東京都公文書館の沿革
約2週間前、東京都公文書館を訪問した。ここは、都政の歴史的記録を保存・公開するために設置された専門施設であり、その前身は1952年に設置された「東京都都史編纂室」にさかのぼる。1968年10月1日には文書管理機能を統合し、「東京都公文書館」として港区海岸に開館した。その後、竹芝地区の再開発に伴い、2012年に世田谷区玉川へ仮移転し、2020年4月には現在地である国分寺市泉町に本移転した。
(Google Earthより作成)
館では、東京府・東京市時代からの行政文書をはじめ、庁内刊行物、地図、視聴覚資料などを体系的に収集・保存し、都民の利用に供している。「東京府・東京市関連行政文書」が、2003年には東京都指定有形文化財に、2015年には国の重要文化財にそれぞれ指定された。また、史料編纂事業として『東京市史稿』などの刊行も行っており、江戸から東京へと続く都市の記憶を未来へとつなぐ役割を果たしている。
近代東京を映す行政文書群
「東京府・東京市関連行政文書」は、1868年から1943年までの東京府および東京市による行政記録33,041点から成る一括資料群である。これらは近代東京の都市形成、行政制度、社会・経済の変遷を知るうえで極めて重要な史料とされており、東京都公文書館の中核的な所蔵資料群となっている。
文書は、明治期から昭和期にかけて府庁・市役所で作成・収受されたもので、関東大震災後の復興事業、学校や企業の設立、都市計画、衛生・福祉政策など、行政の多岐にわたる分野を網羅している。保存体系も整備されており、編綴方法や保存年限制度に基づいて系統的に管理されてきた点も特筆に値する。これらの文書は、単なる行政記録にとどまらず、東京という都市の制度的記憶を物語る文化資源として位置づけられている。
文書疎開と戦災を免れた記録
戦時中には空襲による焼失を避けるため、文書疎開が実施された。具体的には、1943年に策定された「第一次庁舎疎開計画」に基づき、東京都庁に引き継がれた約16万冊の文書のうち、約6万冊が事前に廃棄され、残る約10万冊が疎開対象となった。
疎開先は、四谷区谷町(現在の新宿区若葉)にあった旧教員研修所と、渋谷区若木町(現在の渋谷区東)にあった東京都防衛局の倉庫で、それぞれ「四谷文庫」「若木町文庫」と呼ばれた。さらに1945年3月には、若木町文庫から南多摩郡由木村(現・八王子市)への再疎開も実施され、特に明治期の東京府文書約1万冊が市史編纂室に引き継がれた。
こうした保存措置により、東京の近代行政を記録する貴重な文書群は戦災を免れ、現在まで良好に保存されている。都市の制度と記憶を未来へとつなぐうえで、これらの史料は欠かすことのできない存在である。
江戸の記憶を伝える古文書
さらに、東京都公文書館には江戸時代の古文書も多数保存されており、近代以前の東京、すなわち江戸の都市構造や社会制度、庶民生活を知るうえで欠かせない史料群となっている。これらの文書は、明治維新後に旧幕府から東京府へ引き継がれた行政記録のほか、東京市史編纂事業の過程で収集・写本化されたもの、さらには町名主や商人の家に伝わる民間文書など、多様な出自を持つ。
特に注目すべきは、「南伝馬町名主高野家文書」や「藤岡屋日記」といった、町の運営や市井の出来事を記録した文書群である。前者は町名主が作成・保管していた町政に関する記録であり、町人社会の自治や幕府との関係性を具体的に示している。後者は江戸の情報屋・藤岡屋由蔵が記した日記形式の記録で、事件、噂、商業活動などを庶民の視点から生き生きと伝えており、当時の都市の動態を知る貴重な手がかりとなっている。
(東京都公文書館のホームページ「第4回 江戸の町触を読む~御用の鰻を確保せよ」より写真を利用。これは、南伝馬町の伝馬役・名主を勤めた高野家の資料群のうち、デジタルアーカイブでも公開している『撰要永久録』という資料である。)
また、地図や絵図類も豊富で、『御府内沿革図書』などは町割りや土地利用の変遷を視覚的に把握できる資料として重宝されている。これらは単なる地理情報にとどまらず、空間記憶としての江戸の都市構造を読み解く鍵ともなっている。
天保の改革と「天保撰要類集」
