bitterharvest’s diary

A Bitter Harvestは小説の題名。作者は豪州のPeter Yeldham。苦闘の末に勝ちえた偏見からの解放は命との引換になったという悲しい物語

恋人までの距離(Before Sunrise)-出会いの場面

専門分野の話は英語で話されても100%理解できる。しかし、映画となるとどうも心もとない。日常使うような言い回しを受験英語で学ぶことがほとんどなかったので戸惑いを感じるためだろう。

先日、カリフォルニアに住んでいるEdとGayeから、来年の秋にハワイのコンドミニアムで一緒に休暇を取らないかという誘いがきた。最近、英語を聞く機会がないので、力が落ちている可能性が高い。念のためにそれまでに耳を馴らしておいた方がよさそうだ。そこで、集中的に映画を観て準備することにした。ただ、観ただけでは面白くないので、その中で出てきた面白い表現を紹介することにしよう。

映画の説明に入る前に受験英語で失敗した例を最初に取り上げておこう。アメリカに留学し始めたころ、あるアメリカ人の家に泊まる機会があった。家に到着すると、両親はそのまま買い物に出かけてしまい、小学校低学年の子どもと彼の友達と一緒にいきなり留守番をさせられた。トイレの場所が分からなかったので子供たちに尋ねた。
“Where is the lavatory?”
そうしたら、予想もしないことが起こった。子供たちはいったん沈黙し、次の瞬間笑い転げながら部屋中を走り始めた。何とも古風な英語を東洋人から聞いてびっくりしたと同時におかしくなったのだろう。アメリカではbathroomが一般的だ(アメリカの家は浴室とトイレは一緒の部屋)。しかし受験英語ではこのようなことは教えてくれなかった。教科書として採用されるのは時代的には少し古い英語の小説(例えば、学校教育で英語を学ぶ最後となる大学2年の時はハーマン・メルヴィルの『白鯨』)がその頃はふつうであった。そこに出てくる単語を使ったので、「お主、厠はいずこにござ候。」ぐらいに聞いたのであろう。子供たちがびっくり仰天するのは当然のことであった。

最初に取り上げるのは、1995年作の『Before Sunrise (恋人までの距離)』である。偶然に車中で出会った男女が次の日の朝までのウィーンをぶらつきながら結びつき(connection)を強めていくという映画だ。

ジェシー(イーサン・ホークが演じる)はユーレイルパスを利用してブタペストからウィーンに向かっている。映画は流れていく線路を映し出した後ヨーロッパの美しい車窓を描き出す場面で始まる。
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ヨーロッパの6月は美しい。June Bride(6月に結婚式を挙げる花嫁)という言葉もあるぐらいで、人生の中で最も思い出に残るイベントをするべき時期と長いこと考えられてきた。この映画でも二人は6月16日に会っている。なだらかにうねっている薄緑色の丘陵地、それを囲むような深い緑の森、点在している白い壁の家々、そして青い空が織りなす風景がとてもきれいだ。

ソルボンヌ大学の女学生のセリーヌ(ジュリー・デルピー)は運悪く夫婦喧嘩をしているドイツ人夫婦とは通路を挟んで隣の席に座ってしまう。
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あまりの騒々しさに席を代え、ジェシーとは通路を挟んだ隣の席に移る。タイミングを計ってジェシーセリーヌに話しかける。とっつきに選んだのはもちろん夫婦喧嘩。二人とも何を話していたかは理解できなかったので、セリーヌが一般論に切り替える。
“Have you heard that as couples get older they lose their ability to hear each other?”
「夫婦は年を取ると相手が言っていることを聞く能力が失われるというのを聞いたことがある。」
セリーヌがもう少し詳しく説明した後で、ジェシーが次のようにまとめる。
“Nature's way of allowing couples to grow old together without killing each other, I guess.”
「夫婦がともに年を取ることができるように、そして連れ合いを殺さないで済むようにするための神からの恩恵だね。」
nature's wayの訳し方に工夫が必要だが、ここでは意訳した。

その後二人は、食堂車に移りコーヒーを飲みながら自己紹介をする。
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そうこうするうちに、ジェシーが下りるウィーンに到着する。彼は次の朝の飛行機でアメリカに帰ることになっているが、それまでの時間をセリーヌとともに過ごしたいと考えて、巧みにセリーヌを口説きにかかる。

