bitterharvest’s diary

A Bitter Harvestは小説の題名。作者は豪州のPeter Yeldham。苦闘の末に勝ちえた偏見からの解放は命との引換になったという悲しい物語

コロナに罹りました

今日はエープリルフールだけれども、この記事はフェイクではない。真実である。しかし、エープリルフールのこの日の記事にとてもかなっているように思える。最初の一言が、「え、ほんと!」となるだろうから。

楽しかった中国・四国の旅行から戻った二日目、高い熱が出てビックリした。その前の日は、旅行後の始末に追われ、疲れを感じたので早めに床に就いた。とてもよく眠れたのだが、起きたとき何となく熱っぽいと感じた。体温を測ると37.0度であった。このときは疲れのためと思い、朝食後に大事をとってベッドで横になった。

すごく疲れていたようで、目が覚めたのはお昼前であった。元気なのだが、熱が高いように感じる。検温してみるとなんと38.7度もあった。旅行を共にした仲間からコロナになったと連絡があったので、私もかととても不安な気分になった。病院が閉まりそうな時間だったが、ダメ元と思い妻に電話を入れてもらった。この病院は、午前中の診療が終了した後、高熱患者を診察している。そして、かかりつけ医でもある。快く受け入れてくれ、診療が可能になった時、電話をくれるとのことであった。

検査の結果は陽性であった。コロナに罹ると息も絶え絶えという凄い状態になると思い込んでいたが、全くそのようなことはなかった。熱があるだけで、とても元気で、食欲もある。熱さえなければ、近所の桜を見に出かけ、多くの人と遭遇したことだろう。お医者さんは、これほど元気にしていられるのは11月のワクチン接種が効いているためだという。ワクチン接種の目的は、重症化を防ぐことにあるそうである。

そして、抗ウィルス薬を使うかを尋ねられる。基礎疾患があるので、使える薬はラゲブリオだけだという。そして、かなり高価だそうだ。背に腹は代えられないのでお願いしますと答えた。この薬は12時間ごとに飲むこと、1カプセルは200㎎で、一回の飲む量は4カプセル(800mg)と言われた。5日分出すので飲み切ることと教えられた。さらに、発症後5日間は外出を控えることが勧められていること、そして、10日間は菌を排出している可能性があるので、この間も外出しない方がよいと説明された。また、風邪の症状が出たら来て欲しいと言われた。

薬局で薬をもらい、夕方から薬を飲んでくださいと言われた。帰宅後も高い熱が続いていたので、ベッドに横たわっていたら、そのまま夕方まで眠りこんでしまった。夕飯を食べ、薬を飲んで、20時には床に就いた。ラゲブリオの他に解熱剤ももらっていたので、寝間着がびっしょりになるくらい酷い汗をかいた。それでもなお朝起きたときの熱は37.9度もあった。振り返ってみると、コロナを発症してからここまで、診察と食事の時間を除いては、ずっと寝続けていることになる。旅行の疲れもあるのだろうが、コロナウィルスとの戦いのために体力はひどく疲弊しているようである。

日本でコロナが初めて発見されたのは今から5年前の1月16日である。中国から帰国した男性であった。衝撃的な光景は、多数のコロナ患者を乗船させて横浜港に着岸したダイヤモンド・プリンセス号だろう。検疫官が船に向かう場面を今でも鮮明に覚えている。しかし、この頃はまだ大丈夫だと思っていたが、そうではないと思わせてくれたのが、3月29日の志村けんさんの死亡である。この頃から、国民はコロナに罹ると大変と意識するようになった。

コロナへの対策が全くなかった当時と比べると、現在の環境は全く異なっている。重症化を防ぐためのワクチン、感染の有無を判別できる抗原キット、ウィルスと戦うための抗ウィルス薬が整っていて、予防・発見・治療のそれぞれの段階で防波堤ができている。私もこれらすべてから恩恵を受け、最初の二日間だけ熱があっただけですんでいる。痰がでるだけで、喉が痛いとか味覚・臭覚がなくなるなどの不都合は起きていない。今朝、ラゲブリオも飲み切った。このまま、順調に回復してくれることを願っている。最後に、献身的に介護してくれた妻にとても感謝している。