bitterharvest’s diary

A Bitter Harvestは小説の題名。作者は豪州のPeter Yeldham。苦闘の末に勝ちえた偏見からの解放は命との引換になったという悲しい物語

米田の補題 ー 具体例

6.米田の補題

今回の記事は、米田の補題(Yoneda lemma)である。圏論の定義の中で、個人名がついている定理や補題はそれほど多くない。これから紹介する補題は、数少ない例の一つである。そして、重要な定義であることには間違いない。それも、かなり難解なものと想像してもよいだろう。でも、圏論のすばらしさを知るためには、この補題の理解を欠かすことはできない。

米田の補題はとても抽象的な理論であるが、この理論を正確に理解するためには、具体的な応用例が必要だ。そこで、今回もまた、具体的な例を求めて、長い時間をかけて検討した。やっとまとまったので紹介しよう。

6.1 具体例

1) 横歩きするカニ

リモコンからの遠隔操作でおもちゃを動かして楽しんでいる人も多いと思う。ラジコン飛行機、レーシングカー、最近では、ドローンだ。コントロールボタンを操作することで、これらの機器が自由に動き回る。何とも面白いおもちゃだ。これらのおもちゃが米田の補題を説明するのに丁度良い道具立てだ。ここで取り上げるのは、横歩きするカニのおもちゃだ。カニのお腹にはモーターがついていて、それが回転することで、左あるいは右に動くものとしよう。モーターの回転は、リモコンのボタンで決めているものとしよう。

横歩きするカニの働きを、米田の補題が説明できるように、下図のように表すことにしよう。
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左上にあるのは、「カニのおもちゃ」そのものである。ここではとりあえず、静止していることにしよう。左下にあるのはリモコンで、ボタンを押すと、カニが左に移動したり、右に移動したり、あるいは静止したりする。

右下はカニの現在の状態を表している。ここでは、「右」というボタンが押され、カニが道路際を右に移動している様子を示している。

右上はモーターの動作を表している。モーターは左に回転したり、右に回転したり、停止したりする。この動作はリモコンのボタンが押されたことで定まる。今「右」というボタンが押されているので、右の方に回転している。

図には、米田の補題を説明するときのために、式を入れてあるがここでは気にしないでおこう。

ここで重要なことは、それぞれのボタンにモーターの動作が対応しているということだ。リモコンには3種類のボタンがあるが、モーターの動作も同じく三種類ある。

ボタン押せばそれによってモーターの動作が決まり、逆に、モーターの動作を見ると押されているボタンが分かる。そして、モーターの動作からも、押されたボタンからも、現在のカニの様子が分かる。

リモコンのボタンは、圏論的に考えると、対象と言えるだろう。それに対して、モーターの動作は、射と思えるだろう。米田の補題については、後で詳しく説明するが、対象と射が一対一に対応することがその本質である。

それでは、「左」のボタンが押された時の様子を下図に示そう。同じように描けることが分かる。
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2) 大相撲

先の説明は、カニが一匹だったため、比較的、考えやすかったと思う。それでは、対象の構成要素が一つではなく、複数あった場合について考えてみよう。

丁度、大相撲が開催されているので、それを例にしてみよう。大相撲では、二人の力士が相撲を取ることを基本的な構成要素としている。この構成要素は先の一匹のカニに相当する。そして、誰と誰が対戦するのかを示す取組表が与えられる。この部分はカニがたくさんいることを表している。従って、複数のカニがいる場合を考えるのと同じこととなる。

今、対戦毎に相撲を取った時の状況が録画されているとしよう。そして、それぞれの対戦は再生できるようになっているとしよう。その選択はボタンによって行えるものとしよう。カニの場合と同じように、この状況を下図のように描いてみよう。
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左上はそれぞれの対戦に対する録画である。「左下」はコントローラで、対戦毎にボタンが設定されている。図では、鶴竜と栃ノ心の対戦に対するボタン、逸ノ城豪栄道の対戦に対するボタン、高安と千代丸の対戦に対するボタンがある。いずれかのボタンを押すと、その対戦が再生される。

右上はボタンにより選択された対戦が再生されている様子を示したものである。右下は結果である。上の図では鶴竜と栃ノ心の対戦が選択されたので、その結果が表示され、他の結果は隠されてたリスト(左側)が提示される。また、逸ノ城豪栄道のボタンが押されたならば、その結果を示したリスト(右側)が示される。

大相撲の録画を見るという条件設定では、上の図で十分なような気がするが、米田の補題を説明するためには不備である。

上の図では、一つの対戦しか見ることができなかった。これは厳しすぎる制限のように思える。まったく、制限のない状態ではどのように考えたらよいのだろうか。いくつも一緒に再生できるとしたらどうであろうか。これまで説明してきたこともこの中には含まれるし、二つや三つを同時に見たいということはありうるかもしれないし、もっとたくさん同時にということだってありうる。そこで、希望するだけの対戦を同時に見ることができるというように条件設定を変えてみると下図を得る。
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この図では、左下のボタンの数がとても増えている。左側のボタンの列は一つの対戦を選ぶものだ。例えば、鶴竜と栃ノ心の対戦に対するボタン、逸ノ城豪栄道の対戦に対するボタンとなっている。その右側の列は二つの対戦を選ぶものだ。例えば、鶴竜と栃ノ心の対戦と逸ノ城豪栄道の対戦の二つを選ぶボタンである。描いてはないが、その右横の列は三つの対戦を選ぶ、さらには、四つの対戦を選ぶというようになる。また、これらの中には、全く選択しないというボタンも配置されている。

また、右上の再生も一つではなく、複数を再生している場合もある。この図では、鶴竜と栃ノ心の対戦と逸ノ城豪栄道の対戦を二つ同時に再生するというボタンが押されている場合を想定している。このとき、右上には、これらの対戦が再生される。また、右下では、再生されたもの、あるいは、ボタンで選ばれた対戦の結果を示したリストが提示される。なお、このリストには、そのほかの対戦の結果は記述されていない。

大相撲の例でも、ボタンと再生が一対一に対応していることに注意して欲し。

二つの具体例を示すことで、米田の補題を示す準備が整ったので、次回の記事で、説明しよう。