この夏の気象変化は激しく、太陽が照れば灼熱、雨が降れば洪水と、異常気象が続く中で、都市の排水インフラの重要性を改めて実感させられる。秋雨前線が日本列島を覆うこのごろ、線状降水帯が各地で発生し、次にどこで豪雨被害が起きるかわからない不安が広がっている。豪雨による河川の氾濫や、下水管の処理能力を超えてあふれ出す雨水に、多くの人々が悩まされてきた。こうした汚水の処理や雨水の排除を担うのが下水道局である。今回、下水がどのように処理されているのかを知るために、東京都下水道局の有明水再生センターを訪れた。
(Google Earthで作成)
東京都の下水処理は「区部」と「市町村部」に分かれている。下水道処理は原則として市町村が担当するが、東京都区部については例外的に、特別区に代わって東京都下水道局が一括して管理している。かつて東京都が「東京府」と呼ばれていたころ、区部は「東京市」とされ、東京市がこの地域の下水を管理していた。そのため、東京都に移行した後も、東京市時代の行政構造を引き継ぐ形で現在も維持されている。
区部は10の処理区域に分けられており、それぞれに1〜2か所の水再生センターが設けられている。今回訪れた有明水再生センターは、そのうちの「砂町処理区」に属している。この区域には2か所の水再生センターがあり、有明水再生センターは臨海副都心部を、砂町水再生センターは墨田区や江東区などを対象区域としている。
有明水再生センターは、東京都が管理する他のセンターと比べて規模が小さく、1日の処理能力は約3万立方メートルとされる。通常は能力の半分程度の処理量で運転している。下水の方式には、汚水と雨水を同じ管で流す「合流式」と、別々の管で流す「分流式」がある。有明水再生センターの処理区域は分流式であり、センターでは主に汚水が処理される。
(有明水再生センターで配布されたパンフレットより複製)
標準処理の流れ
下水管を通ってセンターに入ってきた汚水は、沈砂池、第一沈殿池、反応槽、第二沈殿池での工程を経て処理される。沈砂池では大きなごみが取り除かれ、第一沈殿池では2〜3時間かけて沈みやすい物質を沈殿させる。続く反応槽では、微生物が下水中の汚れを分解し、細かい汚れを微生物に付着させて沈みやすい塊とする。第二沈殿池では、反応槽でできた活性汚泥を3〜4時間かけて沈殿させ、処理水(上澄み)と汚泥に分離する。
高度処理(A₂O法)
汚水には栄養塩類が含まれているが、これらがそのまま川や海に放流されると、藻類の異常繁殖や赤潮の原因となるため、前述の反応槽で除去することが望ましい。有明水再生センターでは、リンと窒素を除去するために「A₂O法」と呼ばれる高度処理方式が用いられている。これは、嫌気槽(Anaerobic)、無酸素槽(Anoxic)、好気槽(Oxic)の三つの槽で反応槽を構成した処理方式で、それぞれにリンや窒素を分解・吸収する微生物が含まれている。有明水再生センターでは、嫌気槽 → 無酸素槽 → 好気槽の順で処理が行われている。さらに好気槽から無酸素槽へは上澄み液が、第二沈殿池から嫌気槽へは汚泥が戻される。この循環構造によって、各槽の機能が連携し、高度な処理が可能となっている。
(船橋市のホームページ「下水処理場における高度処理について」の説明図を改変して使用)
1. 窒素の除去
第一沈殿池を経た処理水には、依然としてアンモニア性窒素(NH₄⁺)が含まれている。この処理水は嫌気槽・無酸素槽を経て好気槽へと流入する。窒素除去は、好気槽での硝化と無酸素槽での脱窒という二段階の反応を経て進行する。
① 硝化(好気槽)
好気槽では、酸素存在下で硝化微生物によるアンモニアの酸化が起こる。反応は二段階で進行する。
\begin{eqnarray}
\mathrm{NH_4^+ + 1.5 O_2 \rightarrow NO_2^- + 2H^+ + H_2O}
\end{eqnarray}
- 亜硝酸酸化菌(例:Nitrobacter)による反応:
\begin{eqnarray}
