旅行・散策
初冬の訪問 初冬の寒空の日、私は旧吉田茂邸を訪れた。いまや彼の名を即座に思い浮かべる人は、決して多くはない。団塊の世代と呼ばれる私たちにとっても、小学校に上がるか上がらない頃に首相だった人であり、記憶はほとんどない。すでに歴史上の人物となり…
旅の締めくくりに訪れたのは、橿原考古学研究所附属博物館であった。ちょうど秋季特別展「きらびやかに送る ― 国宝・藤ノ木古墳出土品修理事業成果展 I」が開催されていた。藤ノ木古墳は奈良県斑鳩町に所在する6世紀後半築造の円墳で、直径は約48メートルに…
キトラ古墳の発見は、静かな明日香の地に突如として驚きを呼び起こした。1983年、石室から壁画が確認されたという報は、研究者たちの心を強く震わせた。すでに高松塚古墳の壁画発見から十年が経過しており、「第二の壁画古墳」として紹介されたキトラ古墳は…
飛鳥宮跡の見学を終え、昼食にはまだ少し早い時刻だったので、近くの丘陵へ足を向けた。そこに佇むのは、古来より「酒船石」と呼ばれる不思議な巨石である。表面には複雑な溝と窪みが刻まれ、まるで液体が流れる道筋を描くように設計されている。かつては濁…
飛鳥を歩くと、そこかしこに古代国家の痕跡が息づいている。なかでも今回訪ねた飛鳥宮跡は、日本古代国家の原点として知られる場所である。その舞台であった飛鳥宮は人々の心に今も残る「ふるさと」であり、古来、数多くの歌に詠まれてきた。奈良県立万葉文…
ここで紹介するのは、石舞台古墳である。地表にむき出しとなった巨大な石組みは、見る者に圧倒的な存在感を与え、古来、さまざまな物語や伝承を生み出してきた。まずは、その中でもよく知られるものをいくつか拾ってみたい。地域に残る伝承 この古墳には、地…
この日は、今年のなかでも指折りの好天に恵まれた。空には雲ひとつなく、初冬の冷たさを和らげるようにやわらかな陽光が体を包み込む。奈良盆地東南の端、古代国家成立の舞台となった飛鳥が、今日の目的地である。旅の起点は飛鳥駅。電車が到着するたび、バ…
雲一つない晴れ空の下、古代に生きた人々へ思いをはせながら、古墳巡りを続けた。ここで、前回触れたオオヤマト古墳群について改めて整理しておきたい。この古墳群は奈良盆地東南部に広がり、古墳時代前期を代表する遺跡群である。築造時期は3世紀末から4世…
奈良盆地の東南部には、ゆるやかに盛り上がる丘状の地形が点在している。しかし、その多くは自然の造形ではなく、古代社会における権力の証として築かれた古墳である。弥生時代末期、唐古・鍵遺跡に営まれたムラが衰退すると、より複雑な階層構造を備えた「…
11月末の穏やかな晴天に恵まれた週末、奈良盆地南部を訪れた。弥生時代から飛鳥時代にかけての遺跡を巡る旅である。半世紀以上前、就職したばかりの頃にも旅をした記憶がある。しかし当時は歴史の知識も乏しく、ただ「見るだけ」で通り過ぎてしまった。退職…
長く居座った夏、そして、急ぎ足で訪れた冬。今年の異常気象に、四季の豊かさに恵まれた日本はいったいどこへ行ってしまったのか――そんな疑問が胸をよぎる。その影響か、熊が、ためらいもなく人間の生活圏にまで姿を現すようになった。そんな不穏な気配が広…
東京の治水対策の実際を知ろうと思い、新宿から地下鉄丸ノ内線で中野坂上まで行き、支線に乗り換えて終点・方南町近くにある調整池を訪ねた。都市部では地表がコンクリートに覆われているため、大雨の際には水の逃げ場がなくなってしまう。そのため、空き地…
昨日、用事のついでに、横浜市港北区新羽町にある西方寺を訪れた。曼珠沙華(彼岸花)の名所として知られるこの寺も、すでに花の盛りを過ぎているのではないかと案じつつ、静かな境内へと足を運んだ。現地での印象をもとに、私は生成AIにいくつかの情報を与…
大阪万博を見学した翌日、今度は大阪城を訪れてみようということになった。地下鉄の谷町四丁目駅で降りて目的地に向かうと、途中に、古代の建物を思わせるが、規模が大きく目を引いた建築物が現れた。近寄ってみると、古墳時代の5世紀頃に存在したと考えられ…
今回の大阪・関西万博(EXPO 2025)は、大阪湾に浮かぶ人工島・夢洲(ゆめしま)で開催されている。開幕前には入場券の売れ行きが芳しくなく、「無駄な行事ではないか」との厳しい声も相次ぎ、先行きが危ぶまれていた。実際、開幕直後は来場者数が伸び悩み、…
