土というタイトルを見たとき、あまり期待しなかった。空気や水と同じように身近な存在であるにもかかわらず、都市生活に馴染んでしまった私は、土に触れる機会はあまりない。外に出かける時は、舗装された道を歩くので、土のあの柔らかい感触を味わうことはない。小さな庭も、手をかけないで済むようにとほとんど芝で覆われている。季節の花を楽しめるように少しは花を植えてあるが、それとても、花鉢に入れてある土を入れ替える程度である。大事なものというよりも、この時期に舞う土埃のような迷惑なものとの認識が強い。
そのような中にあって、何となく読み始めたこの本だったが、読み進めて行くうちに興味を持ち始め、最後には素晴らしいとさえ思った。土がこんなにも我々の生命と深く関係を持っていることを知ったのは、恥ずかしいことだが、この本が初めてである。しかも46億年という気も遠くなるような長い時間をかけて、我々が生存できるようにしてくれているということを知らされ、いたく感激した。
土は地球の誕生とともに存在していたわけではない。この本の最大のテーマは、土がどのようにして生まれたのかという疑問に答えることである。
地球の始まりは、無数の微粒子(宇宙塵)を集めた小惑星同士が衝突しあってできたとされている。微粒子は鉱物によって構成されているが、その大きさは10μm程度の大きさで、造山鉱物と呼ばれる。これは粘土よりは大きく、やがて粘土を生み出す母体となる。小惑星が衝突すると、巨大な熱エネルギーが生じ、6000度以上の高温が微粒子を溶かしてマグマを生み出す。さらに小惑星を取り込んで巨大化し、惑星となったのが地球である。
そのうち地球は冷え始め、熱いマグマを内に秘めたまま、地表面では水蒸気が冷めて水となり、地球が誕生してから2億年後ぐらいには、海と小規模な陸が生まれた。地球の内部では、比重が大きいものが下の方に、小さいものが上の方に移動し、最も軽いガスの水素、ヘリウム、ネオンなどの多くの元素は、宇宙へと戻っていった。最終的に地球表層に残留したのは、中間の重さを持つ窒素、二酸化炭素、水蒸気(水)である。
地球の内部は、中心部から外側に向かって、コア、マントル、地殻で構成されている。地球中心部のコア内部(内核)は個体の鉄となり、コア表層(外核)はドロドロに溶けた鉄が対流している。これにより地球に磁場が造られ、太陽風や宇宙線から地球を守ってくれている。
マントルは、酸化鉄や酸素と結びついたアルミニウム、珪素、マグネシウムを構成成分としている。地表の表層近くのマントルでは、鉄より軽いアルミニウムと珪素の割合が多い。また、沈み込んだマントルの一部は地下深くで溶け、ドロドロのマグマになる。
水によって冷却されるとアルミニウムや珪素は単体では存在できなくなり地球に来た時の姿に戻り、石英、長石、雲母などの造岩鉱物となる。これが集まったのが花崗岩である。陸地の部分はほとんどが花崗岩である。
マグマが冷えたことでできる岩石には、上述の花崗岩の他に玄武岩がある。これは地中深くのマグマから誕生したもので、斜長石、輝石、カンラン岩などの造岩鉱物が集まったものである。噴火によって放出された火山灰は玄武岩質の造岩鉱物である。地殻およびマントル表面は岩石で覆われ、それぞれ大陸プレートと海洋プレートと呼ばれる。海洋プレートは玄武岩で、その上に海や大陸がのっている。そして、大陸プレートは花崗岩である。地球が生まれてからまもない頃には土は存在しない。花崗岩、玄武岩、大気の状態からどのようにして土が生まれたのだろう。本の中では、岩石+大気⇒(風化作用)⇒土+海、として説明されている。
ここまで、土を定義せずに使ってきたが、ここではっきりさせておこう。土とは、「岩石が崩壊して生成した砂や粘土と生物遺体に由来する腐食の混合物」である。生まれた頃の地球には、粘土もなければもちろん生物も存在していない。土が生まれるためには、粘土が作られ、さらには生物が誕生する必要がある。石礫、砂、粘土は粒の大きさにより区分される。粒径が2.0mm以上のものを石礫、0.02mm以上のものを砂、0.002mm以上のものをシルト、それ以下のものを粘土という。すなわち、粘土は粒径が2μm以下のとても小さな粒である。
地球が生まれたころは、地上を大気(現在とは異なり、高濃度の二酸化炭素が含まれ、酸素は少なかった)が覆い、地表面にはわずかな陸(花崗岩)と広大な海があり、そして海面下にはマントルが冷えてできた岩(玄武岩)があった。原子地球の冷却化に伴って大量の雨が降ったが、それは火山ガス、二酸化炭素を溶かし込んだ酸性雨であった。酸性雨は海底の玄武岩によって中和されたが、そのとき岩石からは珪素やアルミニウムが海水中にどんどん流れ出した。珪素は相棒のアルミニウムと結合するとスメクタイトという粘土鉱物を析出する。生命よりも早く、海底に粘土が誕生した。
