bitterharvest’s diary

A Bitter Harvestは小説の題名。作者は豪州のPeter Yeldham。苦闘の末に勝ちえた偏見からの解放は命との引換になったという悲しい物語

パトリック・J・デニーン著『リベラリズムはなぜ失敗したのか』を読む

現在のアメリカ政治の行方に関心を寄せる人々にとって、2026年6月は見逃せない時期であった。2018年に『リベラリズムはなぜ失敗したのか』を刊行し、大きな反響を呼んだノートルダム大学の政治学者パトリック・デニーン教授が初来日し、各地の大学や団体で講演を行ったからである。彼の著書は、アメリカ大統領を務めたバラク・オバマが「読むべき政治思想書」の一冊として取り上げた一方、現副大統領のJ・D・ヴァンスの思想的支柱ともされる。政治的立場では対極に位置する二人が同じ書物に価値を見出しているという事実は、一種の奇異さを伴うが、それだけデニーンの議論が今日の政治状況を読み解くうえで真摯に検討する価値があるということなのだろう。

デニーンが問うのは、リベラリズムが掲げる「個人の自由」が、共同体の基盤を掘り崩し、結果として自由そのものを空洞化させてしまうという逆説である。彼の議論の核心を踏まえて来日時の講演を振り返ると、その内容がより鮮明に立ち上がってくる。

講演は動画として公開されており、日本記者クラブでの講演では、冒頭の挨拶に続いて、真鶴町の小学校で見学した給食の様子を深い感銘を受けた様子で語っていた。あどけない児童たちが、ぎこちないながらも互いに協力しながら昼食の準備を進める姿に触れ、彼は自身の幼少期に経験した小さな共同体の記憶を呼び起こし、そこに育まれる絆の存在を見出したという。こうした光景は、アメリカではすでに失われつつあると、彼は嘆息していた。

しかし、デニーンが児童たちに見出した共同体の姿は、日本でもすでに揺らいでいるように思われる。私の住む住宅地は、約五十年前に丘陵地を切り開いて造成された。当初の住民たちは新しい街を自ら築こうという気概にあふれ、互いに協力しながら街づくりに励んだ。住環境を守るための住民憲章を制定し、街路と家屋の境界には塀ではなく樹木を植えるなど、共同体としての機能を自ら育てようとしていた。駅から続く並木道には商店街が形成され、店主と住民が言葉を交わしながらその日の献立を決めていく光景が日常的に見られた。

しかし、近郊に大型ショッピングセンターが開業すると、商店街は急速に衰退し、いまではシャッター通りと化してしまった。地域の生活圏にあった「顔の見える経済」は縮小し、住民は単なる消費者として広域的な商業施設に組み込まれていった。さらに、コロナ禍を契機に地域活動は停滞し、町内会を離れる住民も増えた。その結果、かつて自律的に機能していた共同体は見えないところでその輪郭を失いつつある。デニーンがアメリカ社会の危機として描いた共同体の衰退は、程度の差こそあれ、日本でも決して無縁の問題ではない。

アメリカでは、共同体の崩壊がさらに深刻に進行している。一般には、このような現象は行き過ぎた個人主義、すなわちリベラリズムが十分に機能しなかった結果として理解されることが多い。しかしデニーンは、そうした見方を根本から覆す。リベラリズムは失敗したのではない。むしろ、その理念と論理が社会の隅々まで浸透し、成功を収めたからこそ、今日の社会的病弊が生じたのだという。

では、彼がいう「リベラリズムの成功」とは何を意味し、それはいかなる仕組みによって共同体の衰退をもたらしたのだろうか。

リベラルという語の基礎にある「自由」という概念は、古代ギリシャ・ローマにまで遡ることができる。古代において自由とは、共同体の秩序の中で徳を実践し、自らを律しながら生きることを意味していた。自由は共同体から切り離されたものではなく、規範や義務に支えられて初めて成り立つものと理解されていたのである。

ところが近代になると、この自由観は大きく転換する。人間は本来、伝統や共同体、慣習などの制約から自由であるべきだという思想が前景化し、自由は共同体的規範から切り離された「束縛されない自由」として理解されるようになった。古代の自由が「徳と共同体の秩序を前提とした自由」であったのに対し、近代の自由は「個人の選択を可能な限り拡大する自由」へと変質したのである。この転換を思想として体系化した代表的人物がホッブズやロックである。