今年の大河ドラマでは、吉原を舞台に物語が展開されている。江戸の片隅にありながら、まるで都市の外縁に浮かぶ異界のようなその空間は、華やかさと悲哀が同居する特異な場所だ。画面越しに映る吉原は、贅を尽くした装飾と艶やかな衣装に彩られ、夢のように…
植物の多様性について学んだあと、帰宅するのにはまだ早すぎたので、ついでと言ってはなんだか、植物園を見学した。園内では、菖翁生誕250年企画「薫風に香る江戸の華~はなしょうぶ」が開催されていた。江戸時代中期、旗本の松平定朝(さだとも)がハナショ…
東京も梅雨に入ったと伝えられた日に、調布市にある神代植物公園を訪れた。とはいっても、ここのメインであるバラ園ではなく、伊豆諸島の草木を調べるためであった。島は誕生した場所によって、大陸島か海洋島に区分される。大陸棚の上にある島を大陸島とい…
かつては学芸員として活躍され、今も歴史遺産を精力的に紹介し、その情熱からは老いを感じさせない方に案内されて、久しぶりに鎌倉の円覚寺を訪れた。この寺院は鎌倉時代後期の弘安5年(1282)、第8代執権・北条時宗によって創建された臨済宗の寺院で、鎌倉五…
後半の旅行先は小豆島。この島は瀬戸内海にある島々の一つで、淡路島に次ぐ大きさである。香川県に属し、人口は2.6万人弱と多くない。昭和30年代には5万人ぐらいだったので、半分程度になっている。主要な産業は、オリーブ栽培、醤油醸造、手延べソーメン、…
今年の3月は気候の変化が激しく、寒かったり暑かったり晴れだったり雨だったりと、旅行は運まかせである。何が幸いしたのか今回はとてもついていて日和に恵まれた。目的は前後で分かれていて、前半は広島の友達を訪ねること、後半は大学時代の友人たちと小豆…
いよいよ旅行の最終日になった。この日は、大規模な古墳群を見るために、熊本から人吉盆地を抜けて宮崎への大移動である。 そして、天気の方も荒い歓迎をしてあげようと思ったのだろうか、熊本の山間部では雪が予想されていた。案の定、八代から人吉へと山中…
この日に見る古墳は、日本全国にたくさんある古墳の中でも変わりものであろう。石室の中に装飾が施されている。このような装飾古墳は、熊本県におよそ200基あり、全国には約700基である。熊本から全国へ広がったとみられている。装飾という様式を伝える独自…
神社と同じぐらいたくさんの古墳が存在すると言われているので、その全てを見ようなどというとんでもない夢を抱くことは決してない。しかし、口の端に上ったものは見ておこうと古墳好きの人なら考えるだろう。今回、そのような人を対象にしていると思われる…
神奈川県庁の近くで用事があったので、少し早めに出て、横浜港・大さん橋を訪ねた。JR線の桜木町駅で降りて、横浜の官庁街ともいえる本町通りを県庁の方に向かった。桜木町を出てすぐに大岡川に行きつくが、川越しに見る「みなとみらい」の高層ビルはとても…
東京都にも国宝の建造物はあるが、二つだけと少ない。そのうちの一つは明治時代に建てられた迎賓館赤坂離宮である。国宝に指定されている(国内の)建造物はすべて江戸時代かそれ以前なので、赤坂離宮は例外的といえる。従って、残りの一つは、木造建造物では…
世界の情勢は不安定さを増しているが、皆が願っているような穏やかな初冬の日に、鎌倉・材木座の光明寺を訪れた。国の重要文化財である本殿(大殿)は、浄土宗が開宗されてから850年の記念事業として保存修理中であり、工事の様子が見られるということで出…
今回の旅行の最後の宿泊地は秋保温泉である。奥州三名湯の1つとして数えられ、大和物語や拾遺集に名取の御湯と歌われた温泉である。その起源は1500年ほど前までさかのぼり、時の帝の欽明天皇が疱瘡(天然痘)に罹ったとき、治癒を祈祷したところ、奥羽秋保の温…
多賀城跡を訪ねた後、国府多賀城駅の反対側にある博物館に寄った。遺跡に隣接しているので、その関連の遺物を紹介しているのだろうと予想したが、そうではなく、東北地方の歴史を全般的に網羅していた。写真を中心にして、紹介していこう。東北歴史博物館の…
多賀城が創建されてから今年は1300年の節目である。これを記念して、外郭南門が復元され、いくつかの催しも予定されている。ここを有名にしているのは多賀城碑だろう。これは江戸時代初めに発見され、「壺碑(つぼのいしぶみ)」*1と呼ばれた。「奥の細道」で…