日本近世史を研究するエイミー・スタンリー(Amy Stanley)が著した『Stranger in the Shogun’s City: A Woman’s Life in Nineteenth-Century Japan』は、2021年のピュリッツァー賞(Biography 部門)のファイナリストにも選ばれた評価の高い書物である。その日本語版が今年三月、『将軍の都の客人――越後の寺娘・常野、江戸を訪う』として刊行された。日本でも評判は高く、私が利用する市立図書館でも予約が相次いでおり、順番が回ってくるまでかなりの時間を要する状況である。

なるべく早く読みたいという気持ちを抑えきれず、いっそ購入しようと Amazonで検索してみた。ところが、かなり高価であった。しかも電子書籍版はない。私の本棚はすでにいっぱいで、よほど気に入った本でない限り紙の本は買わないと決めているため、購入をためらってしまう。試しに原書はどうかと調べてみると、こちらは電子書籍版もあり、価格も手頃であった。
日本史に興味を持ち始めてから十年になる。その間、多くの関連書籍を読んできたが、英語で書かれた書籍や論文にはほとんど触れてこなかった。そのため、日本史固有の概念や用語が英語でどのように表現されているのかをあまり知らない。たとえば、大名や町人といった、我々にとって自然に受け入れられる概念であっても、英語で表そうとすると途端に難しくなる。英語を母語とする読者に対し、これらの語が持つ本来の意味をどのように伝えているのか興味をそそられる。まして江戸時代の村の空気感となれば、なおさら表現は難しいだろう。そう考えると、原書で読むこと自体が一つの魅力となってくる。
翻訳書で読むと、どうしても肌感覚で受け入れてしまい、細部に注意を払わず読み進めてしまう。しかし原書で読むと、日本文化に馴染みのない読者と同じ視点に立つことができ、そこに新たな発見があるように思う。日本文化をどのように抽象化し、一般化して伝えるのかという思考実験も含めて、原書で読むことはきっと刺激的な体験になるだろう。
本書で紹介される女性・常野(つねの)は、現在ではスキー場としてインバウンド客に人気のある妙高高原と同じ、越後国(新潟県)頸城(くびき)郡の出身である。生誕地は石神村。この地域は冬には深い雪に覆われる一方、良質な米を生産する穀倉地帯としても知られている。
常野は1804年(文化元年)、経済的にも身分的にも恵まれた浄土真宗・林泉寺住職の家の第二子、長女として生まれた。1816年(文化13年)、数え十三歳で出羽国大石田村の浄願寺へ嫁いだが、十五年後に離縁される。その二年後には近隣の裕福な農家に再嫁するが四年で離縁され、さらに別の農家に嫁いだものの、ここもわずか九か月で離縁された。
1839年(天保10年)、常野は「高田へ目の治療に行く」と偽り、以前知り合った男・智寛(ちかん)とともに江戸へ出奔した。智寛は彼女の着物を質に入れたり、強引に関係を迫ったりして常野を悩ませたが、なぜか江戸まで同行した(原書では Chikan と表記されている。もちろん偶然だが、日本語の「痴漢」を連想させ、その人物像と奇妙に重なって見えたのが興味深かった)。しかし江戸に着くと、彼は彼女を置き去りにしてしまう。仕方なく常野は親戚の家に身を寄せるが、実家からは身勝手な行動を理由に絶縁を告げる手紙が届いた。
江戸では旗本屋敷の女中として働くなど職を転々とした。食べることには困らなかったようだが、着物は故郷を出たときの一着しかなく、迫りくる冬の寒さに備えるため、絶縁した母に着物を送ってほしいと懇願している。寒さに耐えながらも江戸での暮らしに魅力を感じ、彼女が故郷へ戻ることはなかった。
江戸に来て一年後、同郷の井澤博輔と結婚する。しかし、水野忠邦の天保の改革による不景気で博輔は失職し、二人は極貧の生活を余儀なくされる。耐えきれず離縁し、常野は一度は石神村に戻った。だが、井澤博輔がのちに町奉行・遠山金四郎景元(のちに「遠山の金さん」として知られる)のもとで職を得ると、常野は家族の反対を押し切って再び江戸へ向かい、博輔と再婚した。名を「きん」と改め、その後も江戸にとどまり、数え五十歳で亡くなった。
略歴だけから彼女の生涯をたどると、破天荒な女性の一代記、江戸に憧れた世間知らずの娘、新しい時代へ勇敢に立ち向かった越後娘――そうしたイメージが思い浮かぶ。しかしスタンリーは、この時代の社会的・経済的・政治的背景を精緻に説明しながら、そのただ中で時代に抗いつつも自らの生き方を貫いていく一人の女性を、まるで目の前にいるかのように生き生きと描き出している。
第一章は常野の誕生から始まる。この時期について確実にわかっているのは、宗門改帳に記された誕生の記録だけである。しかしスタンリーは、江戸時代の文献を丁寧に読み解き、娘が誕生したときの寺院の様子を克明に再構成してみせる。春に生まれたため、この地域の道はぬかるんでいたこと。常野が二番目の子で、しかも娘であったため、贈答が限られていたこと。長男が誕生した際には多くの贈り物が寄せられ、四年後の今でも寺にはそれらが溢れていたこと。
