3.表現可能関手
世の中のものにはそれぞれ名前がついているのが普通で、いちいちその由来を考えることはないが、時々なぜと頭を悩ませるものがある。表現可能関手(representable functor)もその一つだ。この関手が、何を表現可能にしてくれるのだろうと考えこんでしまう。その都度適当な解釈を見出してその場をしのいでいたのだが、どうも的確であったようには思えない。
Ulrich Goertz, Torsten Wedhornが著わした”Algebraic Geometry I”の8章では、表現可能関手を取り上げている。その冒頭で表現可能を言い換えて、幾何学的な対象(geometric object)と言っている。この本は代数幾何学について説明しているので、幾何学的な対象は、(多変数)多項式の解の集合を表した空間図形(楕円、放物線、双曲線など)だろうと推測できる。
ところで、代数幾何学の基本的な考え方はイデアル(ideal)にあると考えてよい(イデアルは環論(ring theory)とも呼ばれる)。イデアルは整数の性質を調べるために考え出された概念で、倍数や素数などのそれが明らかにされ、その考え方は、多項式の解の集合(空間図形)へと拡張された。とても大雑把に言ってしまうと、空間図形を数の集合として、逆に数の集合を空間図形として扱ってしまおうとするのが代数幾何学である。そして空間図形と数の集合を結びつける概念を表す一つの方法として、表現可能関手が導き出された。
表現可能関手の素性が分かったところで、これをストリング・ダイアグラムで表すという本題に戻ることにしよう。なお代数幾何学は統計学、学習理論、深層学習などに応用され、情報科学・工学の分野ではとても役に立つ基礎理論の一つになっている。
3.1 表現可能関手の定義
それでは定義から始めよう。\(\mathcal{C}\)を局所的に小さい圏とし、\(\mathbf{Set}\)を集合の圏とする。\(\mathcal{C}\)の対象\(A \)に対して関手\({\rm Hom} (A,-) \)は、\(\mathcal{C}\)の対象\(X\)を集合\({\rm Hom} (A,X) \)に写像するものとする。
「定義」: 関手\(F:\mathcal{C} \rightarrow \mathbf{Set}\) が、\(\mathcal{C}\)のある対象\(A \)において\({\rm Hom} (A,-) \)への自然同型であるとき、\(F\)を表現可能という。また\(F\)の表現とは、\( φ:{\rm Hom}(A,-) \cong F \) を満たす対\( (A, φ) \)のことである。
「定理」: この定義から次の定理が導かれる。関手\(F\)が表現可能であるとき、ある\(a \in F(A)\)において、全ての\( x \in F(X) \)に対して、\( (Ff) a = x\)とするような射\(f\)が一意的に存在する。また、その逆も言える。
それではこの定理を、ストリング・ダイアグラムを用いて証明することを考えよう。
3.2 証明の準備
証明に入る前に少し準備をしておこう。表現可能関手に関連する圏と関手は図1のように表すことができる。 図で、関手\(h^A={\rm Hom}_\mathcal{C}(A,-) \)から関手\(F\)への自然変換は\(α\)とした。\(F\)が表現可能であることから、各成分での自然変換に対して逆の自然変換が存在する。すなわち\(A\)と任意の\(X\)に対して、
\begin{eqnarray}
β_A \circ α_A &=& I_{h^A(A)} \\
α_A \circ β_A &=& I_{F(A)} \\
β_X \circ α_X &=& I_{h^A(X)} \\
α_X \circ β_X &=& I_{F(X)}
\end{eqnarray}
となるような\(β\)が存在する。
関手\(h^A\)の役割についても説明しておこう。
図2左に示すように、関手\(h^A={\rm Hom}_\mathcal{C}(A,-)\)は、\(\mathcal{C}\)の対象\(X\)を\(\mathbf{Set}\)の集合\({\rm Hom}_\mathcal{C}(A,X)\)に写像する。また\(\mathcal{C}\)の射\(f:X \rightarrow Y\)を\(h^A(f)\)に写像する。このとき、図2右に示すように
\begin{eqnarray}
h^A(f)= f \circ h^A: {\rm Hom}_\mathcal{C}(A,X) \rightarrow {\rm Hom}_\mathcal{C}(A,Y)
\end{eqnarray}
である。共変関手\(h^A\)を用いて表現可能関手を定義したが、反変関手\(h_A={\rm Hom}_\mathcal{C}(-,A)\)を用いても同様に表現可能関手を定義できる。このときは、関手\(F:\mathcal{C} \rightarrow \mathbf{Set}\) が\(\mathcal{C}\)のある対象\(A \)において\(h_A (={\rm Hom} (-,A) ) \)への自然同型であるとき\(F\)を表現可能という、となる。関手\(h_A\)の役割は次のようになる。
図3左に示すように、関手\(h_A={\rm Hom}_{\mathcal{C}^{op}}(-,A)\)は、\(\mathcal{C}^{op}\)の対象\(X\)を\(\mathbf{Set}\)の集合\({\rm Hom}_{\mathcal{C}^{op}}(X,A)\)に写像する。また\(\mathcal{C}^{op}\)の射\(f:Y \rightarrow X\)を\(h_A(f)\)に写像する。このとき、図3右に示すように
\begin{eqnarray}
h_A(f)= h_A \circ f : {\rm Hom}_{\mathcal{C}^{op}}(X,A) \rightarrow {\rm Hom}_{\mathcal{C}^{op}}(Y,A)
\end{eqnarray}
である。
3.3 定理の証明
それでは、関手\(F\)が表現可能であるとき、ある\(a \in F(A)\)において、全ての\( x \in F(X) \)に対して、\( (Ff) a = x\)とするような射\(f\)が一意的に存在することを証明しよう。図4に示すように、例によって圏\(1\)を設け、圏\(\mathcal{C}\)の対象\(A,X\)を、圏\(1\)から\(\mathcal{C}\)への関手として表すことにする。なお図4下はpasting diagramである。
\(\mathcal{C}\)の対象\(A,X\)を関手\(F,H^A\)によって圏\( \mathbf{Set} \)に写像したとき、図5中に示す可換図が得られる。ここで\(α\)は\(h^A\)から\(F\)への、\(β\)は\(F\)から\(h^A\)への自然変換である。可換図であることから、\(F(A)\)から\(F(X)\)への変換は経路に寄らない。このため図5左の\(h^A(A),h^A(X)\)を経由するストリング・ダイアグラムと、図5右の直接たどり着くストリング・ダイアグラムとは、同値となる。図5左のストリング・ダイアグラムを変形すると図6となる。
これにより\(x = (Ff) a \)であることが示された。
そこで次に\(f\)が一意に決まることを示そう。\(f\)のほかに\(g\)があったとしよう。図5右のストリングダイアグラムの\(f\)を\(g\)に置き換えて変形すると、図7右に示すような変形が得られる。右からの変形と先に示した左からの変形は同値であることから、\(f=g\)となる。これで証明は終了である。
さて次はいよいよ米田の補題を示そう。