bitterharvest’s diary

A Bitter Harvestは小説の題名。作者は豪州のPeter Yeldham。苦闘の末に勝ちえた偏見からの解放は命との引換になったという悲しい物語

マッチングゲームを抽象的に記述する

かつての職場の同僚から数学の本を出版したいので原稿をレビューをして欲しいと頼まれた。順調に読み進んできたものの、あるところでつまずいた。ものすごく飛躍して説明すると、方向が反対になっている世界をどのように記述するかの問題である。どのように理解したらよいのかを考えて具体的な例を探した。

もう40年以上も前のことで恐縮だが、その頃流行ったバラエティ番組のなかに、「フィーリングカップル5vs5」というコーナーがあった。男女5人ずつがテーブルを挟んで座り、いくつかの質問をしあいながら、相性がよい異性を探り合う。最後に、女性のそれぞれが最も好ましい男性を一人選んでボタンを押す。視聴者は自分の好みとも重ねながら、誰と誰がお似合いかを想像して楽しむというものだ。

女性が男性を選択したとき、女性の方は必ず一人選んでいるが、男性の方は複数の女性から選ばれたり、全く誰からも選ばれなかったりと、人生の不条理を感じさせてくれる。この不条理を数学でどのように表現したらよいのだろう。

上図に示すように、女性\(a1\)は男性\(b4\)を選んだ。同様に\(a2,a3,a4,a5\)はそれぞれ\(b1,b1,b2,b4\)であった。女性の集合と男性の集合をそれぞれ\(A\)と\(B\)であらわし、今回の選んだ行為を\(f\)で表したとする。圏論では\(A\)と\(B\)を対象(objects)、\(f\)を射(morphism)と呼ぶ(集合論では、前者を集合(sets)、後者を関数(function)あるいは写像(map)という)。ここでの選択という行為\(f\)は女性\(A\)が男性\(B\)を選んでいるので、\(A\)をソース対象、\(B\)をターゲット対象と言い、\(f: A \rightarrow B\)と表す。また対象\(A\)を構成しているもの、すなわち\(a1,a2,a3,a4,a5\)を要素という。\(B\)に対しても同じである。

圏論での射(集合論での関数も同じ)には約束事がある。それはソース対象のそれぞれの要素に対して、ターゲット対象のある要素が必ず一つだけ存在しなければならないということである。ここでの選択は、全ての女性が行っているので、\(f\)は射の約束事を満足していると言える。

それでは視点を変えて男性側から見た場合はどうであろうか。\(b2\)は一人の女性\(a4\)から選べれているものの、他の男性はそうはなっていない。\(b1\)と\(b4\)はそれぞれ二人の女性から、\(b3\)と\(b5\)は誰からも選ばれていないので、これらは射の条件を満たしていない。どのようにしたら、男性側から女性側への射を作れるのだろうか。

数学では、その部分集合の全てを要素とする集合(冪集合(power set)と呼ばれる)が用意されている。女性の集合\(A\)の部分集合には、全く誰も含まないもの\(\{\}\)が1個、一人だけ含んだもの\(\{a1\},\{a2\},...,\{a5\}\)が5個、二人だけ含むもの\(\{a1,a2\},\{a1,a3\},...,\{a4,a5\}\)が10個、三人だけ含むものが10個、四人だけ含むものが5個、全員からなるもの\(\{a1,a2,a3,a4,a5\}\)が1個ある。冪集合を求めることを\(P\)で表すと、女性\(A\)の冪集合は\(P(A)=\{\{\},\{a1\},\{a2\},...,\{a5\},\{a1,a2\},\{a1,a3\},...,\{a1,a2,a3,a4,a5\}\}\)となる。都合32個の要素を有する。男性\(B\)の冪集合\(P(B)\)も同様に求めることができる。

そこで\(P(B)\)の要素から\(P(A)\)の要素への対応を考えてみよう。上図に示すように\(\{\}\)に対しては\(\{\}\)が対応する。同様に\(\{b1\}\)に対しては\(\{a2,a3\}\)が、\(\{b2\}\)に対しては\(\{a4\}\)が、\(\{b3\}\)に対しては\(\{\}\)がというように全ての要素に対して対応させることができる。これによって男性側から選択されているという行為を、冪集合により表すことができるようになった。この時の射は\(f\)を反対向きに表したもの、すなわち逆射\(f^{-1}\)である。

上図に示すように、集合の圏\(\mathbf{Set}\)に対象\(A,B\)が存在する(圏は構造を有する一つの世界と考えてよい)。\(A\)から\(B\)へはこれまで説明してきたように「選択」という射\(f\)がある。もう一つの集合の圏\(\mathbf{Set}\)には\(P(A)\)と\(P(B)\)のような冪集合が対象として含まれている。前者の圏から後者の圏に対して冪集合を求める\(P\)を考えると、対象\(A\)と\(B\)は、対象\(P(A)\)と\(P(B)\)にそれぞれ写される。また、射\(f:A \rightarrow B\)は\(P(f): P(B) \rightarrow P(A) \)に写される。これは射\(f\)の逆射\(f^{-1}\)で、「被選択」と呼んでもよいものである。式で表すと、\(Pf=f^{-1}\)である。

