魔術師という言葉から何を想像するだろう。指をパチンと鳴らすだけでモノを隠したり出したりと、変幻自在の芸を召せてくれるマジシャンだろうか。この本でのマジシャンはなにをしてくれるのだろう。クレムリンを操るようなすごい人について語っているのだろうか。本のタイトルを見ただけで興味津々になる。
この本の作者は、ジュリアーノ・ダ・エンポリさんである。父はイタリア人、母はスイス人で、1973年のパリ生まれである。イタリア語とフランス語を流暢に操る。どこの国の人というよりも、西ヨーロッパの人と言った方が適切だろう。イタリアのフィレンツェ市の副市長、イタリア首相のアドバイザーを務めた後、パリ政治学院で教鞭をとっている。ちなみに、この本はフランス語で書かれている。
主人公は、クレムリンの魔術師として活躍するヴァディム・パラノフという架空の人物だが、そのモデルはウラジスラフ・スルコフとされている。彼は、ロシア副首相、大統領府副長官、補佐官を歴任し、新スラブ主義的な概念である「主権民主主義(ロシアの伝統を重視して国民の権利よりも国益を重視)」を提唱し、プーチン政権をリードするイデオローグであった。
登場する人物には、ドイツ首相・メルケルやアメリカ大統領・クリントン、そしてロシアの政治家、実業家などが実名で登場する。面白いところではチェスの元世界チャンピオンカスパロフも登場する。主なところをあげておこう。
ミハイル・ホドルコフスキーは、金融業を梃子に一大財閥を作り上げたが、脱税などの容疑で逮捕され、ソチオリンピックの恩赦で釈放され、現在は亡命中である。ボリス・ベレゾフスキーは、数学者から実業界に転身し、エリツィン時代のオリガルヒの代表で、ロシア公共テレビなどのメディアを傘下に置き、政界の黒幕として活躍、エリツィンの後釜としてプーチンを担ぎ上げるが対立してロシアを離れ、ロンドンで自殺した。
イーゴリ・セーチンは、プーチン政権によって台頭した治安当局出身者「シロヴィキ」の代表格で、プーチンの個人的秘書を務め、右腕として活躍し、ホドルコフスキーの石油会社を吸収した国営石油会社ロスネフチの会長を務めている。よく知られているエフゲニー・プリゴジンは、レストラン業、ケータリングサービス、カジノ事業などで財を成し、彼が設立した会社は傭兵をドンバス地方に派遣するなどして、プーチンの汚れ役を引き受けていたが、昨年暗殺された。
エマニュエル・トッドの『家族システムの起源I』よれば、ロシアの家族システムは共同体家族*1である。その特徴は権威主義的親子関係と平等主義的兄弟関係である。そして、この共同体家族は共産主義体制との親和性が高いと見なされている。共産主義体制を掲げたソヴィエト連邦は20世紀末に崩壊し、その大半はロシア連邦として引き継がれた。共同体家族が持つ精神的な支柱、特に集団主義的・権威主義的な思考は、ロシア連邦においても受け継がれ、さらに強化されたようである。本を参照しながらこの点を確認していこう。
ベレゾフスキーは、エリツィンの後継にと、当時FSB長官であったプーチンを口説く。その場面で、「ロシア人は、街に秩序を取り戻し、国家の道徳的な権威を回復させる手腕を発揮する人物に導かれたいと願っています」(80p)と、また、「さまざまなデータからは、ロシア人が縦軸である権威の強化を望んでいることがわかります。精神分析の枠組みに落とし込むのなら、ロシアのリーダーになるのは、母親の言葉を忘れさせ、父親の言葉を再び押しつけることのできる人物です。財政破綻したときにモスクワ市長が語ったように、政治を変えなければならないのです」(81p)と述べている。ここでは、ロシアが卓越した指導者によって、伝統的な家父長的統治に回帰すべきだと説いている。
