bitterharvest’s diary

A Bitter Harvestは小説の題名。作者は豪州のPeter Yeldham。苦闘の末に勝ちえた偏見からの解放は命との引換になったという悲しい物語

身近な存在としての量子力学(5):光合成(続き)



5.2 明反応(光合成

これまで、化学反応を中心に光合成を説明してきた。それでは、食物の葉の中では、細胞や分子のレベルでどのようなことが起きているのであろうか。

これを説明するには、アニメーションが最も手っ取り早い。最近は、インターネットを利用して良質な教材が提供されているので、これを閲覧するのがよいだろう。光合成については、日本語ではまだあまり良い動画がない。英語での教材に頼ることになる。

"Photosynthesis"で動画を検索すると、いくつか良質な資料を見つけることができる。個人的に調べた範囲内では、光合成についての全般的な説明は、TEDが提供しているPhotosynthesis: Light reaction, Calvin cycle, Electron Transport やPaul AndersenのPhotosynthesisが分かりやすかった。また、明反応に限ると、ノースダコダ州立大学のPhotosynthesis (Light Reaction)のアニメーションがよくできていた。これらを参考に理解されるとよいと思うが、ここでは、紙芝居のようにして、光合成の明反応について説明する。

緑色の葉を電子顕微鏡で拡大すると、緑色をした葉緑体(Chloroplast)を見ることができる。下記の写真ウィキペディアからの複製である。一つの細胞の中に数十の葉緑体が含まれていることが分かる。一つの葉緑体の大きさは、直径が\(5-10\mu m\)、厚さが\(2-3\mu m\)の凸レンズの形をしている。
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一つの葉緑体の構造を模式的に示したのが下図である。葉緑体は外膜(Outer Membrane)と内幕(Inner Membrane)の二重の膜で囲まれている(二つの膜の間は膜間部Intermenbrane Spaceという)。葉緑体の内部には、ストラマ(Stroma)とチラコイド(Thylakoid)がある(Thylakoidは英語ではチラコイドとは発音しないので上記で記述した動画を見る人は注意が必要である。チラコイドはドイツ語での発音である)。チラコイドの内部にはチラコイドが積み重なっているものをグラナと呼ぶ。また、グラナをつないでいる部分をチラコイドラメラ(Thylakoid Lamella)という。
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明反応はこのチラコイドで行われる(暗反応はストラマで行われる)。チラコイドは、外部との境界をなすチラコイド膜とチラコイドルーメン(Thylakoid Lumen)から成り立っている。チラコイド膜には、明反応を行うためのいろいろなたんぱく質が備わっている。下図はこれらを示したものである。光化学系II(\(\ce{PS II}\))と光化学系I(\(\ce{PS I}\))が明反応を行う二つの工場である(ついている番号はなぜか工程の順序とは逆である)。\(\ce{PS II}\)では、水を燃やして水素(陽子と電子の形で)を取りだし、酸素を廃棄する。\(\ce{PS I}\)では、陽子(以下では水素イオンとする)と電子の運び屋である\(\ce{NADP^+}\)にこれらをくっつけて暗反応での重要な構成要素である\(\ce{NADPH}\)を作り出す。このほかにもこの工場の働きを補完するタンパク質があるがこれらについては、それぞれを説明するときに述べる。出発点は以下の図である。水の分子(\(\ce{H2O}\))を一つ受け取ったとしよう。なお、ストラマとルーメンの間では、水素イオン(\(\ce{H^+}\))の濃度が違っており、ルーメンの方が高いことに注意しよう。
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それでは、1分子の水\(\ce{H2O}\)から\(\ce{NADPH}\)と\(\ce{ATP}\)が生成される様子を観察しよう。