列車から降りかけたジェシーは思いとどまり、セリーヌのところに再びやってくる。ヨーロッパの列車は大きな駅では長い時間停車している。日本でこんなことをしていると次の駅に連れていかれてしまうけれども、ヨーロッパでは十分に停車中の時間を楽しめる。また、ウィーンのような大きな駅は引き込み線になっている。丁度、日本の終着駅と同じで線路が行き止まりになっている。
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セリーヌの席にたどり着いたジェシーが次のように言う。
“I have an admittedly insane thought. If I don’t ask you this, it’ll haunt me the rest of my life.”
「自分でも非常識だと思うけど、このことを尋ねなければ、これからずっとこのことが頭から離れないと思うので、思い切って聞くけどいい。」
セリーヌが聞く。
“What?”
ジェシーが思いきって言う。
“I want to keep talking to you.”
「あなたと話し続けたい。」
“I have no idea what your situation is, but I feel like we have some kind of...connection.”
「あなたがどう思っているかは分からないけど、ある種の結びつき(connection)が僕たちにはあるように感じる。」
セリーヌも同じだという。「それでは、ウィーンで一緒に降りよう。僕は明日朝の飛行機に乗ることになっている。ただ、お金がなく、ホテルには泊まれないので、ウィーンの街を一緒に散策しよう。」と提案する。そして、極めつけの口説きに入る。
“Think of it like this.”
「このように考えてごらん。」
“Jump ahead, ten, twenty years, okay? And you're married.”
「10年後あるいは20年後の世界に飛び込んでみよう。そして、あなたは結婚している。」
“Only your marriage doesn't have that same energy that it used to have, you know. You start to blame your husband.”
「あなたの結婚には以前のような情熱はすでになく、ご主人を非難し始めている。」
“You start to think about all those guys you've met in your life, and what might have happened if you'd picked up with one of them?”
「これまでに会ったすべての男の人たちについて考え始めている。そのうちの一人をもし選んでいればどんなことが起こったのだろうかと考えている。」
“I'm one of those guys. That's me.”
「僕はそのうちの一人だ。そう僕だ。」
“So think of this as time travel from then to now to find out what you're missing out on.”
「これをタイムトラベルとして考えよう。未来から今への。あなたが若いころに逃したものを発見するための。」
“What this could be is a gigantic favor to both you and your future husband, to find out that you're not missing anything.”
「このことは素晴らしい贈り物だ。あなたとあなたの未来のご主人にとって。そして、あなたは何も逃していないことを発見する。」
“I'm just as big a loser as he is. Unmotivated. Boring.”
「僕は彼と同じでドジな男だ。やる気もないし、退屈な人間だ。」
ここは二人ともつまらない男だといっている。本来はご主人の方が優れていると言って良かったねというところなのだろうがそうではない。未来のご主人になれなかったジェシーが優れていたわけではないといっている。同程度にドジな男だといっている。どちらを選んでもよかったのだから、未来のご主人を選んだことに誤りはなかったと伝えたいのであろう。ご主人の方が優れていると言わなかったことで、ジェシーのプライドを示したかったのだろう。何となく引っかかる言回しなのだが、字幕の方は最初の文章は訳していない。単につまらない男だと伝えている。
“You made the right choice. You’re happy.”
「あなたは正しい選択をした。そして幸せだ。」

ジェシーの口説きは成功し、二人は列車を降りウィーンの街へと繰り出す。

映画の冒頭はドイツ語だった。列車がオーストリアを走行しているのでドイツ語で会話していることに違和感はないけれどもその他に理由はないのだろうか。国際列車なのでイタリア語でもよさそうだしフランス語でもよさそうだ。でもここは夫婦喧嘩の場面である。ヨーロッパで使われている主要な言語の中で、言い争っている場面に一番合いそうな言語は何と尋ねられればドイツ語と答えたい。力強く聞こえる言語で相手を説き伏せるには適しているように思える。

ウィーンはオーストリアの首都だ。標準語はもちろんドイツ語。歴史的な遺産がたくさん残されていて、旅行者から愛されている街だが、二人のconnectionはどのように展開していくのであろうか。それは次回の楽しみにということで今回はここまで。