高校の時に出された物理の問題の中でいまだに頭に残っている課題がある。「ロケットが地球の周りを巡るようにするためには、(地上の高所から)水平方向にどれだけの速度で発射すればよいか」という問いである。ロケットの遠心力が地球からの引力と釣り合うようにすれば良いので、遠心力の法則さえ知っていれば難しい問題ではない。しかし、物理の法則を覚えることが苦手というよりも嫌いであった私は、自分で導き出せばよいとこの頃から考えていた。従って、この問題を解くことは、遠心力に関する物理法則を自ら導き出す試練へと変質した。物理の問題が解けるかどうかは、高度な数学を知っているかどうかによって大きく左右される。ベクトルを習っていないときだったので、式の展開に四苦八苦しているうちに試験の終了を知らせるチャイムがなった。その時の苦い経験がいつまでも頭に残っているので、それを払拭するために一度解いてみよう。
ロケットの周回運動は、糸の先端に球を結び、他方の先端を握って、球をぐるぐる回すのに似ている。球は手元から遠ざかろうとするが、糸で結ばれているため離れない。この時、手元では球の方に引っ張られるような力を感じる。これが遠心力である。
今、球はいつも同じ速度で回転していると仮定しよう。まず、球の動きを図示する。球は黄色で示してある。手元から球までの糸の長さは$ R$とする。そして、球は半径$ R$の円周上をぐるぐると同じ速度で時計回りに回転している。球の速度を$ v$とする。この時、球は円周上の接線方向に速度$ v$で移動しようとする。しかし、糸でつながれているために、中心の方に引き戻されるような力を受ける。真上の$ A$と右上の$ B$の地点での速度を表すと図のようになる。速度には方向があるので、それぞれベクトル表示で$ \vec{v}$と$\vec{v}'$とする。また、球が$ A$から$ B$に移動するまでに$ dt$時間かかり、$ \angle ACB$のラジアンでの角度は$dθ$とする。なお、ここでは$dθ$は十分に小さいとし、$ A$から$ B$まで距離はその円弧の長さで近似できるものとする。
$\vec{v}$から$\vec{v}'$への速度の変化量は、$\vec{v}$と$\vec{v}'$がつくる角度が$dθ$であることから、
\begin{equation}
| \vec{v}' - \vec{v} |=vdθ
\end{equation}
となる。球が回転しているときの角速度を$ω$で表すと、
\begin{equation}
ω=dθ/dt
\end{equation}
である。2点間の速度の変化量$|\vec{v}' - \vec{v} |$を、その移動に要した時間$dt$で割ると加速度が得られる。今、加速度を$ α$とすると、
\begin{eqnarray}
α&=&(|\vec{v}' - \vec{v} |)/dt \\
&=& vdθ/dt \\
&=& vω
\end{eqnarray}
となる。ところで、$ v$は、半径$ R$の円周上を角速度$ω$で回転している物体の速度なので、
\begin{equation}
v = Rω
\end{equation}
である。従って、
\begin{equation}
α=Rω^2
\end{equation}
となる。
ところで、ベクトルを知らないときにはどうすればよかったのだろう。長年の課題に取り組むこととしよう。
周回軌道を描いている球が地点$ P_A$にいたとし、そこでの座標を
\begin{eqnarray}
P_A &=& (x,y) \\
&=& (R \sin ωt ,R \cos ωt)
\end{eqnarray}
とする。ここで、$R$は球が回転しているときの半径、$ω$はその角速度である。
それでは球の速度を求めてみよう。そこで、時間$dt$が経過した時、距離$dl$だけ進んだとしよう。その時の速度$v$は$v=dl/dt$である。今、時間$dt$の間に$x$方向に$dx$、$y$方向に$dy$進んだとする(なお、$dt$は球が真っ直ぐに飛んでいると思っても構わないぐらいのとても短い時間とする)と、
\begin{eqnarray}
v&=&dl/dt \\
&=&\sqrt {dx^2+dy^2} /dt \\
&=&\sqrt {(dx/dt)^2+(dy/dt)^2}
\end{eqnarray}
となる。
そこで、地点$ A$での速度$v_A$は
\begin{eqnarray}
v_A&=&(dx/dt, dy/dt) \\
&=&(R (\sin ω(t+dt)- \sin ωt) /dt , R (\cos ω(t+dt)- \cos ωt) /dt ) \\
&=&(R (\sin ωt \cos ωdt + \sin ωdt \cos ωt - \sin ωt) /dt , R (\cos ωt \cos ωdt - \sin ωdt \sin ωt - \cos ωt) /dt ) \\