ホッブズやロックは、人間には国家に先立って自然状態において有する権利があると考えた。これが自然権であり、ロックはその中心を生命・自由・財産に求めた。しかし、自然状態のままでは暴力や不安が支配する不安定な社会に陥るため、人々は自然権を守る目的で社会契約を結び、国家を樹立すると考えたのである。

このような「束縛されない自由」という近代的理念を共有しながら、リベラリズムは大きく二つの方向へ展開した。ひとつは経済的自由を重視する古典的リベラリズムであり、もうひとつは家族・宗教・伝統的慣習など既存の社会的規範からの解放を重視する革新的リベラリズムである。

古典的リベラリズムは、アダム・スミスの「見えざる手」に象徴される市場の自律性を重視し、20世紀にはハイエクやフリードマンの新自由主義へと受け継がれた。政府の役割を最小限に抑え、市場競争を通じて個人の自由を実現しようとする立場である。一方、革新的リベラリズムは、国家が社会的不平等の是正に積極的な役割を果たすことを認め、公民権運動や女性解放運動などを経て、人種・性・ジェンダーなどの差別からの解放を目指すアイデンティティ政治へと展開したとデニーンは捉えている。両者は対立しているように見えるが、デニーンによれば「個人の自律を最優先する」という同じ理念的基盤を共有している点を見逃してはならない。

第二次世界大戦から冷戦期にかけては、イデオロギーが激しく競合する時代であった。リベラリズムはファシズム、そして冷戦期には共産主義と対峙し、ソ連の崩壊によって唯一の普遍的な政治理念であるかのような地位を占めるに至った。フクヤマはこれを「歴史の終わり」と呼び、リベラリズムが人類の最終的な政治理念に到達したとの見方を示した。しかし、この勝利によって、これまで他の思想との競争の中では見えにくかったリベラリズムの内在する論理が、社会の隅々にまで及ぶようになった。

今日のアメリカ保守派は、古典的リベラリズムを掲げながら、自由市場を擁護すると同時に、伝統的な家族観や地域共同体を守ろうと主張するようになった。これに対して革新的リベラリズムに基づく革新派は、経済的格差を是正し、大企業や富裕層の暴走を抑え、より平等な社会を実現しようとする。しかし、両者はそれぞれ危険な自己矛盾を抱えている。

革新派は文化や道徳の領域で「個人の完全な自由(性的・文化的解放)」を推進することで、家族や地域の絆といった互助の基盤を弱体化させる。その結果、人々は家族や地域共同体に代わって国家と市場に依存するようになり、やがて孤立した「単なる消費者」と化していく。一方、保守派は経済領域で「規制なき市場と個人の自由な経済活動」を推進することで、金儲けと欲望の解放を最優先する社会を生み出す。その結果、効率と消費文化が伝統的な町並みや家族の時間を侵食し、保守派が守ろうとする「伝統的な道徳」や地域文化が、市場原理によって飲み込まれてしまう。

このように、両者は互いに対立しているように見えながら、その根底では同じ自由観を共有している。そのため、自らの理念を徹底して実現しようとすればするほど、共同体という自由を支える基盤を掘り崩し、結果として自らの立場をも危うくしてしまう。デニーンは、この自己破壊的な構造こそが、今日のリベラリズムの危機であると考える。そして、既存の政治勢力に見放されたと感じた人々は、自らの不満や不安を率直に代弁してくれる新たな政治指導者を求めるようになる。近年のポピュリズムの台頭も、このようなリベラリズムの自己矛盾が生み出した現象として理解できる。

こうしてリベラリズムは理念どおりに成功したからこそ、共同体を支える基盤を自ら掘り崩し、その結果として社会の分断や政治的不信を招いたのである。デニーンが「リベラリズムは失敗したのではない。成功したからこそ失敗した」と論じる所以は、まさにここにある。

