bitterharvest’s diary

A Bitter Harvestは小説の題名。作者は豪州のPeter Yeldham。苦闘の末に勝ちえた偏見からの解放は命との引換になったという悲しい物語

身近な存在としての量子力学(1):MRI(磁気共鳴画像診断装置)

1.量子力学を学び始める

今年になってから、量子力学関係の本を多読した。いろいろなことが分かって、量子力学の中に潜んでいる数学の部分をHaskellで表現することに興味を抱いた。少し、長い連載の記事になると思うが、紹介してみたいと思う。といっても、いきなりHaskellのプログラムを示すわけにもいかないので、様々な話題を取り上げて、まずは、量子力学に馴染むことにしたい。

量子力学の本を読むきっかけとなったのは、ジム・アル=カリーリとジョンジョー・マクファレンが書いた『量子力学で生命の謎を解く』である。この本の中に、ヨーロッパコマドリ量子力学を利用して北欧から南に渡っていく話が出てくる。
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職場の同僚達とワインを楽しんでいるときにこの話を紹介したところ、量子力学に詳しい友人が、この力学はとても微小な領域で働くので分子レベルのような大きなところで働くことは信じにくいと反応した。反論できるほど確かな知識を有していなかったので、それではと、もう少し詳しく調べ理論武装をしてからもう一度この話題を持ち出してみようと思い、理解を深めてくれそうな本をたくさん読むはめになった。

同じように、この記事を読んだことをきっかけに、量子力学の本を読む方も現れることと思う。そのような人にとっての朗報は、インターネットのおかげで、本を読む前に、その概要をつかむことができる場合が多いことだろう。特にTEDを利用すると、日常生活では聞くことができない貴重な講演があったり、著者と知り合いになったような気がして、読書を一層楽しむことができる。『量子力学で生命の謎を解く』の場合も例外ではない。この本を読む前に、ジム・アル=カリーリがで量子生物学を分かりやすく講演しているので、こちらを聴くのがよいと思う。親切なことに日本語の字幕も付いている。

2.MRI(磁気共鳴画像診断装置)

量子力学で生命の謎を解く』を読んでいくうちに、量子力学が身近な存在に感じられるようになっていくことと思うが、多くの人は量子力学は遠い存在だと感じていると思う。私もその例外ではなかったのだが、それでも、量子力学を応用した装置を大変にありがたく思うときが必ず訪れるだろうとは思っている。歳を取った先輩たちにとっては、既に身近な存在になっていることだろう。

腫瘍や脳梗塞あるいは動脈瘤などの病気が疑われるとき、MRI検査やCT検査が行われる。私はまだ幸いなことにこの検査を受けたことはないが、この検査に使われる装置は現代科学の粋を凝縮したものだ。このうちCT装置はX線を利用している。MRI装置は磁気だが、量子力学の原理を活用している。

人間の体はほとんどが水分である。水分の主要な構成要素は水素と呼ばれる原子である。従って、水素が分布している様子を撮影できれば、人体内部の画像を得ることができる。原子は、原子核とその周囲を回る電子で構成されている(水素の原子では、電子の数は1である)。電気を帯びている粒子(荷電粒子)が自転するとその運動量に比例した磁場を持ち、磁石として振る舞う。電子だけでなく、原子核も自転しているので、原子核も磁石として振る舞う。MRI装置は水素原子核の磁石としての性質を利用して体内の画像を得る。

MRI装置の原理は、上記の説明のように、古典力学を用いて説明していることが多い。しかし、古典力学では説明できないことが多いので、無理をして説明することになる。このため、分かりやすくしたつもりなのだろうが、返って分かりにくくなっている。

ここは、量子力学を用いて説明した方が分かりやすい。原子核の磁石は原子核自身のスピン(この言葉は概念的である。実際のところ、古典力学では原子核は自転しているといっているが、実際のところ自転しているかどうかはわからない)によって得られると考える。外部から強力な磁場を与えると、原子核のスピンが生じると考える。子供の頃に、紙の上に砂鉄をまき、そこに磁石を置くと、砂鉄が磁石の周りで規則的に整列したことを覚えていると思うが、これに似た現象が発生する。

スピンの方向には、上向きと下向きがある。量子力学では、原子核はどちらか一方だけのスピンを取るのではなく、変な話だが、両方を一緒に取っていると考える(余談だが、一神教の人より多神教の人の方が理解が早いかもしれない。心の中に好きという神様と嫌いという神様がいて、ある時は好きの神様が表れて、別の時は嫌いの神様が表れるとでも想像してください)。但し、そこには確率的な優劣があると考える。外部から磁場を与えた状態では、上向きスピンの方がとても優位で、外部から観察すると上向きのスピンしか現れない。両方のスピンは、エネルギーを有しているが、上向きスピンの方が弱く、下向きスピンの方が強いエネルギーを有する。エネルギーが低い方に流れるので、上向きのスピンの方がそれぞれの原子核の中で優位となり、外部から磁場をかけた状態では、上向きスピンの方がずっと優位である。

量子力学では、エネルギーは振動数によって決まると考えている。上向きスピンと下向きスピンとの間にはエネルギーの差がある。この差に応じた振動数を外部から与えると、それを吸収して下向きスピンの優位性が高まる(いわゆる共振が発生する)。外部から観察すると下向きのスピンの割合が増えたように思える。

MRI装置では、外部から強力な磁場を与えた後、水素原子に強力なパルス(これの振動数は二つのスピンのエネルギー差による振動数と同じ)を照射して、エネルギーを吸収させ下向きスピンの優位性を高める。その後、パルスの照射を止めると、エネルギーが放出され元に戻る。このエネルギーの放出を利用して、体内の画像を作成する(このメカニズムはかなり複雑である)。これが、量子力学を用いての説明の概略である。なお、原子核は、上向きと下向きに同時にスピンしているという現象が起こるが、これを量子重ね合わせ状態という。

追伸:MRIの原理について古典力学量子力学の両面からの資料がインターネットで公開されているので参考にするとよい。