最初の主役である\(\ce{PS II}\)では、太陽から光のエネルギーを受け、水\(\ce{H2O}\)を分解し、そこで得られた水素\(\ce{H2}\)は水素イオン\(\ce{2H^+}\)と電子\(\ce{2e^-}\)にさらに分ける。水素イオン\(\ce{2H^+}\)はルーメンの部分に蓄積される(ルーメンの水素イオン濃度を高めるように働く)。また、分解の時に同時に酸素\(\ce{1/2O2}\)が生産されるがこれは、いずれ葉の外に排出される。
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ここではの主役は、プレストキノンである。これは、電子伝達体として働く。その名の通り、電子をさらに運ぶとともに、水素イオンをストラマから吸い上げる(これは後でルーメンに移され、ルーメンの水素濃度を高めるように働く)。\(\ce{PS II}\)で生成された電子\(\ce{e^-}\)は、プラストキノン\(\ce{PQ}\)を還元する。そして、このとき、ストラマにある水素イオン\(\ce{2H^+}\)を引き込んで、プラストキノール\(\ce{PQH2}\)となる。
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次の主役はシトクロム\(\ce{b6f}\)複合体である。これは、電子伝達反応を担う。シトクロムは、プラストキノールから電子\(\ce{2e^-}\)と水素イオン\(\ce{2H^+}\)を受け取る。プロストキノールは酸化してプラストキノンに戻る。シトクロム\(\ce{b6f}\)複合体はさらに水素イオン\(\ce{2H^+}\)をストラマからくみ取る。合算して、4つの水素イオン\(\ce{4H^+}\)を吸い上げている。
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次の主役はプラストシアニンである。これは電子伝達体として働く。プラストシアニンはシトクロム\(\ce{b6f}\)複合体から電子\(\ce{2e^-}\)を受け取る。これと同時に、シトクロム\(\ce{b6f}\)複合体は水素イオン\(\ce{4H^+}\)をルーメンに移す。これによりルーメンの水素イオン濃度はさらに高める。
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次の主役である光化学系I(\(\ce{PS I}\))では、太陽光のエネルギーを受けて電子\(\ce{2e^-}\)を放出する(酸化する)。電子\(\ce{2e^-}\)が抜けた穴には、プラストシアニンから代わりの電子が送られその穴がふさがれる(還元される)。
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光化学系I(\(\ce{PS I}\))からの電子\(\ce{2e^-}\)は、フェレドキシン\(\ce{Fd}\)に渡される。
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フェレドキシン\(\ce{Fd}\)の電子\(\ce{2e^-}\)は、フェレドキシン-\(\ce{NADP+}\)酸化還元酵素と呼ばれる\(\ce{FAD}\)に渡される。この酵素の力を借りて、\(\ce{NADP+}\)から\(\ce{NADPH}\)が生成される。
\(\ce{NADP + 2e^- + 2H^+ -> NADPH + H^+}\)
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暗反応でのエネルギーを与える\(\ce{ATP}\)は、ルーメンとストラマの水素イオンの濃度差を利用して、\(\ce{ADP}\)より生成される。
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このとき、ルーメンからストラマに水素イオンが流れ出す。
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\(\ce{NADPH}\)と\(\ce{ATP}\)を利用して、単糖\(\ce{C6H12O6}\)が作られる。実際には、1/12の単糖だが、これが、1/2分子の水\(\ce{1/2H2O}\)と二酸化炭素\(\ce{1/2CO2}\)から作られたこととなる(最初の図で水は1分子になっていたが、1/2分子の水が生成されているので、差し引き、1/2分子の水を利用している。これらの分子が気持ち悪ければ、それぞれを12倍して考えると把握しやすくなる。正確には次のようになる。\(\ce{12H2O + 6CO2 -> C6H12O6 + 6O2 + 6H2O}\)。但し、酸素\(\ce{O2}\)は二酸化炭素\(\ce{CO2}\)から作られたのではなく、水\(\ce{H2O}\)から作られたことに注意)。ここでできた単糖を利用して多糖が作られる。
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再び、最初の姿に戻そう。
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追:酸化と還元
分子や原子から電子を奪うことを酸化という。光化学系Iでは、水\(\ce{H2O}\)から水素イオン\(\ce{H+}\)を生成した。この時、水素\(\ce{H}\)から電子が奪われている。従って、酸化によって水素イオン\(\ce{H+}\)を生成したという。還元はこの逆である。