13.4 モノイド圏での記述
前回の記事で、二項演算を表すための小さい圏の圏(category of small categories)を次のように表した。
この図において、\(f,g\)や\(M(f),M(g)\)などは小さい圏の圏の構成要素には含まれていないので、これを省略することにしよう。
顔がない間延びした図で、少し恐ろしさを感じるが、ここまで来ると、それぞれを構成していた具体的な要素が消失し、抽象化がかなり進んだと認識できるだろう。アセンブラ言語での記述から高級言語への記述へと変化した瞬間を感じ取ることができる。
それではこの図を用いて二項演算、即ち、モノイドを定義してみよう。
二項演算は、同じ対象から二つの値を得て、その間で演算を施し、やはり同一の対象に属す値を結果として返す。これは、圏論では双関手によって表すことができる。このクラスはHaskellでは次のように定義されている。
class Bifunctor p where bimap :: (a -> b) -> (c -> d) -> p a c -> p b d
上の定義で、二項演算子を\(\otimes\)と表すならば、\(p\)は\((\otimes)\)と書き直してもよい(二項演算子の中で最も汎用的な演算子はテンソル積であり、テンソル積は( \( \otimes \) )と表される。ここでは、最も汎用性のある演算子を表しているという意味で( \( \otimes \) )を用いた)。
そこで、\(bimap\)の対象を自己関手で置き換えと、次のように表すことができる。
\(bimap :: (F \rightarrow F') \rightarrow (G \rightarrow G') \rightarrow (G \circ F \rightarrow F' \circ G') \)
上の定義で、\((F \rightarrow F'),(G \rightarrow G'),(G \circ F \rightarrow F' \circ G') \)は自然変換で、\(\circ\)は関手の合成で、\(\otimes\)と見なせるものである。上の式を可換図式で表すと、以下のようになる。
ところで、モノイドの定義はHaskellでは次のようになっていた。
class Monoid m where mu :: m -> m -> m eta :: () -> m
これを、\(m\)と\( () \)を小さい圏の圏で用いた自己関手\(M\)と恒等な自己関手\(I\)とし、二項演算子\(\otimes\)を用いて、図で表すと下記のようになる。
これをまとめて一つの可換図式で示すと下記のようになる。
モノイド圏を説明するための準備が整ったが、ここでは、Haskellのプログラムで具体的な例を見て、モノイド圏を定義するための準備をしよう。
13.5 Haskellで記述する
はじめに、前回の記事で説明した小さい圏の圏をHaskellで用意しよう。
ここで作るプログラムは、乗算を演算子として持つモノイドである。
\(\mathcal{A}\)を\(n\)とし、\(M(\mathcal{A})\)を\(Product \ n\)とした時に、\(new type\)を用いて\(Product \ n\)を用意しよう。
newtype Product n = Product n deriving (Eq, Ord, Read, Show)
\(Product\)は\(n\)から\(Product \ n\)を導き出す関手である(小さい圏の圏を説明したときの\(M\)に相当)。そこで、これを\(Functor\)のインスタンスとして定義する。さらに\(Product (Product \ n)=Product \ n\)を満たすので、これを\(join\)という関数で定義しておこう。
instance Functor Product where fmap f (Product x) = Product (f x) join (Product (Product x)) = Product x
さて、次に小さい圏の圏を作る作業に移ろう。この圏では射を関手としていたので、これを表すようなデータ型を用意しよう。その名前を\(Pfunctor \ x \ y\)とする。ここで、\(Pfunctor\)は、\(x\)を入力、\(y\)を出力とする関数である。また、この関数からの出力を得られるように\(run Pfunctor\)を用意しておこう。
newtype Pfunctor x y = Pfunctor {runPfunctor :: x -> Product y}
また、小さい圏の圏のクラスは次のように定義する。ここでは、恒等射と合成の関数を定義することにする。
class Category cat where id :: cat a a (.) :: cat b c -> cat a b -> cat a c
\(Pfunctor\)を小さい圏の圏のインスタンスにしよう。
instance Category Pfunctor where id = Pfunctor (\x -> Product x) (Pfunctor f) . (Pfunctor g) = Pfunctor $ join Prelude.. fmap f Prelude.. g
それでは、\(Pfunctor\)をクラス\(Monoid\)のインスタンスとして定義しよう。
HaskellのPreludeでは、\(Monoid\)は\(mempty,mappend\)を用いて定義されているが、ここでは前々回の記事で紹介したように、,\(\mu\)を用いることにしよう。
class Monoid' m where mu :: m -> m -> m eta :: () -> m instance Monoid' (Pfunctor x x) where eta () = Pfunctor (\x -> Product x) mu f g = Pfunctor (\x -> runPfunctor (f Pfunctor.. g) x)
上のインスタンスの定義の中で、関手\(f,g\)は、\(f=g\)であり、\(f \circ f=f\) を満たさなければならない。
そこで、\(mu\)を直接使うのではなく、同一の関手を使うようにするため、次の\(mu'\)を用意する。
mu' f = mu f f
また、\(f \circ f=f\)であることを確認するために、\(f \circ f\)と\(f\)で同じ値が得られるかをチェックし、同じであれば出力し、違っていれば出力しないようにしよう。そのために次の関数\(getResult\)を用意する。
getResult f (x,y) | a == b = Just a | otherwise = Nothing where a = runPfunctor (mu' f) (x*y) b = runPfunctor f (x*y)
