本書のタイトルからは、大衆向けの本のような印象を受けるかもしれない。しかし、実際には後半の内容こそが本来の趣旨であり、学術書に近い構成となっている。特に、アメリカの現在の政治と思想を理解するうえで有意義な一冊である。
最近、ドナルド・トランプ大統領に関するニュースが連日報じられているが、これほど露出度の高いアメリカ大統領は過去に例がないかもしれない。それほど彼の政策は従来の政治とは大きく異なり、物議を醸しているためである。彼の台頭の背景にはポピュリズムの影響があるとされてきた。2017年に大統領に就任した後、次の選挙ではジョー・バイデンに僅差で敗北した。しかし、2024年の大統領選挙ではカマラ・ハリスに勝利し、今年1月から再び大統領の職に就いている。
政治家としての彼の人気がこれほど長く続いているのは、単なるポピュリズムの現象とは言い切れないのではないか。むしろ、アメリカの思想や政治において、より根本的な変化が生じているのではないだろうか。そんな疑問を抱きつつ、本書を手に取ってみた。
本書は、会田さんが2017年以降に執筆した約20編の論評をまとめたものであり、アメリカの政治・思想史、特に保守政治の流れを詳細かつ分かりやすく解説している。その内容は、アメリカ政治をより深く理解するための貴重な視点を提供してくれる一冊となっている。
アメリカ政治の大きなサイクル
会田さんは、アメリカの政治を大きなサイクルで分け、それを以下のように整理している。
ニューディール期(1930年代~1970年代)
ニューディール期の支持層は、今日とは逆の構図を持っていた。当時の共和党は金持ちエリートの政党であり、東部エスタブリッシュメントによって主導されていた。1920年代初頭に「改革の時代」を率いたセオドア・ルーズベルト大統領の伝統を受け継ぎ、民主党が始めたニューディールの革新的政策にも一定の理解を示していた。
一方、民主党は農業地帯である南部を主要な基盤とし、かつては奴隷制を許容する政党であった。しかし、大恐慌を経て、都市部の進歩的な労働者層、知識人、マイノリティを取り込みつつ、伝統的な地盤である南部の保守層も抱える政党へと変貌した。そして、フランクリン・ルーズベルト大統領のもとで革新的な政治を推進し、ニューディール連合を形成した。
この民主党と共和党の協力によるニューディール連合によるリベラル政治の優位は、1970年代まで続くこととなった。
しかし、ニューディール政策の時代も後半になると、その軋みが顕著になってくる。民主党のジョン・F・ケネディ大統領と、それに続くリンドン・ジョンソン大統領は、ベトナム戦争による財政負担と福祉拡大によって政府債務を増大させた。さらに、石油危機による物価高騰が重なり、景気が停滞しながら物価が上昇する「スタグフレーション」を招いてしまう。
共和党のリチャード・ニクソン大統領は、物価賃金統制や飢餓対策など、「大きな政府(ニューディール政策)」による対策を打ち出した。しかし、彼の政権はウォーターゲート事件というスキャンダルによって失脚し、経済政策の転換を果たすことなく終焉を迎えた。
ネオリベラル期(1980年代~2010年代)
従来の流れに抗し、共和党内ではニューディール政策に親和的な東部エスタブリッシュメントに対抗する動きが生じていた。彼らは民間の活力を重視し、「小さな政府」を主張する一方で、伝統的価値観の復活や強い反共主義に力点を置く「融合主義(Fusionism)」の保守勢力として着々と地歩を固めていった。
そして、1980年の大統領選でロナルド・レーガンが当選したことは、30年にわたる保守勢力の準備期間を経た勝利であった。この結果、「ニューディール連合」は崩壊し、アメリカは経済政策的に「小さな政府」と規制緩和を基調とするネオリベラリズムの時代に突入したとされている。
しかし、会田さんは、こうした政治の転換が単純な図式で説明できるものではないとし、少し異なる視点を提示している。彼によれば、ネオリベラリズムの始まりは、規制緩和を打ち出した民主党のジミー・カーター大統領(レーガン大統領の前任者)にあるとされる。カーターは政治的にも強い宗教色を持ち込み、外交に人権問題を前面に出すなど、従来の民主党の路線とは異なるアプローチを取った。そのため、保守政治への転換はレーガンではなくカーターから始まったと指摘している。
