bitterharvest’s diary

A Bitter Harvestは小説の題名。作者は豪州のPeter Yeldham。苦闘の末に勝ちえた偏見からの解放は命との引換になったという悲しい物語

圏論:ストリング・ダイアグラム ー 集合の要素

1.2 集合の要素

圏にはいろいろな種類があるが、それらの中で馴染みやすいのは集合の圏だろう。これは\(\mathbf{Set}\)で表すことにしよう。集合の圏\(\mathbf{Set}\)とは、対象のそれぞれが集合であり、集合の間の射はそれぞれが全関数であり、射の合成は関数の合成となるものをいう。

例えば、二つの集合\(A,B\)が存在し、\(A\)から\(B\)へと写像する関数を考えることにしよう。このような関数の全てを集めたものを\(\rm{Hom} (A,B)\)で表すと、集合の圏を次のように定義することができる。

集合の圏\(\mathbf{Set}\)の主要な構成要素
1) 対象:\(A,B\)
2) 射: \(f,g,…\in \rm{Hom} (A,B) \)
3) 合成:\( f \circ g \)

射をストリング・ダイアグラムで表現する方法については前回の記事で学んだので、ここでは対象となっている集合\(A\)の要素\(a \in A\)をどのように表したらよいか考えよう。

集合\(A\)と要素\(a \in A\)の関係を図示すると図6のようになる。

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図6:集合の圏での集合とその要素

しかし、圏では対象の中がどのようになっているかを示すことができないので、要素\(a \in A\)を、1要素の集合\(*\)で構成される対象から対象\(A\)への射\(a\)として、図7に示すように表すことにしよう。

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図7:要素を射で表す。

このようにすると、要素を射として表すことができるので、これは前回の記事で示した射の表し方を応用することができるようになる。従って、図8を得る。

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図8:集合と要素を関手で表す。

これをpasting diagramで表すと図9である。

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図9:集合の要素を表したpasting diagram

そして、ストリング・ダイアグラムでは図10となる。

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図10:集合の要素をストリング・ダイアグラムで表す。

それでは、先に定義した集合の圏\(\mathbf{Set}\)を考えてみよう。射\(f:A \rightarrow B \)が、\(A\)の要素\(a\)を、\(B\)の要素\(b\)に移したとする。この様子は、図11となる。

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図11:集合の圏

例によって、圏\(1\)からの関手によって、集合と要素を関連づけると図12となる。

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図12:集合の圏の対象を関手とし、併せて要素も関手とする。

pasting diagramで表すと、図13である。

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図13:集合の圏をpasting diagramで表す。

従って、ストリング・ダイアグラムは図14のようになる。

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図14:集合の圏をストリング・ダイアグラムで表す。


用語説明:ラッセルのパラドックス

集合の圏がでてきたので、これに関連した話をしよう。集合の世界にはラッセルのパラドックスがあり、(素朴集合論では)集合の集合は必ずしも集合にならないとされている。これを避けるために、(公理的集合論では)集合を集めたものをクラスと呼ぶ。クラスに属するものは、共通の性質によって定義されたものである。クラスが集合となるようなものは小さいクラスと呼ばれ、そうでないクラスは真のクラスと呼ばれる。

圏において、対象の集合と射の集合が共に集合である時は小さい圏と言い、そうでないときは大きい圏という。さらに、任意の対象間の射の集合が集合である時、局所的に小さい圏という。

小さい圏の例を挙げておこう。
(1) 空圏\(0\):対象も射も持たない圏である。
(2) 圏\(1\):ただ一つの対象と唯一つの射(恒等射)を有する圏である。
(3) モノイド\(M\):加算乗算などを行う圏で、対象は\(*\)、射は\(M\)(被加数と加数、あるいは被乗数と乗数)、合成は与えられた演算である。例えば、加算\(a+b\)において、\(a,b\)は射で、\(a,b \in M:* \rightarrow *\)、\(+\)は合成である。

大きい圏の例も挙げておく。
(1) 集合の圏\(\mathbf{Set}\):対象は全ての集合、射は集合間のすべての関数、合成は関数の合成である。
(2) 関手圏\(\mathbf{Func}(\mathcal{C},\mathcal{D}) \):対象は圏\(\mathcal{C}\), \(\mathcal{D}\)間の全ての関手、射は関手間の全ての自然変換、合成は自然変換の垂直合成である。
(3) 小さい圏の圏\(\mathbf{Cat}\):対象は全ての小さい圏、射は全ての関手、合成は関手の合成である。この圏では、空圏\(0\)は始対象、圏\(1\)は終対象となる。

ラッセルのパラドックスの話は少し込み入っているので、ここでは、例でその一端を説明しておくだけにしよう。詳しくは、ウィキペディアなどで調べて欲しい。

よく引き合いに出されるのは床屋さんの話だ。ある村に住んでいる男の人たちの集合\(S\)を考える。この村の男たちは、床屋さんに頼まず自分で髭を剃るか、床屋さんに剃ってもらうかのいずれかであったとしよう。

自分で剃る人の集合を\(A\)とし、床屋さんに髭そってもらう人の集合を\(B\)としたときに、集合\(A\)と集合\(B\)とを集めたもの、すなわちそれらの集合を考えると、男たちの集合\(S\)になりそうだ。

ところがどっこいそうはいかない。床屋さんをどちらに入れても、集合を作る前提が崩れてしまうのだ。床屋さんという単語を使って集合を定めていることが問題なのだが、この点を説明したのがラッセルのパラドックスである。

しかし現在ではこのパラドックスを避ける方法が用意されている。床屋さんのケースでは、1)自分では髭を剃るが他人の髭は剃らない人の集合と、2)他人の髭は剃るが自分の髭を剃らない人の集合と、3)自分の髭だけでなく他人の髭も剃る人の集合とに分ければ、これらを集めた集合は村の男の集合になる。

位相空間での開集合の定義も同じように矛盾をきたすことを避けている。その定義は次のようになっている。
1)全体集合と空集合閉集合に属す。
2)閉集合に属す集合の任意の合併は閉集合に属す。
3)閉集合に属す集合の有限個の交わりは閉集合に属す。

上記の定義で、合併の場合には任意個寄せ集めてもよいが、交わりの場合には有限個に限定している。無限にすると閉集合でないものが生じるので、これを避けるためである。
例えば次を考えてみよう。縁なし円の閉集合\(d_n\)を、半径\(r < 1/n \)の中に含まれる点の集まりだとしよう。これは外周を含まない縁のない円である。そして、\(n=1,2,3...\)としよう。
このとき、無限個の閉集合を集めることを考えよう。すなわち\(\cap_{n=1}^{\infty} d_n\)を考えると、これは縁なし円ではなく、ただの点となってしまい、閉集合ではなくなる。

同じように、圏論では グロタンディーク宇宙を用意しているが、ここではその説明は省略させてもらう。