公文書館には「天保撰要類集」も所蔵されている。この古文書は、江戸幕府が天保年間(1830〜1844)に発布した法令や通達、行政記録を体系的に分類・編集した法令先例集である。特に1842年を中心に、老中水野忠邦による「天保の改革」に関連する政策文書が多数収録されており、幕府による都市統制、経済政策、風俗取締の実態を克明に伝える貴重な史料群となっている。
この類集は、もともと128冊に及ぶ膨大な文書群であり、保存のため現在は354冊に分冊されている。その内容には、江戸市中の寄席を15か所に制限する命令、市川海老蔵の奢侈生活による江戸十里四方追放、好色本の陳列禁止、湯屋の男女混浴禁止令、豆腐や錫鉛の値段引き下げ令など、庶民の生活に直接影響を与えた通達が網羅されている。
「天保撰要類集」は、東京都公文書館が編纂した『東京市史稿 産業篇 第55巻』にも収録されており、天保改革の制度的・文化的影響を読み解くうえで欠かせない一次史料である。この史料集には、天保13年(1842年)の1年間に発布された213件の通達が収録されており、政策立案の背景や実施過程を詳細にたどることができる。
建築としての東京都公文書館
東京都公文書館は、貴重な文書を所蔵する施設であると同時に、建物そのものもきわめてユニークな存在である。都立施設として初めて「ZEB化実証建築」として設計・建設されたこの館は、先進的な省エネルギー型建築のモデルとして注目されている。ZEB(Net Zero Energy Building)とは、建物の年間一次エネルギー消費量を、再生可能エネルギーの導入などによって正味ゼロ、あるいはそれに近づけることを目指す建築概念であり、東京都公文書館はその理念に則って設計されている。
建物は「森の中の知の泉」というコンセプトのもと、国分寺崖線の緑豊かな環境に調和するように配置されており、隣接する都立多摩図書館との景観的連続性も意識されている。外壁には溶融亜鉛めっきリン酸処理スチールパネルが採用され、耐候性・耐久性を高めるとともに、知の積層を象徴する重厚な意匠が施されている。
省エネルギー技術としては、建物全体を魔法瓶のような構造とすることで熱負荷を抑制。屋根には二重床スラブを採用し、断熱材を挟み込むことで外気の影響を最小限に抑えている。文書庫の外周部には高性能断熱材を取り付けたコンクリート二重壁が設けられ、空調効率の向上とともに、機械室兼通路としての機能も果たしている。
さらに、高効率空調設備の導入、空調機器の最適運転制御、大容量の太陽光発電設備の設置などにより、設計段階で基準エネルギー消費量の約90%削減を達成している。館内には中央監視装置によって電力消費量や太陽光発電量をリアルタイムで表示する設備も整備されており、災害時には情報発信拠点としての役割も担う。
文化と環境をつなぐ公共施設として
このように、東京都公文書館は、歴史資料の保存・公開という文化的使命を果たすと同時に、環境負荷の低減と持続可能な都市づくりを体現する建築技術と都市政策の交差点に立つ、象徴的な公共施設となっている。
今回見学したのは、常設展・企画展・閲覧室・文書庫の各施設である。企画展では「江戸の地誌・絵図~その系譜をたどる」が開催されており、武州豊島郡江戸庄図(1632年)、新板江戸大絵図(1670年)、江戸名所記(1662年)、江戸雀(1677年)など、江戸の空間認識と都市表象を伝える貴重な史料が展示されていた。
閲覧室では、職員の方からデジタル・アーカイブの利用方法について丁寧な説明を受けた。検索機能や画像閲覧の操作性も高く、史料へのアクセスが格段に容易になっていることを実感した。
文書庫では、津田梅子による女子英学塾設立願書、北里柴三郎の医師免許取得申請書、そして男女混浴禁止令に関する御触書など、近代黎明期の人物や制度に関わる原本資料を実際に見せていただいた。保存状態も良好で、資料の物理的な質感から歴史の厚みが伝わってくるようだった。
これまで公文書館には縁がなかったが、江戸時代から明治期にかけての貴重な公文書が体系的に保存されていることを知り、今後、江戸から近代への制度や都市の変遷を調べる際には、重要な参照拠点となることを強く認識した。まずは、デジタル・アーカイブの活用から始めてみたいと思う。