この後でプーチンは、ベレゾフスキーとの会談での印象をパラノフに伝えている。それは、「私(プーチン)はベレゾフスキーに大きな敬意を抱いており、彼の申し出には感謝している。われわれが取り組もうとする計画の実現には多大な努力が必要であり、ボリス(エリツィン)が奇跡を起こす力の持ち主であることは承知している。同時に、私は5回も心筋梗塞を起こした老人ではない。私がこの冒険に挑むのなら、他人の手を借りずに自力でやり遂げるつもりだ。私は命令を遂行することに慣れている。これは人間にとって居心地のよい状態ともいえる。しかし、ロシアの大統領は、相手が誰であろうと従うことはできないし、従うべきでない。ロシアの大統領の判断が私的な利益に左右されるようなことは、私には想像すらできない」(86p)である。プーチンは誰にも干渉されずに自分の政治をやり抜くと述べている。人の意見を受け入れず、全てを自身で決めようとする権威主義が表明されている。
次は、パラノフが定義した縦軸、これはロシア的な権威主義であるが、それについてプーチンは「君の言っていた縦軸という概念について考えてみた。面白い概念だが、権威は赤い風船のように宙に浮いたままではいけない。地に固定して具体性を持たせなければいけない。わが国は混沌した状態にあり、信頼できる指導者が求められている。そうはいっても、あらゆる問題を一刀両断できると考えるのは幻想だろう。そこで、縦軸である垂直方向の力を具体的かつ即座に復元するための明確な舞台が必要になる」(87p)と言い、さらに続けて「政治の目的は、人々の不安を解消することだけだ。だからこそ、国家が国民の不安を解消できなくなると、国家の存在は根幹から揺らぐ。1999年の秋、戦場がコーカサスからモスクワへと移り、9階建ての建物が砂上の楼閣のように崩れ始めたとき*2、すでに途方に暮れていたモスクワの善良な市民は、初めて内戦の脅威を目の当たりにした。無政府状態、社会の崩壊、迫りくる死。ソヴィエト連邦の崩壊時でさえ感じることのなかった原初的な恐怖が国民の意識に浸透し始めていた。では、どうしたらよいのか。唯一の回答は垂直方向の力であり、この力だけが獰猛な世界に閉じ込められた人間の苦悩を鎮めることができる。だからこそ、連続爆破事件後、皇帝の優先事項は当然ながらこの力を復元することだった。このときから、統計資料の折れ線グラフを比較検討する官僚の討論会といった西側諸国のやり方を捨て、人間の根源的な欲求を満たすシステムを構築することがわれわれの使命になった。連日連夜、国の深部にまで達する政治の確立に専念することになったのだ」(p97)と述べる。権威主義をさらに進めるに、反体制派の出現を阻止するための強力な治安機関の必要性を説いている。
パラノフは、ホドルコフスキーが逮捕された後の、プーチンの権力の源泉について「機会があれば動物園のライオンや猿を観察してみるがよい。動物たちが遊んでいるとき、上下関係は明確であり、リーダーが全体を管理している。逆に、動物たちが散らばっているとき、動物たちは怯えている。プーチンは垂直方向の力を再構築することによって宮仕えする者たちの舞踊会に規範を示した。舞踊会の掟の歴史は古く、舞踊会のリズムは参加者の昇格と降格によって決まる。宮仕えする者たちのなかには、皇帝の執務室の近くにオフィスを持つ者、皇帝から直接電話を受ける者、皇帝の外遊に同行する者、皇帝とソチでのバカンスをともにする者、政府内で閑職を得る者、国営企業のトップに居座る者がいる。祝宴での席順、大統領に謁見する際に控えの間で待たされる時間、身辺警護にあたる人数など、ちょっとしたことも見逃せない。というのは、権力は些細なことから構成されるからだ。宮仕えする者たちは、上下関係は細部に宿ることを知っている。よって、彼らはどんなことにもこだわる。そしてわずかな不備であっても建造物に亀裂を生じさせることがあると心得ている。これらの要素を無視したり軽視したりするのはアマチュアだ。プロなら些細なことであっても注視する」(136p)と語っている。パラノフの縦軸の概念、それを強化したプーチンの垂直方向の力は、仕えるものにとっての恐怖政治である。