本書を読んで強く印象に残るのは、デニーンの議論がもつ先見性である。『リベラリズムはなぜ失敗したのか』が出版されたのは2018年であり、トランプがアメリカ大統領に就任した翌年にあたる。このため、本書はトランプ現象を分析した著作と受け止められがちである。しかし、本人が来日時の講演で語ったところによれば、本書の基本的な構想はトランプ登場以前から長年にわたって練り上げられてきたものであり、そのような政治指導者が現れること自体を、リベラリズムの帰結として予想していたという。フクヤマがリベラリズムの最終的な勝利を語った時代に、デニーンはすでに、その成功の内側で進行する自己崩壊の構造を見抜いていたのである。

保守派にしても革新派にしても、実際に利益を享受してきたのは、それぞれの陣営を主導するエリート層であった。一方、中間層の人々にとっては、「明日は今日より良くなる」という近代社会の約束はもはや現実味を失い、むしろ近年の流行歌が歌うように「日に日に世界が悪くなる」という感覚が広がっている。こうした状況のもとでは、既存の政治秩序を揺さぶり、エリート支配に挑戦する人物へ期待が集まるのは、決して不自然なことではない。

それでは、リベラリズムがその成功ゆえに今日の危機を招いたのだとすれば、私たちはこれからどのような道を選ぶべきなのだろうか。デニーンは真鶴町の小学校で、小さな共同体がいまも息づく姿を見学したが、同じころ私は大規模団地での町おこし運動を調査する機会を得た。

高度経済成長期には、都市への人口集中が進み、その受け皿として都市周辺には大規模な住宅団地が次々と造成された。近郊農村にすぎなかった地域は、丘陵地まで開発され、広大な住宅団地が次々と出現した。当時の団地は、サラリーマンとその家族で活気に満ち、未来への期待にあふれていた。しかし、造成から五十年を迎えた現在、そこには高齢者だけが残り、若者は去り、街は少しずつ衰退している。かつて賑わいを見せた商店街もシャッター街と化し、地域の生活圏は大きく縮小した。

その商店街の会長となった人物は、このままでは街が機能不全に陥ると強い危機感を抱き、再生への取り組みを始めた。「ココチよさがかなうまち」を掲げ、小さな活動を継続的に積み重ねることで、地域住民が自分たちの街に関心を持つよう働きかけた。さらに、こうした取り組みを外部へ発信することで、団地の存在が徐々に知られるようになり、新たな店舗を呼び込むことにも成功した。その結果、地域に人の流れが戻り始め、少しずつではあるが若い入居者も増え始めているという。

ここでの取り組みは、大々的な再開発ではない。むしろ、住民参加型の地道な町おこしである点にこそ価値がある。小さな活動を積み重ねることで、共同体の再生がゆっくりと、しかし確実に進んでいるのである。そこでは、住民が互いの存在を認識し、緩やかな協力関係を築き、地域の生活圏を自らの手で再編していくという、デニーンがいう「徳に支えられた自由」が具体的な形を取って現れていた。

デニーンも、人間同士のつながりを基盤とする共同体の重要性を強調している。近代リベラリズムが束縛のない自由を追求した結果、社会は「隣は何をする人ぞ」という言葉が示すように、互いに関係性を持たない個人と、それを支える国家と市場という構造へと収斂してしまった。自由を最大化するはずの体制が、結果として人々を孤立させ、自由そのものを空虚なものにしてしまうという逆説が生じたのである。

こうした状況を踏まえ、デニーンは「徳(virtue)あるいは善によって律せられる自由」の回復を提唱する。自由は放埓ではなく、共同体の規範と相互扶助の中でこそ健全に機能するという古典的な理解を、現代において再評価しようとする立場である。したがって、彼の構想は中世的共同体への回帰ではない。むしろ、リベラリズムを経験した現代社会が、その知見を踏まえたうえで新たに構築し直すべき「ポリスの生活」、すなわち市民が相互に支え合いながら公共の生活を営む小規模共同体の再生を提案しているのである。

デニーンの提案は、決して過去への懐古ではない。リベラリズムがもたらした自由を否定するのでもない。その自由を支える基盤として、人と人とのつながりや共同体の役割をもう一度見直そうという試みである。真鶴町の小学校や、私が訪ねた団地の町おこしの現場で見た小さな共同体の営みは、その可能性を確かなものとして示しているように思われた。