bitterharvest’s diary

A Bitter Harvestは小説の題名。作者は豪州のPeter Yeldham。苦闘の末に勝ちえた偏見からの解放は命との引換になったという悲しい物語

白内障の手術によって、若い時の目を取り戻しました

子どもの頃からずっと目が良かったので、まさか白内障の手術を受けるようになるとは、つい2年前まで夢にも思わなかった。視力が落ちていることを思い知らされたのは、自動車運転免許の更新時の視力検査であった。若い時のように全てがきれいに見えることはないだろうが、1.2程度で難なく合格だろうと高を括って視力検査に望んだところ、驚いたことに右目があまりよく見えない。視力検査をしてくれた女性の方から、今回は合格ですが、一度、眼科で調べてもらった方が良いですよとアドバイスを受けた。

早速近くの眼科医に調べてもらったところ、核白内障ですと言われた。ただ本を読むことに苦労していないようなので、当分手術はしなくてもよいだろうとも言われた。そのとき、奥の方に赤い塊のようなものがあるので、専門医に見てもらったらとアドバイスされた。紹介された方は大学の先生で、この病院にも定期的に診療に来ていたので、予約をお願いした。赤い塊は網膜細動脈瘤で、視野とは関係のないところなので、様子をみましょうということになった。ただこの先生からは、核白内障は進行が速いので早いうちに手術をした方が良いと言われた。お医者さんから異なる見解を聞かされると、患者としてはとても困るのだが、網膜細動脈瘤が決着してから改めて考えようと勝手に決めた。

網膜細動脈瘤は、一度白くなって良い方向に進んだが、1年たったころに再び赤い塊となった。そのときも経過観察でということになり、今年の3月には再び白くなり、6月の観察でも変化はなかった。さらに白内障については進んではいるけれども、視力があるのでまだ様子見でよいということであった。

それでも将来の手術に備えて白内障について調べておこうと思い、インターネットを探っていると、著名なプロフェッショナル・ドクターが近所で開業したというニュースを見つけた。開業してから日も浅いのでそれほど混んでいないだろうと想像し、二度と訪れない好機ともとらえて、次の日の午後訪れた。

予想は的中、院内には数人しかいない。判断は間違っていなかったと気分を良くして、目の検査をしてもらったあと、ドクターの診察を受けた。目を見て、白内障であることを確認したあと、手術には、保険診療自由診療があり、自由診療の方は眼鏡なしで遠くから近くまで見えるようになるという。どちらにしますかと聞かれたので、本を読むときは、眼鏡をかけても不便を感じることはないだろうと判断して、保険診療でとお願いした。

そのあと、ビデオで保険診療での手術の説明を受けた。その最中に、受付のところにあった、保険診療単焦点と、自由診療の多焦点との説明が思い出され、眼鏡なしの生活の方が、高いお金を払っても、生活の質がずっと良いのではと悩み始めた。そして看護師さんに自由診療のビデオも見せてくださいとお願いした。両方の目を自由診療にすると車一台買えそうなとてつもない値段なのだが、毎日のことなのでと考え直して、自由診療に切り替えたいとお願いした。再度ドクターとの打ち合わせに入り、手術日を決めた。何と5日後、考える暇もないほどにあっという間に決まってしまった。

手術そのものに恐れはないのだが、実は目だけは例外だった。目にメスが刺さるのを想像して気持ちが悪いということもあるが、頭を動かさないでくださいと言われると緊張して頭が瞬間的に小刻みに震えるという習性を、いつの頃からか身に付けてしまった。目の手術では間違いなく顔を動かさないように言われるだろうから、そのときに動いてしまったら、メスがほかの場所を切ってしまわないかと心配していた。そこで思い切ってドクターに尋ねてみた。緊張すると頭が動いてしまうが大丈夫ですかと尋ねたところ、「私はプロのドクターです。手術中に頭が動く患者さんはいます。私の手は患者さんの顔に触れているので、顔の動きとともに私の手も動くので、動いても問題ありません。心配しなくても大丈夫です」とのことだった。そしてこのときが、この方は優れた手術医だと信頼した瞬間でもあった。

手術に当たっては目をきれいにしておく必要があるとのことで、3日前から使用する点眼薬を一種類もらい、手術日の昼に来院するように言われた。言われたとおりに点眼薬を投与し、指定の時間に病院に行くと、前回とは打って変わって、待合室は足の踏み場もないほどに混みあっていた。後で分かったことだが、この日の手術を受ける患者さんとその付き添いの人たち、そして手術後の経過観察に来ている患者さんたちで、溢れかえっていたのであった。