ロシアは民主主義国家ではないと西洋諸国から批判されることに対して、パラノフは、主権民主主義という考え方を提案する。プーチンの考え方も一緒で、「主権を取り戻さなければならない。ヴァディア(パラノフ)、唯一の方法は、持てる資源を総動員することだ。ロシアのGDPはフィンランド並みかもしれない。しかし、ロシアはフィンランドではない。ロシアは面積最大の国であり、最も豊かな国でもある。ところが、われわれは犯罪者集団がロシア国民に帰属する国富を収奪するのを許してしまった。近年、ロシアは国外に貴族を生み出した。彼らはロシアの資源を占有する一方で、心と財布はロシア国外に置いている。ヴァディア、われわれはわが国の富の源泉を再び掌握する。天然ガス、石油、森林、鉱物などだ。そしてこれらの富を、コスタ・デ・ソルに別荘を持つならず者たちでなく、ロシア国民の利益と繁栄のために役立てるのだ。問題は経済だけでなく軍隊もだ。エリツィンは軍隊をどう扱えばよいのかわからなかった。彼は軍隊を少しばかり恐れ、少しばかり軽視した。だからこそ、軍隊と関わることを避けたのだ。軍隊は店舗や高層ビルといった新生ロシアの舞台から遠ざけられた。軍隊は腐ってしまい、将軍はギャングになるか、あるいは政界入りした。飢えた兵士は一箱のたばこ代のために身売りした。南アメリカのどこかの国のようになったのだ。今、われわれは軍隊と公安組織を垂直方向の力に組み戻しているところだ。ロシア国家の中枢には常に武力があり、武力こそがロシア国家の存在意義だった。われわれの責務は、垂直方向の力の復元だけでなく、ロシアの独立を守るためならどんな犠牲も厭わない、祖国を愛する新たなエリートを育成することだ」(142p)と述べている。
ロシアの独立を守るという言葉の中には、兄弟であるベラルーシ、ウクライナが含まれている。袴田茂樹さんによれば、「ロシアの民主主義は、ナショナルな国家性とロシアの伝統的文化の上に構築され、新たな政治制度は特殊ロシア的な性格を有する。ロシアの文化認識は全体論的、直観的、反機械論的である。つまり分析より総合、実利より理念、論理より形象、理性より直観、部分より全体が優越している。この考えは、現実政治の特性を決める公理である。ロシア政治文化の3つの特徴は、(1)「中央集権」による政治的全体性の志向、(2)政治目的の「理念化」、(3)政治制度の「人格化」*3、である」と知恵蔵で説明されている。
パラノフはこれを受けてプーチンの内面を、「当時、私は皇帝の演説を文字通りに受け止めていた。だが、その背後にはどす黒い復讐心が隠されており、その虚しさは決して満たされることがないだろうとは考えもしなかった。だがあの晩、私は、オリガルヒ狩りは始まったばかりだと悟った。悪の手に落ちた企業の経営権を取り戻せば済むという話ではなく、ロシアの資源と力を総動員して国際舞台でのロシアの地位を取り戻す必要があった。目的は主権民主主義の確立だった。主権民主主義の実現には、国の防衛と攻撃を十全に指揮できる鋼鉄の男が必要だった。こうしたエリート集団はすでに存在していた。シロヴィキと呼ばれる治安機関に勤める者たちだ。プーチンはシロヴィキの一人だ。プーチンは彼らのなかでも最大の権力を握り、最も思慮深く、最も厳しかった。それでもプーチンはシロヴィキの一人だ」(143p)と描く。パラノフが、プーチンの恐ろしさを感じ始めた瞬間である。時すでに遅しだろうが、プーチンは他人のアドバイスを受け入れることはなく、不都合な人物は抹殺し、ひたすら自身の信念を貫いていく。
