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bitterharvest’s diary

A Bitter Harvestは小説の題名。作者は豪州のPeter Yeldham。苦闘の末に勝ちえた偏見からの解放は命との引換になったという悲しい物語

身近な存在としての量子力学(6):光合成(続き)



5.3 量子コンピューティング

これまでの話には量子力学に関連する事柄は出てこなかった。どこに潜んでいるのだろう。光化学系IとIIでは、太陽光からのエネルギーを得て化学反応を行っているという説明をした。エネルギーをどのように取り組んでいるかの詳しい説明をしなかったが、この部分に量子力学が働いていると考えられている。

光化学系IあるいはIIは、反応中心とも呼ばれる(ここでは、前の記事で説明したように、太陽光からのエネルギーを受けて水から電子を取り出す)。この反応中心の周りには、下図に示すように、光集光集合体(LHC:Light Harvesting Antenna)が存在する。光集光集合体は、その機能を強調して、光受信アンテナとも呼ばれる。光集合複合体には、数十のクロロフィルが含まれている。それぞれのクロロフィルが太陽光の粒子を得る。
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それぞれのクロロフィルは、太陽光の粒子から得たエネルギーを反応中心まで届けなければならない。エネルギーの運搬は、隣のクロロフィルに渡すことにより行われる。しかし、あるクロロフィルから反応中心までに至る路はいくつもある。
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二点間の最短経路を探す問題は、巡回セールスマン問題と呼ばれ、オペレーションズリサーチの分野の中では有名な問題である。問題を解くのに多くの時間を必要とする問題である(正確にはNP困難である)。酔っ払いが、千鳥足で、自宅へ帰るときのことを想像してもらうと分かりやすいと思う。

しかし、千鳥足で歩いた場合には自宅につくまでに多くのエネルギーを消費してしまうだろう。これと同じように、ランダムに隣のクロロフィルにエネルギーを渡したのでは、反応中心につく頃には、相当のエネルギーを失ってしまうことが予想される。

しかし、植物においては、エネルギーは失うことなく、中心反応に届けられていることが分かっている。どのような仕掛けで、エネルギーが届けられているのかを説明しなければならない。

もし、クロロフィルが量子状態にあるとすると、この問題を解くための糸口をつかむことができる。情報科学の分野では、将来のスーパーコンピュータとして、量子コンピューティングが注目されている。これは、量子状態を利用した計算方法である。量子状態にあるときは、粒子はすべての状態が重なり合っている。これを利用すると、大規模は並列処理を実現することができる。量子コンピューティングはこのような超並列処理の実現を目指したものである。巡回セールスマン問題のような多くの時間を要する問題を瞬時に解くことが可能になると期待されているのが、量子コンピューティングである。

もし、量子コンピューティングが自然界の中に存在しているとすると、とても素晴らしい事実となる。ジム・アル=カリーリとジョンジョー・マクファデン著『量子力学で生命の謎を解く』によれば、嬉しいことに現在かなりのところまで解明されているので、これを紹介しよう。

クロロフィルは以下のような分子構造である。
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マグネシウム\(\ce {Mg}\)の最外殻にある電子の結合は弱く、太陽エネルギーの光子を吸収すると、電子は周りにある炭素の方に弾き出される。これにより、\(\ce {Mg}\)の原子は正に帯電する。電子が抜け出した空隙(ホール)と抜け出した電子は一つの系を構成する。ホールと電子の二つの粒子から構成されるこの系を励起子という。この励起子は、プラス極とマイナス極を持ったとても小さな電池と考えることができる。

この小さな電池のエネルギーによって、隣のクロロフィルので同じことが生じる。即ち、隣のクロロフィルマグネシウム\(\ce {Mg}\)から、電子がはじき出される。これによって新たな励起子が作られる。励起子の生成の連鎖が、反応中心に向かって進んでいく。

どのように励起子が伝わっていくのかを最初に調べたのがグレッグ・エンゲルである。彼はグレアム・フレミングのグループの一員であった。このグループは、二次元変換フーリエ変換電子分光法を発見し、これを用いて、分子系の動的な挙動などを研究していた。エンゲルは、この方法を用いて、光合成複合体である\(\ce {FMO}\)(フェンナ=マシューズ=オルソン)の内部に量子のうなりを発見し、クロロフィルは一つのルートをたどっているのではなく、複数のルートを同時に進んでいることを明らかにした。この量子のうねりは、細菌、水生藻類、ほうれん草で発見され、さらなる証明のために絶え間ない努力が続けられている。