bitterharvest’s diary

A Bitter Harvestは小説の題名。作者は豪州のPeter Yeldham。苦闘の末に勝ちえた偏見からの解放は命との引換になったという悲しい物語

日の名残り―The remains of the day

今日、紹介する映画は、『日の名残り』(The Remains of the day)だ。今年度のノーベル文学賞に輝いたカズオ・イシグロの同名の小説を映画化したものだ。1993年の作品で、アカデミー賞の8部門にノミネートされたが、残念ながら、受賞には至らなかった。ちなみに、この年の作品賞には『シンドラーのリスト』が選ばれた。小説としての『日の名残り』は、1989年に発表され、同年にブッカー賞を受賞している。

ストイックともいえるほどに職務に忠実な執事の日常生活を淡々と描いた作品で、アンソニー・ホプキンズがその役を演ずる。

古いタイプの人間を描いたと言えばそれまでなのだろうが、新しく雇った女中頭のケントン(エマ・トンプソンが演じる)に淡い恋心を抱きながらも、ケントンが誘い掛けてくる言葉にも、執事としての対応しかできない、不器用な初老の執事スティーブンスの物語である。

日本には「道」というのがある。武士道、茶道、華道などだ。一つのことを究めようとする精進がそれぞれで問われる。ホプキンズが演じる執事も、執事としての道に精進しているのであろう。昨年、一流大学を卒業し、有名な航空会社で実績を上げていたにもかかわらず、禅僧となった方に、鎌倉の円覚寺を案内してもらう機会があった。境内を案内してくれる道すがら、禅僧はなぜお坊さんになったのか、僧になるための修業はどのようなものだったのかを語ってくれた。禅の道を究めようとする姿が、執事の姿と重なった瞬間、この映画がさらに好きになった。

作品の内容については映画の方を見て欲しいが、好意に感謝しながらも、それを素直に表現できない無骨さが表れている部分を紹介しよう。

スティーブンスが執事をしている貴族の館でキツネ狩りをする場面がある。
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このとき、女中頭として働くことになるケントンは、面接試験を受けに来る。
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無事面接に合格したケントンは仕事を始める。スティーブンスの殺風景な個室を明るくしようと考えて、庭先の綺麗な花を摘む。
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そして、執務室を訪れ、花を飾りながら、次のように言う。
"I thought these might brighten your parlour."
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現在のことを言っているのに、過去形が使われている。高校時代に習った「仮定法過去」という文法の用語を思い出す人もいるだろう。

日本でも、ファーストフード店などに行くと過去形で応対されることがある。慣れていないと面食らってしまう。先日も、オーダーが済んだ後の確認で、「ご注文は以上でよろしかったですか」と言われた。

丁寧さを表すために過去形を用いている。日本語には丁寧語、謙譲語、尊敬語が備わっているので、お客さんとの対応にはこれらの言葉を使えばよい。しかし、ファーストフード店のように仕事を定型化したいところでは、状況に合わせての対応を嫌う。そこで、マニュアル化するために、何とも不思議な言い回しが生まれたのだろう。

英語では、可能性が含まれるような状況を述べるときは、ファーストフード店のような言い回しが普通だ。ケントンがスティーブンスに向かって、「この花が部屋を明るくしてくれますよ。」というのは、あまりにもフランクすぎる。時代は戦前のイギリスで、場面は貴族の館であれば、かつての日本語ではないが、状況に応じた適切な表現が要求される。

mightにはいくつかの使い方があるので、Collinsの"English Grammar"で確認した。4章の「ありそうなことを示唆する」という項目の中の4.137に、可能性として使われる'could','might','may'というのがある。これらの単語は「あることが生じる可能性があるときに」用いると説明がある。例文には、
They might be able to remember what he said.
というのがある。

これらを踏まえると、上の訳は
「お花が執務室を明るくしてくれたらと思ってお持ちしました。」
でどうだろうか。

ケントンの思いがけない行為に面食らって、スティーブンスは次のように言う。
"Beg your pardon?"
この言い回しも、思い出の深い言い回しだ。留学して初めてホームステイをした時、アメリカ人の夫婦の会話の中でしょっちゅう"I beg your pardon."というのを聞いた。日本だと相手の言っていることを聞き直すのは失礼だと考えて、少し前にはやった「忖度をして」、行動しがちだが、彼らは、意味を取り違えないように頻繁に確認を取っていたのがとても印象的だった。

ここは、
「何て言われましたか?」
だろうか。

ケントンは少し表現を変えて、温かみを持たせて次のように言う。
"They might cheer things up for you."
「お花が、周りのものを生き生きとさせてくれ、あなたも明るく仕事ができるのではと思いまして。」

スティーブンスはありきたりな表現で、
"That's very kind of you."
「ご親切に、どうもありがとう。」

ケントンは、スティーブンスの意図を解さないのか、提案を示す"If you like"と"could"(Collins 4.187)を用いて
"If you like, I could bring in some more for you."
「よろしければ、もっとお持ちします。」

スティーブンスは自分のプライベートな生活に入り込まれることを嫌って、
"Thank you, but I regard this room as my private place of work and I prefer to keep distractions to a minimum."
「そのように気を使って下さってありがとう。しかし、この執務室は仕事をするための私の個人的な場所なので、気を紛らわすようなことは最小限にしたいと心がけていますので。」

ケントンは思いがけないことを言われたので、少し攻撃的になって、丁寧を表す"would"を使うが内容は強い表現で、
"Would you call flowers a distraction, then?"
「この花が気晴らしだというの。」

スティーブンスは、いなして、
"I appreciate your kindness. I prefer to keep things as they are."
「あなたのご親切には感謝しています。でも、このままの方がいいのです。」

この後、スティーブンスは父親の呼び方について注意する。ケントンは再びカチンとくる。その場面の表現も面白いので、映画で確認してください。