さらに任意の対象\(C\)があり、射\(g: B \rightarrow C \)のとき、\(P(g \circ f)=P(f) \circ P(g)=f^{-1} \circ g^{-1}\)となることが示せるので、\(P\)は関手としての機能を有している。しかし、射の方向が逆向きとなるので、反変関手とよばれる(同じ方向である場合には共変関手という)。

ここまでの議論ではマッチングゲームを抽象的に表現する時に、女性の選択という行為を射\(f\)で表した。そして男性の被選択という行為は、冪集合を用いて、\(f\)の逆射で表せることを示した。また冪集合への関手\(P\)が反変関手であることも示した。

この議論をさらに発展させると、表現可能関手( 次の自然同型\({\rm Hom}(\_,A) \cong F\) が成り立つときの関手\(F\))から米田の補題( \({\rm Nat}\) を自然変換とした時、\({\rm Nat} ( { \rm Hom }(\_,A), F ) \cong F(A) \) が成り立つ)へと進むことができる。レビューをしている原稿は近いうちに出版されることと思うので、その時を期待している。

追:

折角、冪集合を関手とした例まで示したので、冪集合での表現可能関手(representable functor)まで説明しておこう。このときは、\({\rm Hom}(\_,A) \)と\(P\)とが自然同型になるとき、即ち \({\rm Hom}(\_,A) \cong P\)となる時、そしてその時に限って、\(P\)は表現可能関手であるという。

それでは、\(P\)が表現可能関手であるとしよう。このときは、定義に従って、①任意の\(f^{-1} \in {\rm Hom}(B,A)\)に対してただ一つの\( u \in P(B) \)が存在し、\({\rm Hom}(\_,A) \)から\(P\)への自然変換が可換になることを、②任意の\( u \in P(B) \)に対してただ一つの\(f^{-1} \in {\rm Hom}(B,A)\)が存在し、\(P\)から\({\rm Hom}(\_,A) \)への自然変換が可換になることを示せばよい。

証明する前に少し準備をしておこう。
先のフィーリングカップルの同窓会が1年後に行われてもう一度ゲームをしたとしよう。その時は前回とは少し様相が異なり次のようになったとする。この時の選択を射\(g\)としよう。

その逆射\(g^{-1}\)は、先ほどと同じように求めると、次のようになる。

女性の集まり\(A\)を恒等射で表しそれを\(id_A\)としよう。この時、冪集合\( P(A) \)の要素でこれに対応するのは、もちろん集合\( A=\{a1,a2,a3,a4,a5\} \)である。図示すると次のようになる。

それでは証明を始めよう。①から始める。任意の\(f_1 : A \rightarrow B\)に対して、先に説明したように冪集合を利用すると、\( f_1^{-1} :P(B) \rightarrow P(A) \)が定義できる。ここで、\( f_1^{-1} \)において、先の図で示したようにそのターゲット(値域)を\( A \)だけに限定した射を\(f^{-1}: P(B) \rightarrow A\)としよう。この時、先の例での\(f\)の持つ意味は、女性の人々によって選ばれた男性の集まりとなる。それぞれがだれを選んだかは問われていないので、このような射は\(f_1\)以外にもいくつかあることになる。しかしこれらの射のターゲットを\( A \)に限定した射は全て同じで\(f^{-1}\)となる。これは一般的に言える。従って、任意の\(f^{-1}\)を定めると、そのターゲット\(A\)に写像を与えるソース(定義域)\(u\)は、これまでの議論で、一意に決まることが分かる(先の例では、\(f^{-1}\)に対しては\(u=\{b1,b2,b4\} \)、\(g^{-1}\)に対しては\(u=\{b1,b3\}\) )である)。

任意の\(f^{-1}\)に対してただ一つの\(u\)が存在することが分かったので、後は下図において外側の長方形を可換にするような自然変換\( η_{A}, η_{B} \)が存在することを示せばよい。この時は一番内側に書かれている長方形の図を利用して、右上の\(f^{-1}\)から出発して左側から下に移って、左下の\(A\)に達するることを、同様に下から左側に移って\(A\)に達することを示せばよい。図から分かるように、前者では\(f\)と\(id_{A}\)を利用し、後者では対応する\(u\)から\(f^{-1}\)を利用すればよいので可換となる。これにより、自然変換\( η_{A}, η_{B} \)が存在することを示せた。

②に対しては、下図が可換になることを示せばよい。これに対しても同様に証明できる。