bitterharvest’s diary

A Bitter Harvestは小説の題名。作者は豪州のPeter Yeldham。苦闘の末に勝ちえた偏見からの解放は命との引換になったという悲しい物語

称名寺の黄葉を楽しむ

県立金沢文庫で運慶に関する講演があったので、ついでに称名寺の秋を楽しんだ。昨日(25日)は秋晴れの清々しい日で、ベンチに座っておにぎりを頬張った。近くではこの辺りの主と思われる猫が、邪魔な人が来たと言わんばかりの様子で、秋の温かい日差しをいっぱいに浴びていた。

称名寺は、北条氏の一族である金沢北条氏の菩提寺であった。一族は鎌倉ではなく、海洋交通の要所で風光明媚な六浦(当時はむつらといった)を拠点にしていた。草創の時期は明らかではないが、金沢氏の祖とされる北条実時(さねとき、1224~1276)が、六浦荘金沢の居館内に建てた持仏堂から発したと考えられている。実時の子の顕時(あきとき、1248~1301)の時代に、弥勒堂、護摩堂、三重塔などが建立された。さらにその子の貞顕(さだあき、1278~1333)のときに、伽藍の再造営が行われ、苑池を中心にして金堂、講堂、仁王門など、壮麗な浄土曼荼羅に基づく伽藍が完成した。しかし北条氏が滅亡したあとは維持が困難となり、江戸時代になると創建当時の堂塔の姿は失われた。現在の金堂は1681年、惣門(仁王門)は1771年、新宮は1790年、仁王門は1818年、釈迦堂は1862年に再建された。大正11年に国指定を受け、昭和62年に苑池の保存整備事業が行われた。

それでは、称名寺からの秋の便りを紹介しよう。
県立金沢公園からトンネルを抜けて称名寺境内に入ったところで、黄葉が見事な大きなケヤキ

お昼を一緒にした猫、

阿字ケ池越しに、そして稲荷山を背景に、反橋、平橋、金堂からなる伽藍、

3本のイチョウの大木は見事に色づいていた。

グラデーションが鮮やかなもみじ、

釈迦堂、

近いところから見たイチョウ

こちらはひねくれものの楓。紅葉することはない。謡曲「六浦」にその謂れが語られている。かつてはとても綺麗で歌にも詠まれたので、後進に道を譲り常盤木になったと伝えられている。

珍しい楷(かい)の木は、逆に、負けず劣らず頑張っていた。
この木は中国原産、日本ではあまり見かけないそうだ。孔子の逝去を悼んで墓所近くに様々な木が植樹された。そのひとつが楷の木で、孔子にちなんで学問の木と呼ばれている。

このあと、金沢文庫で、学芸員貫井裕恵さんから「運慶をめぐる史実と言説ー称名寺・鎌倉・東寺を中心に」を聴き、鎌倉時代の知識を深めて、金沢北条家の時代に思いを巡らしながら帰宅した。