\mathrm{NO_2^- + 0.5 O_2 \rightarrow NO_3^-}
\end{eqnarray}
- 総括反応:
\begin{eqnarray}
\mathrm{NH_4^+ + 2 O_2 \rightarrow NO_3^- + 2H^+ + H_2O}
\end{eqnarray}
となり、アンモニアは最終的に硝酸塩(NO₃⁻)へと酸化される。
② 脱窒(無酸素槽)
好気槽で生成した硝酸塩(NO₃⁻)は循環ポンプで無酸素槽へ送られ、脱窒微生物により窒素ガス(N₂)へ還元され大気中に放出される。脱窒は電子供与体(有機物)を必要とし、必要に応じて外部炭素源(例:メタノール、酢酸)が添加されることがある。段階反応は次の通りである。
\begin{eqnarray}
\mathrm{NO_3^- \rightarrow NO_2^- \rightarrow NO \rightarrow N_2O \rightarrow N_2}
\end{eqnarray}
例(メタノールを電子供与体とする総括反応):
\begin{eqnarray}
\mathrm{4NO_3^- + 5CH_3OH \rightarrow 2N_2 + 5CO_2 + 7H_2O + 4OH^-}
\end{eqnarray}
この二段階を通じて、処理水中の窒素は気体として除去され、水環境への負荷が軽減される。
2. リンの除去
リン除去は、リン蓄積菌(PAO)の働きによって進む。第一沈殿池からの処理水にはアンモニア性窒素だけでなくリン酸(PO₄³⁻)も含まれている。この処理水は、前述のように、嫌気槽、無酸素槽を経て好気槽に流入する。好気槽ではPAOがリン酸をポリリン酸として細胞内に取り込み、第二沈殿池で汚泥とともに除去される。一部の汚泥は再び嫌気槽に戻され、嫌気条件下でPAOは細胞内のポリリン酸を分解してリン酸を外部に放出する。このとき得られるエネルギーを利用して、酢酸などの揮発性脂肪酸(VFA)を取り込み、ポリヒドロキシアルカノエート(PHA)として細胞内に蓄積する。その結果、処理水中のリン濃度は一時的に上昇する。こうして蓄積された有機物は、無酸素槽を経て好気槽に送られると再び代謝され、その過程でPAOがリンを大量に取り込み、ポリリン酸として細胞内に貯蔵する。このとき取り込むリンの量は、嫌気槽で放出した量を上回る。したがって、余剰分が余剰汚泥とともに除去され、結果的にリン濃度が低減する。
以上が、有明水再生センターにおける下水処理および高度処理の概要である。他のセンターに比べれば規模は小さいものの、地域の重要な都市インフラとして高度な処理技術を備え、都市の安全と水環境を守る役割を果たしている。処理された汚水は、飲料水と遜色がないほどに透明で、センター内の魚用の水槽ではグッピーが楽しそうに泳いでいた。こうした姿は、下水処理の確かな成果を目に見えるかたちで示していた。
まとめ
さらに近年大きな課題となっている雨水処理についても話を伺った。東京都の下水道は当初、1時間あたり50mmの降雨に対応できるよう設計されていたが、都市化に伴い基準は引き上げられた。しかし現在ではそれを超える降雨が頻発しており、行政による整備だけでなく、市民一人ひとりの備えも重要となっている。たとえば土嚢の準備や雨水桝をふさがないといった小さな対策も、地域全体の安全につながる。
私自身、朝の散歩で市の水再生センターの脇を通ることがあるが、これまでは特に意識したことはなかった。桜の季節には見学会も開かれており、こうした機会を活用して下水処理への理解を深めることは、災害に備える第一歩でもあると感じている。
追:有明水再生センターの汚水を処理する施設は地下に設置されている。沈砂池は有明水再生センターの建物の下に、そして第一沈殿池、反応槽、第二沈殿池は有明テニスの森公園の地下にある。また、窒素は水再生センターの最上階に設けられた排気口より排出される。
(Google Earthで作成)