また、ニューディール連合の崩壊はレーガン時代を待たず、すでにニクソン政権下で始まっていたとする。ジョンソン政権下で成立した公民権法や投票権法(黒人の法的平等化)は南部白人の反発を招き、ニクソンはこの間隙を突いて「南部戦略」を展開し、民主党が長年支配していた南部へ共和党の進出を図った。この結果、ニューディール連合の重要な票田を民主党は失うことになった。
さらに、ニクソンは労働者票の取り込みにも力を入れ、民主党の支持基盤を侵食した。この動きは数年後、労働者層のレーガン支持へとつながり、共和党の勢力拡大に寄与することとなった。
労働者層と南部の支持を侵食され、存亡の危機に陥った民主党は、ネオリベラリズムのもとで再起を図る大きな転換を迎えた。その契機となったのが、1990年代に登場した中道派政治グループ「ニューデモクラット」である。このグループの旗手として大統領に選ばれたのが、ビル・クリントンであった。
ニューデモクラットは、情報技術など当時の先端産業の将来性を見越し、そこへの集中投資を提唱した。共和党が製造業やエネルギー産業などの旧来型産業と結びついていたのに対し、民主党は労働組合依存から脱却し、新興産業との結びつきを強めていった。その結果、民主党は21世紀に飛躍的に発展する新産業と、そこで高収入を得るエリート層と結託する企業政党へと変貌した。
一方、共和党は衰退する製造業と結びつき、そこで職を失いサービス産業へ流入した労働者層を取り込んでいった。彼らは不安定な雇用環境に置かれた労働者の支持を、ナショナリズムを通じて引き付ける政党へと変化していった。

1970年代末から両政党を席巻したネオリベラリズムは、40年後に終焉を迎える。共和党では、トランプによる党の乗っ取りを契機に、経済リベラリズムとネオコン型安全保障政策を核とするレーガニズムの否定が進み、新たな思想運動が巻き起こった。
一方、民主党では、民主社会主義者を自任するサンダーズの躍進が、1980年代以降のネオリベラル化によってミニ共和党化した民主党への批判となり、ニューディール型政策への回帰を促した。

アメリカの政治思想の変遷
アメリカの政治思想、特に近年の保守主義がどのように推移してきたのかを見ていこう。全体的な流れを整理すると、アメリカの政治思想はジョン・ロックに始まり、その影響がリベラルと保守の双方に及んだ。20世紀の保守主義はリバタリアニズムや伝統主義へと展開し、21世紀はポピュリズムと結びついた。
アメリカの政治思想は、ジョン・ロックに始まるとされる。彼は、すべての人間が生まれながらにして生命・自由・財産の権利を持っているとし、これらの権利を守るために政府が存在すると考えた。そして、政府が権利を侵害する場合、国民には抵抗権があると主張した。
また、ロックは経験論の立場を取り、人間の知識は生まれつき備わっているものではなく、経験を通じて形成されると考えた。このような彼の思想は、民主主義と資本主義の発展に深く結びついている。
彼の思想は、アメリカのリベラルと保守の双方に大きな影響を与えた。リベラル派にとって、彼の「生命・自由・財産の権利」という考え方は、個人の自由と権利の尊重という理念の基盤となり、公民権運動や社会福祉政策の根拠として活用された。また、ロックの社会契約説に基づき、リベラル派は政府が国民の権利を守るために積極的に介入すべきだと考え、福祉政策や経済規制を支持する立場を取った。
一方、保守派にとっては、ロックの「労働によって得た財産は個人の正当な権利である」という考え方が、自由市場経済や小さな政府の理念を支えるものとなった。また、彼の「政府は人民の同意に基づくべき」という思想は、保守派の政府介入の最小化という立場に結びつき、国家の権限を制限するべきだという主張の根拠となった。
このように、ロックの思想はアメリカの政治思想の基盤となり、リベラルと保守の双方に異なる形で影響を与えている。
20世紀の保守主義の展開
20世紀のアメリカにおける保守主義は、大きくリバタリアニズムと伝統主義の二つの潮流として展開された。
リバタリアニズムは、個人の自由、経済的自由、小さな政府を重視する政治思想であり、本来「リベラル」という言葉はこの意味で使われていた。しかし、アメリカの政治においてはニューディール政策や公民権運動などの影響により、大きな政府を通じて人権を擁護する立場が「リベラル」として定着した。その結果、従来の自由主義的な立場を持つ人々は、自らを「リバタリアン」と称するようになった。
リバタリアニズムが思想的に体系化される契機となったのは、フリードリヒ・ハイエクのアメリカ移住である。彼はイギリス在住中に執筆した『隷従への道―全体主義と自由』がアメリカでベストセラーとなり、その影響でリバタリアニズムは単なる経済思想から政治思想へと深化した。これにより、経済的自由主義を求める人々の理論的支柱となった。