\(n\)で割った時の剰余と、絶対値を出力する関手\(modular,abosolute\)を次のように用意しよう。これは、\(f \circ f = f\)の条件を満たしている。
modular :: (Integral y) => y -> Pfunctor y y modular n = Pfunctor (\x -> Product (mod x n)) absolute :: Pfunctor Integer Integer absolute = Pfunctor (\x -> Product (abs x))
それではこれを用いて、二つの数\(x,y\)を入力し、\(F x \otimes F y\)を求めてみよう。
*Pfunctor> getResult (modular 5) (34, 67) Just (Product 3) *Pfunctor> getResult absolute (12, (-9)) Just (Product 108)
最初の実行例は、入力34,67の5の剰余を求め、その乗算を行うものだ。34の剰余は4であり、67の剰余は2である。従って、4と2の乗算結果は8であるが、これも5の剰余での乗算を行うので、結果は\(Product \ 3\)である。正しい答えであることが分かる。
13.6 モノイドを圏にする
それでは、これまで説明してきたモノイドを圏の形でまとめてみよう。この圏は自己関手を対象とし、自然変換を射としているので、次のように定義できる。
1) 対象:関手の集まり\(\{M,I\}\)
2) 射:自然変換\(\mu\)
3) ドメイン・コドメイン
4) 恒等射:自然変換
5) 合成:\(\circ\)
この圏が結合律、単位律を満たしていることを可換図式で確認してみよう。ここでは、\(M \circ M\)を\(M^2\)で表す。
ここまでの説明はモノイドの基本的な骨格を元に圏を定義したが、一般にモノイド圏はテンソル積を用いて次のように定義されている。
モノイド圏(\( \mathcal{C}, \otimes, I, α, λ, ρ \))とは、圏 \(\mathcal{C} \)が次の条件を備えているときである。
1) テンソル積と呼ばれる双関手\(\otimes : \mathcal{C} \times \mathcal{C} \rightarrow \mathcal{C} \)
2) モノイド単位(あるいは単位対象)\(I\)
3) 結合律:\(α_{A,B,C}: (A \otimes B) \otimes C \cong A \otimes (B \otimes C)\) (ただし、\(α\)は自然同型)
4) 右単位律:\(λ_A : I \otimes A \cong A \), 左単位律:\(ρ_A : A \otimes I \cong A \) (ただし、\(λ, ρ\)は自然同型)
そして、モノイド対象( \( M,μ,η\))とはモノイド圏(\( \mathcal{C}, \otimes, I, α, λ, ρ \))が与えられたときのその対象である。そしてそれぞれの対象は、\(\mathcal{C}\)の対象\(M\)および二つの射(\(μ : M \otimes M \rightarrow M, η: I \rightarrow M \))を有し、上記の可換図式を満たすものとする。
従って、ここで説明してきたものは、合成\(\circ\) をテンソル積\(\otimes\) で置き換えれば、モノイド対象となる。
13.7 モナドはモノイド?
この圏の定義も、結合律、単位律の可換図式もどこかで見たことはないだろうか。そう、\(M\)を\(T\)で置き換えれば、モナドを説明した記事と同じものだ。このことから次のことがいえる。
「モナドは、自己関手の小さい圏の圏で記述されたモノイドと同じ」と言える。
これは重要な定理である。
最後に用いたプログラムのリストをつけておこう。
instance Functor Product where fmap f (Product x) = Product (f x) join (Product (Product x)) = Product x newtype Pfunctor x y = Pfunctor {runPfunctor :: x -> Product y} class Category cat where id :: cat a a (.) :: cat b c -> cat a b -> cat a c instance Category Pfunctor where id = Pfunctor (\x -> Product x) (Pfunctor f) . (Pfunctor g) = Pfunctor $ join Prelude.. fmap f Prelude.. g otimes :: (Num n) => (Pfunctor a n, Pfunctor a n) -> (a, a) -> Product n otimes (Pfunctor f, Pfunctor g) (x, y) = Product c where Product a = runPfunctor (Pfunctor f) x Product b = runPfunctor (Pfunctor g) y c = a * b class Bifunctor p where bimap :: (a -> b) -> (c -> d) -> (p a c -> p b d) class Monoid m where mu :: m -> m -> m eta :: () -> m instance Pfunctor.Monoid (Pfunctor x x) where eta () = Pfunctor (\x -> Product x) mu f g = Pfunctor (\x -> runPfunctor (f Pfunctor.. g) x) mu' :: Pfunctor n n -> Pfunctor n n mu' f = mu f f getResult f (x,y) | a == b = Just a | otherwise = Nothing where a = runPfunctor (mu' f) (x*y) b = runPfunctor f (x*y) modular :: (Integral y) => y -> Pfunctor y y modular n = Pfunctor (\x -> Product (mod x n)) absolute :: Pfunctor Integer Integer absolute = Pfunctor (\x -> Product (abs x))