学生の頃、英語の学習で一番苦労したのは、構文の解析でつまずくことであった。英文法の知識をすべて頭に詰め込んでいるわけではないので、複雑な英文に出会うと、文章の構造を解析し、文法書と照らし合わせながら読み進めることになる。しかし、そこで得られた解釈が本当に正しいのか、確信を持てないまま先に進まなければならないことも多かった。
今回、『The Ride of Her Life』を読んでいても、時々、構造の複雑な英文に出くわした。そのたびに、意味を正確に理解するために構文を解析したが、生成AIを利用できるおかげで、ずいぶん助けられた。
以下に挙げるのは、本を読み進める中で、構文が分かりにくく、解釈に苦労したフレーズのいくつかである。倒置、後置による表現、前置きの名詞句など、英文を読む際に戸惑った例を、参考のために紹介しておきたい。
1.倒置
英語では、否定語句や強調したい語句を文頭に置くことで、通常とは異なる語順になることがある。また、疑問文や反語的な表現では、語順そのものが意味や感情を伝える働きをする。
1)And isn’t that what hope is?
これは、Andを省き、通常の語順に戻して考えると、次のような単純なSVC(主語―動詞―補語)の構文になる。
That is what hope is.
(それこそが希望というものだ。)
ただし、これをそのまま述べると少し説明的で味気ない。そこで、否定疑問文の形にして、反語的な問いかけ(修辞疑問)として表現することで、感情や余韻を持たせている。
Isn’t that what hope is?
(それこそが希望というものではないだろうか?)
ここでは、Isn’t ...? が相手に答えを求める純粋な疑問ではなく、「そうではないだろうか」と同意を促す表現になっている。
2)For out in the world we find Success begins with a fellow’s will— And it’s all in the state of mind.
これは、ウォルター・D・ウィンタル(Walter D. Wintle)の詩 『Thinking』 の一節からの引用である。詩なので改行によって語句が分断されており、通常の文章とは異なる語順になっているため、構造が分かりにくい。
まず、文頭の For は接続詞で、直前の内容を受けて「なぜなら~だからだ」「というのも~だからだ」という理由を付け加えている。
通常の語順に戻して考えると、次のようになる。
For we find out in the world [that] success begins with a fellow’s will—and it’s all in the state of mind.
(というのも、世の中に出てみれば分かることだが、成功はその人自身の意志から始まり、すべては心の持ちようなのだから。)
ポイントは、out in the world が「世の中に出て」「実社会に出て」という意味で、we find に先行して強調されていることである。また、find の目的語となるthat節の that は省略されていると考えられる。
したがって、詩の改行を取り除いて構造を示すと、
For / out in the world / we find [that] / success begins with a fellow’s will— / and it’s all in the state of mind.
となる。
それぞれの部分を訳せば、
For out in the world we find
(というのも、世の中に出てみれば分かることだが、)
Success begins with a fellow’s will—
(成功は、その人自身の意志から始まり、)
And it’s all in the state of mind.
(すべては心の持ちようなのだ。)
となる。
ここでの a fellow’s will は、「その人自身の意志・意欲・決意」ほどの意味であり、state of mind は「心の状態」よりも、文脈上は「心構え」「心の持ちよう」と訳すのが自然である。
3)Who did she think she was to imagine that she could grasp hold of the family end of a pipe dream and make it real?
(彼女は、自分がいったい何様だと思っていたのか。家族の夢の端をつかんで、それを現実にできると想像するなんて。)
この文は構造が入り組んでいて、一読しただけでは理解しにくい文章の一つである。
構造を理解するには、まず、
Who was she?
(彼女はいったい何者なのか。)
という単純な疑問文を考えると分かりやすい。
そこに did she think が入り、
Who did she think she was?
となる。
つまり、
Who did she think she was?
(彼女は自分をいったい何様だと思っていたのか。)
という構造である。
ここでは who が was の補語になっている。
さらに、その後ろに
to imagine that she could grasp hold of the family end of a pipe dream and make it real
が続いている。
to imagine ... は、「~と想像するなんて」「~などと考えるとは」という意味で、Who did she think she was? という非難・あきれの気持ちを補足する不定詞句と考えると分かりやすい。
したがって、
Who did she think she was to imagine that ...?
は、
「~などと考えるなんて、彼女は自分をいったい何様だと思っていたのか?」
という意味になる。
なお、grasp hold of は「~をつかむ」という意味で、ここでは文字どおりの「端をつかむ」というより、「夢をつかみ取り、それを現実のものにする」という比喩的な表現になっている。
また、pipe dream は「実現しそうにない夢」「夢物語」という意味である。
したがって、この一文を自然な日本語にすると、
「家族の夢物語の一端をつかみ、それを現実のものにできるなどと考えるなんて、彼女は自分をいったい何様だと思っていたのか。」
くらいになる。
4)Not since she’d ridden along the truckers’ route in New Jersey had she encountered so much traffic.