アルミニウム同士は横方向に結合する性質を有する。珪素もまた同様である。サンドイッチのようにアルミニウムの層を珪素の層で挟んだものができる。この三層構造(サンドイッチ)を重ねたものは粘土鉱物となる。すなわち、三層構造同士の間にカリウムを挟んだのが雲母、マグネシウムを多く含むのがスメクタイト、セシウムを多く取り込んでいるのがバーミキュライトである。三層構造同士の間になぜこのような正電荷の原子を挟むことができるのだろうか。これは、三層構造の外側の層を構成しているアルミニウム(Al³⁺)の一部がマグネシウム(Mg²⁺)で置き換わる(同型置換)ことで生じる。より低い正電荷の原子で置き換わったことにより、この三層構造は負電荷となる。このため、正電荷の原子(陽イオン)を引き寄せる。引き寄せられた原子の種類によって、雲母になったり、スメクタイトになったり、バーミキュライトになったりする。
この中で、スメクタイトは水やイオンをよく吸収するという性質をもっている。スメクタイトは、マグネシウムだけでなく、ナトリウムもカルシウムも含む。これらはカチオンと呼ばれ、水の分子はこのカチオンに引き寄せられる。スメクタイトは水を含むことで数十倍にも体積が増える。バーミキュライトと雲母は、スメクタイトやカオリナイト(珪素の層とアルミニウムの層の二層で構成される)とは異なり、地上では生成されず、地下の高温高圧条件で堆積岩や花崗岩の造岩鉱物として生成される。
これで土を構成するのに必要な粘土は備わったが、この他に腐食が必要である。このためには生命を必要とする。生命はどのようにして誕生したのだろうか。生命はアミノ酸を主要な材料としている。例えばヒトの細胞はタンパク質でできているが、これをバラバラに分解するとアミノ酸となる。アミノ酸に必要な元素は、酸素、水素、炭素、窒素である。アミノ酸を作るための元素は地球上にそろっているが、これからどのようにしてアミノ酸がつくられたかについては定まった説はないものの、粘土が大きな役割を果たしただろうとされている。
生命が誕生すると同じころに地殻変動が活発化した。35億~25億年前にかけて大陸が急激に拡大する。しかし、5億年前までは陸地に土はなかった。海中ではそれまでにシアノバクテリア、緑色植物が生まれ、それを食べるゴカイ類、さらにそれを食べる三葉虫、さらにこれを食べるアノマロカリスといった食物連鎖が生まれた。これに対して、陸地は荒涼とした岩石砂漠であり続けた。陸地に生命が誕生しなかったのは、大気中に十分な酸素がなかったことによる。
5億年前になると、地衣類とコケ類が上陸し、岩石を風化させ始める。しかし生活圏は川や池のほとりに限られていた。4億年前になるとシダ類が出現するがその状況は変わらなかった。ところが3億年前になるとタネを持つ裸子植物が登場し、乾燥した地域にも土が拡大した。2億年前には被子植物、キノコ(被子植物のリグニンを分解する)が誕生する。
この本では、この後の植物の進化、そして、動物の進化について、土と関連させて説明されている。とても面白いのだが、長くなるので割愛する。
最後に、生命が利用している成分は、花崗岩を例にすると、花崗岩+炭酸水=砂+粘土+珪素+塩(ナトリウム)である。この具体例が面白い。愛知県の濃尾平野と豊橋平野の背後には、花崗岩質の山があり、戦国大名の土岐氏にちなんで土岐花崗岩と呼ばれている。
花崗岩は風化すると、石英砂、長石、雲母の微粒子に分解される。重い砂は木曽川によって山のふもとに堆積し、守口大根を生む砂質土壌となる。長石が風化してできるカオリナイト粘土は水の力で運ばれ、かつて名古屋を含む下流域に広がっていた巨大湖に堆積する。これは陶器に使われる粘土層となる。岩石から放出されたカリウムと珪素は田んぼで稲に吸収される。海に流れ込んだナトリウムは食塩となり、珪素は珪藻の材料となってウナギを育む。
上記の反応は、一つの重要なことを教えてくれる。山の恵みと海の恵みは岩石の反応速度に制限されているということである。生命は、土や海の栄養分の存在量よりもその循環によって支えられている。このことは、循環量を超えて資源を利用すれば、やがて生命は維持できなくなることを教えてくれる。環境を守ることの大切さを伝えてくれる。
この本には、関連する話題が豊富に含まれていて、読んでいて楽しくなる。時には、親父ギャグと思えるところもあるが、関心を呼び起こすための工夫があちらこちらに凝らされていて、読者のために努力している姿勢に好感が持てる。高校で習った化学の知識がなくても理解できると思うが、あるとなるほどと思わせてくれる。私は、推理小説を読んでいる気分になって、ワクワクしながら楽しんだ。