできる。そこで、下図に示すような演算子の空間を考えると、先の式は演算子の空間だけで表すことが可能である。これは次のようになる。
\(\Psi=\sum_{i=-\infty}^\infty{\psi_i\hat{a}_{i}^\dagger}\)
この式は、\(\hat{a}_{i}^\dagger\)の線形結合である。
f:id:bitterharvest:20160518145145p:plain
ここまで来ると、重ね合わせに対する考え方は随分とすっきりしてくる。

ところで、1粒子の観察は、一か所、あるいは、一つの方法で行っているとは限らない。複数の個所で、あるいは、複数の方法で行っているかもしれない。
例えば、光の干渉性を示す実験に、有名なヤングの実験があるが、それは二重のスリットを設けて、一方のスリットから出てくる光と、他方のスリットから出てくる光とを重ね合わせて実験を行っていた。図に、WikiPediaに掲載されているものを利用するとヤングの実験は次のようになっている。
f:id:bitterharvest:20160524091130p:plain


そこで別の方法で観察して得られた粒子の位置が次のようであったとしよう。
\(\hat{\Phi}^\dagger=\sum_{i=-\infty}^\infty{\phi_i \hat{a}_i^\dagger}\)

この時、状態は線形結合となると仮定しているので、\(\hat{a}_i\)の各係数を加えることができる。
\(\hat{\Psi}^\dagger+\hat{\Phi}^\dagger=\sum_{i=-\infty}^\infty{(\psi_i+\phi_i) \hat{a}_i^\dagger}\)

これらが作る状態は、次のようになる。
\((\hat{\Psi}^\dagger+\hat{\Phi}^\dagger)|KetZero>=\sum_{i=-\infty}^\infty{(\psi_i+\phi_i) \hat{a}_i^\dagger|KetZero>}\)

さて、重ね合わせの度合いを示す係数\(\psi_i\)を説明しよう。
\(\psi_i\)は一般には複素数である。格子点の\(i\)番目で、粒子が見つかる確率\(P_i\)は、\(\psi_i\)の共役複素数を\(\psi_i^*\)とした時(共役複素数とは、虚数部の符号を反対にしたものである。\(a+ib\)の共役複素数は\(a-ib\)である)、
\(P_i=\frac{\psi_i \psi_i^*}{ \sum_{i=-\infty}^\infty{\psi_i \psi_i^*}}\)
である。

\(\sum_{i=-\infty}^\infty{\psi_i \psi_i^*}=1\)のとき、
\(\psi_i\)は正規化されているという。その時、粒子が格子点の\(i\)番目で観察される確率は、\(P_i=\psi_i \psi_i^*\)である。

例を挙げることにしよう。1粒子の重ね合わせが一つの方法では次のようになっていたとする。
\(\hat{\Psi}^\dagger=\frac{1}{\sqrt{2}}\hat{a}_0^\dagger+\frac{1}{\sqrt{2}}\hat{a}_1^\dagger\)
この時、格子点が0番目と1番目では粒子が存在する確率は1/2である。即ち、\(\psi_0=\psi_0^*=\frac{1}{\sqrt{2}},\psi_1=\psi_1^*=\frac{1}{\sqrt{2}}\) である。

また、粒子の重ね合わせを別の方法では次のように得たとする。
\(\hat{\Phi}^\dagger=\frac{1}{\sqrt{2}}\hat{a}_0^\dagger-\frac{1}{\sqrt{2}}\hat{a}_1^\dagger\)
この時、格子点が0番目と1番目では粒子が存在する確率は前と同様に1/2である。即ち、\(\phi_0=\phi_0^*=\frac{1}{\sqrt{2}},\phi_1=\phi_1^*=\frac{1}{\sqrt{2}}\)である。

それでは、この二つの方法を重ね合わせたらどのようになるであろうか。
\(\hat{\Psi}^\dagger+\hat{\Phi}^\dagger=\sqrt{2}\hat{a}_0^\dagger\)
となる。確率の合計が1になるように正規化すると
\(\hat{\Psi}^\dagger+\hat{\Phi}^\dagger=\hat{a}_0^\dagger\)
である。即ち、この2粒子を重ね合わせると、1番目では干渉を起こして粒子が存在しないことになる。粒子が観測されるのは、常に0番目の格子点ということになり、不思議な現象が生じる。

8.3 Haskellで表現できるようにする

今までの話をHaskellで表現できるようにしよう。少し、間を取ることにして、次の図を参考に考えて欲しい。
f:id:bitterharvest:20160528094429p:plain