誕生から一週間は名前が与えられなかったこと。生後すぐの死亡率が高く、その場合は「家に授かった子」とは見なさなかったためである。一週間が過ぎてようやく「常野」という名が付けられた。そして、この名前自体が珍しく、どこか彼女の将来を暗示するようでもあること。その後、石神村や近隣の村々の女性たちが集まり、誕生を祝う行事が行われたことなど、民俗学の研究者が記録したかのような細やかな描写が続く。
このように誕生後の行事が見事に描き出されており、読者は流れるように読み進めることができる。また、ここでの英語表現も秀逸で、論理的かつ明快である。関係代名詞や仮定法、倒置、コロンやセミコロンなどが効果的に用いられ、全体から部分へ、抽象から具体へと展開する構成には、私が高校時代に学んだ「英語らしい文章」の特徴がよく表れているように感じられた。
とりわけ素晴らしいと感じたのが第七章である。ここで描かれるのは、江戸時代の三大改革の一つとして教わった、水野忠邦による天保の改革(1841–1843)の時期である。常野とその周囲の人々の生活が、政治によっていかに困窮へと追い込まれていったかが語られる。かつて学校教育では、江戸の三大改革を「幕府の財政や体制を立て直すための画期的な政策」と制度中心に教わった記憶があるが、実際には必ずしもそうではなく、特に天保の改革は、社会の変化に対応するというよりも、旧来の体制へ引き戻そうとする性格が強かったのだと、本書を通じて気づかされた。
この章では、誤った政策がいかに庶民の夢を奪い、過酷な苦境をもたらすかを、常野とその周辺の人々の日常を通して鮮やかに描き出している。改革は、奉行所が高札場に「裏地に絹を使ってはならない」といった些細な禁止事項を掲げることから始まった。水野は、国内の不安と国外からの脅威に対抗するには強権が必要だと信じていた。これまでの改革にも風俗統制はあったが、天保の改革ではそれがいっそう強化された。今回の改革は質素倹約を重んじ、幕府への忠誠を促す精神改革と位置づけられた。しかし、彼自身の生活はその理念とは正反対であり、庶民たちはその本当の目的が権力掌握にあることを見抜いていた。
時が経つと、奉行所は目明しを改革の実行部隊として組織化し、社会秩序を乱すと見なされる庶民の振る舞いを抑制する策を提案するよう命じた。これにより、さまざまな「贅沢」と見なされる些細な行為が一連のリストとして掲げられた。ちょうどその頃、江戸名物ともいえる火事によって、中村座や河原崎座の芝居小屋が焼失した。水野はかねてより、身分の低い役者が妬むほどの高所得を得ていることに不満を抱き、さらに歌舞伎を「風紀を乱す存在」と考えていたため、これを機に辺鄙な場所へ移転させ、江戸の庶民から大切な娯楽を奪ってしまった。同様のことが常野の周辺でも起こり、芝居小屋や茶屋の廃業が相次いだ。
水野は次に株仲間の廃止に踏み切った。江戸での物価高騰が株仲間による統制のせいだと判断したためである。しかし、この措置は逆効果をもたらし、江戸の商業活動を弱体化させる結果となった。
こうした状況の中で、夫・博輔は安定した仕事を得られなくなり、常野には武家奉公の職があるものの、夫婦を支えるには収入が足りず、質入れをしても生活をつなぐことが難しくなっていく。さらに人返し令や上知令が続き、困窮は深まるばかりであった。やがて夫婦生活は破綻し、最後には常野が越後へ帰らざるを得なくなるまでの過程が、丁寧に描かれていく。天保の改革が江戸の住民にどのような影響を及ぼしたのかを知る機会はこれまでほとんどなかったが、本章を通じて、その苛酷さを肌身で実感することができた。
常野を通して、江戸時代に自分なりの生き方を押し通した、意志の強い女性の姿を見ることができた。しかし、彼女は極めて例外的な存在だったのだろうか。それとも、江戸末期という激動の時代が生み出した女性の一人だったのだろうか。十九世紀の江戸時代は、幕府成立以来の長い平和が続き、巨大都市・江戸が形成された結果、従来の政治的・経済的体制が維持できなくなりつつあった時期でもある。
本書で描かれる越後の農村には、家や共同体の規範が強く働いていた。その中で生きづらさを感じた人々のなかには、自らの生き方を模索し始めた者もいたように見える。そうした人々にとって、比較的容易に移住でき、職を得る機会も多い新天地としての江戸は、大きな魅力を放っていたのではないだろうか。都市部を中心に識字率が高まりつつあったこの時期、読み書きができれば、武家や商家での奉公口を見つけることも可能であった。
確かに、常野には自らの生き方を貫く強靭な精神力が備わっていた。しかしそれだけではなく、この時代そのものが、彼女のような生き方を可能にしていたとも見える。江戸という巨大都市の存在、人々の移動の活発化、そして既存の社会秩序の揺らぎが、常野のような女性に新たな選択肢を与えていたのではないだろうか。
こうした視点をさらに深めるために、江戸時代末期に自らの人生を切り開こうとした女性たちの他の事例も知りたいと思いながら本を閉じた。常野は確かに特異な女性だったのかもしれない。しかし本書を読み終えたとき、私の心に強く残ったのは、一人の女性の波乱に満ちた人生だけではなく、その生き方を可能にした十九世紀日本そのものの姿であった。