(ニュージャージーでトラック運転手たちの走るルートを走ったとき以来、これほどの交通量に遭遇したことはなかった。)
これは、否定を表す語句が文頭に置かれたため、主語と助動詞が倒置されている文である。
文頭に Not since ...(~以来、一度も…ない)という否定の副詞句が置かれているため、後続の節では通常の
she had encountered
ではなく、
had she encountered
という、疑問文と同じ語順になっている。
倒置を解除して通常の語順にすると、
She had not encountered so much traffic since she’d ridden along the truckers’ route in New Jersey.
となる。
したがって構造は、
Not since ~ / had she encountered ~.
(~以来、彼女は一度も~に遭遇したことがなかった。)
である。
この倒置によって 「これほどの交通量には、それ以来まったく出会っていなかった」という否定が強く意識され、通常の語順よりも文章に強い印象を与えている。
2.後置による表現
英語では、名詞や文の中心となる語句を先に示し、その後ろに説明を付け加える「後置」の表現がよく使われる。日本語では修飾語を前に置くことが多いため、長い英文では構造がつかみにくくなることがある。まず中心となる語句を見つけ、後ろから加えられた説明を順に読み取ると理解しやすい。
1)With the weather this fine, she didn't want to be cooped up in a car.
これは With+名詞+補語 の形で、「~が…の状態で」「~なので」という付帯状況・理由を表す構文である。
ここでは、
the weather:名詞(状態の主体)
this fine:補語(天気がどのような状態かを示す)
という関係になっている。
ここでの this は「これ」という指示代名詞ではなく、形容詞 fine を修飾する副詞(「こんなに/これほど」)である。
the weather this fine の this fine は、weather を後ろから修飾する形容詞句のようにも見えるが、正確には、the weather を意味上の主語とする補語である。
つまり、the weather is this fine(天気がこれほど良い)というSVCの関係が、with を伴って the weather this fine という形になっている。
2)The Christian theologian Richard R. Niebuhr wrote, “Pilgrims are persons in motion—passing through territories not their own—seeking something we might call completion, or perhaps the word ‘clarity’ will do as well, a goal to which only the spirit’s compass points the way.”
(キリスト教神学者リチャード・R・ニーバーはこう書いている。「巡礼者とは、動き続ける存在である──自分たちのものではない領域を通り抜けながら、完成と呼んでもよい何か、あるいは『明晰さ』という言葉でもよいだろう、そんなものを求めている。そこは、霊の羅針盤だけが道を指し示す目的地なのである。」)
長く複雑な文だが、ここでは、名詞の後ろに修飾語句を置く後置修飾と、前に出てきた内容を別の名詞で言い換える同格が組み合わされている。
① 後置修飾(territories not their own)
territories not their own
では、not their own が直前の territories を後ろから修飾している。
territories [that are] not their own
(自分たちのものではない領域)
と考えることができる。
つまり、
passing through territories not their own
は、
「自分たちのものではない領域を通り抜けながら」
という意味になる。
ここで their own は「彼ら自身のもの」という意味で、territories を受けている。
② seeking something ~ の構造
次の部分も少し注意が必要である。
seeking something we might call completion,
or perhaps the word ‘clarity’ will do as well,
a goal to which only the spirit’s compass points the way
まず中心になるのは、
seeking something
(ある何かを求めながら)
である。
その something を、
we might call completion
(私たちなら「completion(完成)」と呼ぶかもしれない)
と具体化している。
つまり、
something we might call completion
は、
「私たちが『完成』と呼んでもよいような何か」
という意味である。
さらに、
or perhaps the word ‘clarity’ will do as well
と続き、
「あるいは、『明晰さ』という言葉でもよいだろう」
と、completion に代わる別の呼び方を示している。
ここで will do は「役に立つ」という通常の意味ではなく、「それでよい」「その言葉で間に合う」という意味である。
③ 文末の a goal ~ は何を説明しているのか
そして最後に、
a goal to which only the spirit’s compass points the way
が置かれている。
これは、それまで述べてきた something(completion / clarity と呼ばれるもの)を、さらに a goal という名詞で言い換え、具体的に説明している部分と考えられる。
つまり、
something ... , a goal ...
という関係である。
「すなわち(namely)」を補って、
something ... , namely, a goal ...
と考えると構造が分かりやすい。
ここで to which は a goal を先行詞とする関係代名詞で、
a goal to which only the spirit's compass points the way
は、
「霊の羅針盤だけが道を指し示す目的地」
という意味になる。
直訳に近くすれば、
「霊の羅針盤だけがそこへ至る道を指し示すような目的地」
となる。
④ 文全体の骨格
この文は、まず、
Pilgrims are persons in motion.
