舗装道の脇や古い石塀に、まるで鉄がさびたようなオレンジ色の斑点が点々と現れるのを目にする。あまりにあちこちに見かけるので、いたずら書きとは思えず、「もしかして、これは生き物なのでは」と感じたこともあったが、それ以上立ち止まって考えることはなかった。

先日、地球46億年の歴史を手っ取り早く学ぼうと思い、上野の国立科学博物館を訪れた。地上に最初に現れた生物に興味があったので、まずその展示へ向かい、説明書きを読んでみた。そこには次のように書かれていた――「生物がいつ、どのようにして陸上に進出したのかは、今なお多くの謎に包まれている。しかし、菌類や藻類、あるいは両者が共生する地衣類が、水辺に小さな生態系を形成していたことが、地層の特徴や炭素の同位体比などから推測されている。(中略)そして、およそ5億年前の古生代前半には、陸上への進出に適応した動植物が現れた」と。

古生代前半の地表は、現在のように土壌で覆われていたわけではなく、主に岩石がむき出しの状態だったと考えられている。その様子は、舗装された道路や石塀に似ていたのではないかとも想像される。こうした場所で見られるオレンジ色の小さな斑点は、「ツブダイダイゴケ」と呼ばれる地衣類である。名前に「コケ」とあるが、苔(コケ植物)ではなく、菌類と藻類が共生してできた地衣類に分類される。国立科学博物館の説明によれば、地衣類は以下のような構造を持っている(図は 国立科学技術博物館「地衣類の探求」 を参照):
- 上皮層:菌糸が密に絡み合い、地衣体の表面を覆って外界から保護する。
- 藻類層:共生する藻類が存在し、光合成によって有機物を生産する。
- 髄層:菌糸がゆるやかに絡み合い、栄養や水分の移動を助ける役割を担っている。
- 下皮層:岩や樹皮などの基物に付着するための構造である。

地衣類が巧みに生存している仕組みは、次のように考えられる。菌類は自ら栄養を摂取できないため、共生している藻類から栄養の供給を受けている。藻類は光合成によって糖分を生成し、それが菌類に渡される。菌類はこれをエネルギー源として利用し、菌糸から有機酸を合成・排出する。有機酸は酸性であるため、コンクリート中のカルシウム成分などを溶出させる。このカルシウムは、藻類にとって重要な栄養源となる。
こうしたプロセスは、地衣類が初めて地上に進出した時代にも起こっていたと考えられる。地衣類が排出する有機酸が岩石を化学的に風化させ、やがて砂や粘土といった粒子が形成された。そこに地衣類自身や初期の植物が加わることで、最初の土壌が生まれたとされている。つまり、地衣類の出す有機酸によって岩石が風化し、その表面に鉱物粒子が蓄積した。さらに、地衣類や初期植物の遺骸が有機物として混ざり合うことで、“土壌”と呼べる環境が少しずつ形成されていった。この初期の土壌は厚みも栄養も乏しいものだったが、それでも新たな生命の足がかりとなった。
地衣類に続いて(コケ類もこの時期に現れたとされている)、1億年後には根を持つ維管束植物のシダ類が広がることで、土壌は厚く、複雑なものへと進化した。図は桜の幹に生育したコケ(中央の小さな丸い緑色の群れ)と地衣類(左側の青白い斑点と右の黄色い斑点)である。

一見すると、それはただ道路の片隅に現れた、さび色の斑点にすぎないように見えたり、古木の幹にへばりつき、老いの哀れさを感じさせる媒介にすぎないかもしれない。だが、その奥には約5億年にわたる陸上生態系の誕生と進化の物語が秘められている。地衣類の営みは、単なる風景の一部ではなく、私たちの暮らしの基盤を形づくってきた生命史そのものだと知ると、その静かな営みに深い感銘を受けずにはいられない。
追伸:近所のアジサイがちょうど満開だったので撮影していたところ、擁壁にびっしりと生育した見事なコケの姿が写り込んでいた。