パラノフはプーチンに命じられてウクライナ東部ドンバス地方での暴動を挑発し*4、そして侵攻する。アリーナに乱入し拡声器から、「ナショナリスト、ネオナチ、ロシア嫌い、反ユダヤ主義者たちは、権力のためなら恐怖、殺人、暴動など手段を選ばない。われわれがウクライナ市民の救済を求める悲痛な叫び声を無視することはありえない。無視するのなら、それは裏切りだ。なぜなら、ロシアとウクライナは隣国同士であるだけでなく、これまで何度も述べてきたように、われわれは一つの民族だからだ。キエフはロシア国家の母だ。キエフ大公国はわれわれの共通の源だ。われわれには互いの存在が必要なのだ。ロシアとウクライナは数多くのことをともに行なってきた。そして今後もともにやるべきことや、ともに挑戦すべきことがたくさんある。私は、ロシアとウクライナはどんな難局も乗り切ることができると確信している。なぜなら、ロシアとウクライナは一つだからだ。ロシア万歳〉」(214p)と、発せられた。この事件が起きたのは2014年である。それ以降、ロシアは虎視眈々とウクライナを自国に組み込むチャンスをうかがっていた。そして、ついに2022年にウクライナへの侵攻が始まり、今日まで戦争状態が続いている。
この本では、主人公のフランス人の私が、SNSで知り合った友人からモスクワ郊外の邸宅に招かれ、その人の祖父の代からの「ロシアの権力の歴史」を聞くという筋立てになっている。その老人こそがパラノフである。小説では、エリツィンの末期から、ドンバス地方侵入までの15年間を、ロシアで起きた事件を辿りながら、実名でそれぞれの人がどのような役割を演じたかが描かれている。描写が際立って上手な作者で、思わず登場してくる人物に肩入れしてしまいそうで怖かった。この本を読むまでは、ロシアという国の政治体制には疎かったが、ロシアの政治・イデオロギー・社会などについてたくさんの知見を得ることができた。他方で、権威主義体制の国々と向き合っていかなければならない国際政治の難しさも同時に嫌というほど知らされた。
*1:子どもは成人/結婚後も親と同居し続けるため,家族を持つ兄弟同士が一人の父親の下に暮らす巨大な家族形態が生まれる。遺産は平等に分配され,権威主義的な親子関係と平等主義的な兄弟関係がそこにはみられる。
*2:ロシア高層アパート連続爆破事件:8月終わりから9月にかけて、首都モスクワなどロシア国内3都市で爆発が発生し、計300人近い死者を出した。8月に首相となったプーチンは、チェチェン独立派武装勢力のテロと断定。本事件と、チェチェン独立派のダゲスタン侵攻を理由にチェチェンへの侵攻を再開し、第二次チェチェン戦争の発端となった。プーチンの強硬路線は反チェチェンに傾いた国民の支持を大きく集め、彼を大統領の座に押し上げた。
*3:ロシアの理念にはメシア思想がある。第3のローマ、第3インターナショナルなどもメシア思想であった。ロシアの政治文化においては、個人がすなわち制度である。ロシア人の全体的世界観は形象化(具体像)を求め、カリスマ的な個人の形象によって表現される。
*4:マイダン革命の余波で、2014年3月初旬からロシア連邦を後ろ盾とする反ウクライナ政府の分離主義グループが、ドネツィク州とルハーンシク州で抗議行動を実施した。当初の抗議行動は主にウクライナ政府に対して不満を表明する国内的なものだったが、ロシアが彼らを利用してウクライナに対する組織的な政治活動および軍事行動を開始したとする見方もがあり、スルコフ(ここではパラノフ)が画策したとされている。