(巡礼者とは、動き続ける人々である。)
という非常に単純な文が基本になっている。
そこに、
passing through territories not their own
(自分たちのものではない領域を通り抜けながら)
と、
seeking something ...
(ある何かを求めながら)
という二つの現在分詞句が加わっている。
さらに seeking の目的語である something の内容を、
we might call completion
or perhaps the word ‘clarity’ will do as well
と説明し、最後に、
a goal to which only the spirit’s compass points the way
と something を a goal と言い換えて、その性質を説明している。
構造を簡略化すると、
Pilgrims are persons in motion
├─ passing through territories not their own
└─ seeking something
├─ we might call completion
├─ or perhaps the word ‘clarity’ will do as well
└─ a goal to which only the spirit’s compass points the way
となる。
3.前置きの名詞句
英語では、文の冒頭に名詞や名詞を中心とする語句を置き、それを後に続く文全体に対する視点・時間・状況などの枠組みとして使うことがある。日本語では「~について言えば」「~になれば」「~の立場から見ると」などと表現するところを、英語では比較的簡潔な形で文頭に置くことができる。
1)The way Annie figured it, he was hoping some movie producer in the crowd spot him and want to cast him as a Wonder Horse.
(アニーの見立てでは、彼は観客の中の映画プロデューサーに見つけてもらい、ワンダーホースとしてキャスティングしてもらえることを期待していた。)
文頭の The way Annie figured it は、直訳すれば「アニーがそう考えた仕方では」となるが、ここでは「アニーの見方では」「アニーの考えでは」「アニーの見立てでは」という意味で、文全体の内容に対する視点を示している。
The way Annie figured it, ...
(アニーの見立てでは……)
これは、As Annie figured it, ...(アニーが考えたところでは……)などと言い換えることもできる。
このように、文頭に The way+主語+動詞 という形を置き、後に続く文を「誰の見方から述べているのか」という枠組みの中に置く表現は、特に口語や小説の文章でよく見られる。ここでは、「これはアニーから見ればこういうことなのだ」という視点を、文の冒頭でさりげなく示している。
なお、hoping の後ろの
some movie producer in the crowd spot him and want to cast him ...
は、通常の文法からすると spots / wants となるはずなので、ここは注意が必要である。
これは、
he was hoping [that] some movie producer in the crowd would spot him and want to cast him...
という形をもとに、that と would が省略された、かなり口語的な表現と考えると分かりやすい。
つまり、
some movie producer ... spot him
(誰か映画プロデューサーが彼を見つけてくれて)
want to cast him ...
(彼を~役に起用したいと思ってくれる)
という、彼が実現を期待している内容を表している。
したがって、ここを「仮定法現在」と説明するよりも、hope の後に続く内容を表す節で、would が省略されている口語的な表現と説明するほうが正確である。
2)She could stay as long as she liked, and maybe she’d like it so much, come spring she’d decide she’d traveled far enough.
(彼女は好きなだけそこにいられるし、もしかしたらそこがとても気に入って、春になれば「もう十分遠くまで来た」と決心するかもしれない。)
ここで注目したいのが、文の途中に置かれた come spring である。
come spring, she’d decide ...
(春になれば、彼女は……と決心するかもしれない。)
come spring は、「春になれば」「春が来るころには」という意味の、時間を表す慣用的な表現である。
一見すると come+spring という単純な語の組み合わせに見えるが、ここでは come を「来る」という通常の動詞として逐語的に訳すより、「~の時期になれば」「~が来るころには」という一つの副詞的な表現として捉えると分かりやすい。
come spring
(春になれば/春が来るころには)
come winter
(冬になれば)
come next Tuesday
(次の火曜日になれば)
などの形で使われる。
この表現は、when spring comes(春が来たら)とほぼ同じ意味だが、come spring のほうが簡潔で、また小説などでは「季節が巡ってくれば……」という時間の経過を印象づける効果がある。
この文では、
maybe she’d like it so much, / come spring / she’d decide ...
と、come spring を文の途中に挿入することで、「そして春になったころには……」という時間の経過を読者に意識させている。
こうして見てくると、英語の文章は、単語の意味が分かっていても、それだけでは正確に読み取れないことが改めて分かる。倒置や後置、文頭に置かれた表現など、語句が通常とは異なる位置に置かれることで、文の構造が見えにくくなるからである。学生の頃なら、文法書を何度も読み返しながら手探りで解析していたところだが、今は生成AIに構文を示してもらい、自分の解釈と照らし合わせることができる。もちろん、AIの説明をそのまま鵜呑みにするのではなく、自分でも文の構造を考え、納得できるかを確かめることが大切だと思う。今回の読書では、生成AIは単に英文を翻訳する道具というより、英文の構造を読み解くための頼もしい助けになってくれた。