手術前の点眼薬を投与し、目の検査をしたあとで、ドクターのところで、レンズの確定が行われた。遠くまですっきり見えるのとぼんやり見えるのとどちらがいいか問われる。この種の質問に答えることは難しい。それぞれのレンズを試すことができないので、確信を持つことができない。若いころは目がよく遠くまでくっきり見えたが、とても目が疲れる経験をしたので、ぼんやりの方をお願いしますと答えた。今でもこの選択が良かったのかは確信が持てない。

手術室は二階にあり、階段を上っていく。付き添いで来てくれた妻に、13階段上るのだといったところその意味が分からなかったようだ。この日、一緒に手術を受ける仲間は7人、全員、手術着に着替えて、さらに点眼薬の投与を受ける。手術が開始されるまでの時間を利用して、待合室と手術室の間の窓を閉じていたブラインドが開けられ、最新の機械で装備された室内を観察できるようにしてくれた。また、手術しているときは、その付き添いの人は希望すれば見ることができるということで、アシスタントの方が希望者を募ったが、手を挙げる人はいなかった。

次に手術が行われる患者は、待合室から待機室に移り、そこで、点眼薬による局所麻酔と入念に目とその周りの消毒が行われる。前の人の手術が終わりそうなころを見計らって、目を閉じたまま、待機室から手術室へと移動する。私のときは、前の人が予想に反して時間がかかったようで、一度待機室に戻され、再度の入室となってしまった。手術台に座ると、椅子が倒され、仰向けにされ、手術する目のところだけを切り抜いた布を顔全体に被せられる。様々なことを思いめぐらして緊張する。相当に緊張していたのだろう、ドクターにまだほとんど何もしていませんからと言われてしまう。明るい光を見ているようにと言われていたのだが、色々なことを考えているうちに疎かになったのだろう。ぼけ老人と思われたか、アシスタントに患者さんは何歳と聞いている。このようなことも重なり、かなり緊張していたのだろう。レンズが入りにくいので、少し気を楽にしてくださいと言われる。苦労してやっと少しだけ緊張を解くと、この瞬間を狙っていたようで、ドクターがうまく入ったという。そしてすぐに終わりですと言われ、緊張が解け、どっと疲れが出た。ドクターには緊張していましたねと言われ、目のことですからと答えた。さらにきれいに入りましたと言われて安心して手術室をでた。待機室を通って、待合室に戻る。待合室で待機している患者さんが、一斉に私の方を見る。彼らの最大の関心事は、見えるかどうかだ。すぐに、どうですかと質問が飛んでくる。眼帯をしていないので、目を開ければ様子が分かる。瞳孔が開いているので、ぼっとしているが、その影響を除くと、とても明るく明瞭に見えていると思えたので、よく見えますよと伝えてあげると、もう見えるのですかと質問者はびっくりしていた。

受付で、手術後の点眼薬の説明を受け、保護メガネを購入し、それをつけて自宅に戻る。この日は入浴なし。翌日に病院に行く。目の検査を受けて、ドクターの診察を受ける。「素晴らしい、予想以上に素晴らしい」という。残りの目も一週間後に手術してはいかがですかといわれ、同意した。翌々日にも診察を受け、同じように素晴らしいと言われる。視力は1.2に、また、近いところに対する視力は1.0で、検診してくれた助手の方よりもよく見えていて、羨ましいとのことだった。

2回目の手術。この日の手術仲間はなんと13人だった。2回目の手術を受ける人が半分くらい。1回目の人が心配そうな顔つきなのに対して、この人たちは慣れたものという感じで、女性の方はおしゃべりに興じていた。先に手術をした女性は、1回目は緊張していて何もわからなかったが、今回はどのようなことをしているのかが手に取るようにわかったと言っていた。

一度経験すると落ち着いて手術を受けられるようになるはずだと自身に言い聞かせて、手術台に上がった。ドクターは、今度は、光を見てくださいとは言わない。前回の様子を見て諦めたのだろうか、それとも覚えているはずだと思ったからだろうかと思いめぐらしているうちに手術が始まった。メスで目に切り口を入れているようだ。いろいろなことを思いめぐらさないようにして、光をしっかりと見つめて手術に対応する。女性が言っていたような正確さでは判断できなかったが、レンズを砕いているようだとか、それを取り出しているのかとか、人工のレンズを挿入している最中とか、それを拡げようとしているらしいなど、大まかな作業は推察することができた。ドクターからは、「よく頑張りましたね。きれいに入りました」とお褒めの言葉を頂き、ほっとして手術室を出た。

今日で2回目の手術をして4日目。見えにくさを感じていたパソコンの作業も、今までとは全く異なる鮮明で明るい画面が見え、快適に作業をしている。もちろん、遠くの景色はとてもきれいに見える。本の方はまだ少し見づらいが、ドクターから、近いほど見えやすくなるのに時間がかかるようだと言われているので、そのうち落ち着いてくることだろう。

手術によって、若いころの目が戻ってきたようで、とても嬉しく感じている。