\end{eqnarray}
$dt$が十分に小さいとすると、$\sin ωdt=wdt, \cos ωdt=1$なので、
\begin{eqnarray}
v_A&=&(R (\sin ωt + ωdt \cos ωt - \sin ωt) /dt , R (\cos ωt - ωdt \sin ωt- \cos ωt) /dt ) \\
&=&(R ωdt \cos ωt /dt , -R ωdt \sin ωt /dt ) \\
&=&(Rω \cos ωt, -Rω \sin ωt)
\end{eqnarray}
となる。これは、速度が接線と同じ向きであることを示している。また、
\begin{eqnarray}
v &=& \sqrt {(dx/dt)^2+(dy,dt)^2} \\
&=& Rω \sqrt{\cos^2 ωt + \sin^2 ωt} \\
&=& Rω
\end{eqnarray}
下図に、地点$P_A$とそこでの速度$v_A$を示す。なお、図を書く時、$P_A$は中心から$R$の距離にあり、$x$軸に対して60度($\pi / 3$ラジアン)傾いているとした。また$ω=\pi/6$(すなわち単位時間に30度進む)と仮定して図示した。
単位時間(例えば1秒)経った時、球は$P_B$に移動したとする。もし、地点$P_A$で糸が切れてしまったとすると、単位時間後には球は速度$v_A$を示す矢印の先端に到着しているはずである。従って、ここから$P_B$へと向心力により引っ張られたはずである。
それではこの力を生み出した加速度$α_A$を求めることにしよう。これは速度を微分することで得られる(細かい式の展開は省略するが、速度を求めた時と同じ方法で行える)。従って、
\begin{eqnarray}
α_A &=& (d^2 x/d^2 t, d^2 y/d^2 t) \\
&=& (-Rω^2 \sin ωt , -Rω^2 \cos ωt)
\end{eqnarray}
となる。図で示すと以下の様である。
これから糸に沿って手元の方に加速度が向いていることがわかる。そして、加速度は
\begin{eqnarray}
α&=&Rω^2 \sqrt {sin^2 ωt + \cos^2 ωt} \\
&=& Rω^2
\end{eqnarray}
となり、先に得たのと同じである。
以上の議論から、長さ$ R$の糸をつけて球を角速度$ ω$で回転させると、球は
\begin{equation}
α=Rω^2
\end{equation}
の加速度で引っ張られていることが分かった。もし、糸が突然切れたとすると、反対側のほうに
\begin{equation}
α=Rω^2
\end{equation}
の加速度で飛び出す。球の質量を$ m $で表すと、外側に$ mRω^2$の力がかかっていることが分かる。これが遠心力である。
それでは先頭で述べた周回運動となる速さを求めることにしよう。地球には引力があり、質量が$ m $の物体は、$GmM/R^2$で常に引っ張られている。ここで、万有引力定数$ G$は$6.7 \times 10^{-11} [m^3/s^{2}Kg] $、地球の質量$ M $は$5.974 \times 10^{24} [kg]$、地球の中心から地表までの距離$ R$は$6.4 \times 10^{6} [m] $である。
遠心力と引力とが釣り合うので、
\begin{equation}
mRω^2=GmM/R^2
\end{equation}
となる。物体の速度$v$は$ωR$なので、
\begin{equation}
mRω^2=mv^2 /R=GmM/R^2
\end{equation}
となる。従って
\begin{equation}
v = \sqrt{ G M/R }
\end{equation}
となり、数値を入れ計算すると、$v=7.91 [km/s]$となる。
やっと積年の課題が解決した。物理や数学にはたくさんの法則があり、世の中にはこれらを簡単に覚えられる人もいるようだが、私は導き出せるものは、なるべく記憶しないことにしていたし、今でもそうしている。このため、学生の時は試験時間が定められていたので、残念な思いをすることもあった。
オーストラリアで自動車免許の試験を受けたときは、試験時間が定められていないのにびっくりした。日中いつ行っても良く、監督者から試験問題を受け取り、空席に座って問題を解き、終了したら監督者に返せばよかった。制限時間はないので、極端なことを言うと朝から夕までいて問題を解いても構わなかった。オーストラリアの学校でもそのようになっているようで、試験時間はたっぷり設けられていて、考える時間を十分に与えてあるとのことだった。どちらの制度にも一長一短はあると思うが、私にはオーストラリアの制度の方が好ましいように思える。