これに対して、ラッセル・カークはリバタリアニズムを真の保守思想とは異なるものとし、独自の立場を主張した。彼が依拠したのは、フランス革命を批判した英国の政治思想家・エドマンド・バークと、アメリカ建国の父祖の一人であるジョン・アダムズである。カークは単に伝統的な社会を肯定するだけでなく、リベラリズム、功利主義、プラグマティズムなど、ほとんどの近代思想を厳しく批判した。
カークがアメリカに持ち込んだヨーロッパ的な権威主義的保守主義は、アメリカでは「伝統主義」と呼ばれるようになった。彼の思想は、リバタリアニズムとは異なり、社会の秩序や歴史的な価値観を重視する保守主義として、アメリカの政治思想に新たな視点をもたらした。
このように戦後のアメリカには、リバタリアニズムと伝統主義の二つの流れがあり、両者の間で大論争が繰り広げられることもあった。さらに、1950〜60年代にかけてはソ連共産主義との戦いが最大の政治課題となり、反共主義の思想も台頭した。これらの思想の共通点を見出し、融合を目指したのがウィリアム・バックリーやフランク・マイヤーであり、彼らの試みは「融合主義」と称された。
21世紀のポピュリズムの展開
21世紀のアメリカ政治において、ポピュリズムは重要な潮流となった。その中心には、政治から疎外されていると感じるミドル・アメリカン・ラディカル(MARs)と呼ばれるグループが存在する。彼らは、自分たちの声が政治に届かないと考え、Qアノンやディープ・ステート(DS)といった陰謀論を生み出す温床となった。
アメリカでは1940年代から50年代にかけて、人民の意向とはかけ離れたエリート層が政治を支配しているという問題意識が存在していた。その代表的な論者が、元トロツキストのジェームズ・バーナムである。彼の著作『経営者革命』では、官僚支配の共産主義国家であれ、大企業支配の資本主義国家であれ、今後はエリート・テクノクラートが権力を握り、一般大衆は彼らに搾取されるだけの存在になると説かれた。
バーナムの思想を継承し、エリート・テクノクラート支配の打破を模索したのがサミュエル・フランシスである。彼は大統領候補者になることを目指していたパトリック・ブキャナンに助言し、以下の3つの政策を提唱した。
これらの政策は、バーナムの思想を受け継ぎ、ブキャナンを通じてドナルド・トランプ大統領の「ポピュリスト経済政策」へと援用された。
このように、21世紀のポピュリズムは、エリート支配への反発を基盤としながら、経済政策や外交政策においても大きな影響を与えた。トランプ政権の誕生は、こうした思想の集大成とも言えるものであり、その良し悪しは別として、アメリカ政治の新たな局面を切り開いたのである。
終りに
トランプ大統領の登場は、アメリカ大統領のイメージを大きく変える出来事だった。
歴代の大統領の中で最も印象に残っているのは、ジョン・F・ケネディである。若く、理想に燃えた彼は、まさにアメリカを体現する存在だった。しかし、そのケネディ大統領が暗殺されるという衝撃的な出来事が、初めての「日米宇宙中継」によって日本のテレビで伝えられたとき、私は仰天した。通信技術の進歩により、日米同時に大統領の閲覧式を見学できるようになったことに感心し、さらに技術革新が進めば、どれほど素晴らしい時代が訪れるのだろうと期待に胸を膨らませていた。そのため、この暗殺の衝撃は計り知れないものがあった。
次に印象深いのは、ロナルド・レーガン大統領だろうか。日米貿易戦争の影響で両国の関係は緊張状態にあったが、彼はナンシー夫人とともに、アメリカの温かい家庭の姿を感じさせてくれた。
さらに時が進み、印象に残っているのは バラク・オバマである。白人ではない大統領が選出されたことで、アメリカの素晴らしい良識を感じた。
トランプ大統領が登場するまでは、アメリカの大統領に対して「世界をリードしてくれている」という感謝の気持ちを抱いていた。しかし、最近は残念ながら、以前のような良い印象を持てなくなってしまった。
とはいえ、トランプ大統領の異質な存在がきっかけとなり、私はアメリカの政治史に興味を持つようになった。これまではアメリカが抱える問題について深く考えることは少なかったが、理解が進んできたことで、さらに学びを深めたいと思っている。
最後に、カーター大統領以降の歴代のアメリカ大統領を列挙しておく。
