19世紀の物理学は、力学を扱うニュートンの理論と電磁気学のマクスウェル理論との間に生じた矛盾に困惑していた。これを解決したのが稀代の天才と言われるアインシュタインである。彼は光の速度は一定であるという仮説を立てて、相対性理論を確立した。今回は恐れ多いことに、この理論に挑戦してみようと思う。とはいっても、ここで扱うのは特殊相対性理論である。相対性理論には外部の力が働かない特殊相対性理論と、重力のような外部の力が働く一般相対性理論がある。ここでは、前者を扱うこととする。それぞれが速度を変えずに運動しているという世界、すなわち慣性系である。
ニュートンの第一法則は慣性に対する法則で、「外力が働かない質点は等速運動をする」というものである。電車に乗っているときを考えてみよう。電車が常に同じ速度で動いていることはほとんどあり得ないが、ここでは少しだけ現実から離れてそうであるとしよう。もし、あなたが後ろの方の車両から前の方へまっすぐに時速の速度で歩いたとしよう。電車に乗っている他の人たちは、あなたが時速の速度で動いていると認識するだろう。ところで、地上にいる人はどうだろう。電車が時速の速度で動いてたとすると、電車の外の人からはあなたが時速の速度で動いていると考えるであろう。
上の問題をもう少し物理学的に表現すると次のようになる。電車という慣性系と地球という慣性系を考える。そして、はに対して速度で運動しているとする。の中で質点が速度で運動しているとき、から見える質点の速度には、が成り立つというのがニュートン力学の法則(運動方程式)である。
それでは、電車の中で人が歩いたのではなく、光が発射されたらどうだろう。ニュートンの運動方程式が言うように、地球からの観察者にはだけ速く見えるのだろうか。アインシュタインは、そうではなく、どちらから見ても光は同じ速度だと言っている。この秘密を解くカギはどこにあるのだろう。
1.思考実験
特殊相対性理論に取り組む前に、光の速度が一定だとするとどのようなことが生じるのかを図を見ながら思考実験してみよう。とりあえず、3種類のケースについて考えることにする。①地球から光を放ち、それを観察する。②光に乗って旅行をし、その中で地球から放たれた光を観察する。③驚くほどの高速で飛んでいる超ロケットからその光を観察する。そして、スタートの時点ではすべてが同じ所でそろったとしよう。すなわち、②③は光が放たれたとき、地球の上にちょうど達していて、また光と同じ方向に向かっていたとする。また超ロケットのスピードは光を超えないものとする。
それぞれの慣性系を①地球、②光、③超ロケットとする。光を放った方向を空間の軸とし、これと時間軸を合わせて考えることにする。空間の他の軸である軸と軸については考えなくても良いものとする。光を放った時間と場所は、慣性系でではそれぞれ原点、すなわち(時間、位置)=であったとする。
それではそれぞれの慣性系について考えていくことにしよう。まずは観察者が地球にいる慣性系から考えてみよう。いま、光が地点を通過した時間はであったとする。光の速さをとすると次のような関係が成り立つ。
それでは次に、観察者が光とともにいる慣性系を考えてみよう。光が慣性系の地点を通過したとき、慣性系は光とともに動いているので、慣性系で見ている光は、観測者と同じ場所に留まっている。すなわち、距離はである。ここまでにかかった時間をとすると、光の速度は慣性系によらずに同じ速度でとしているので次のようになる。
これよりとなる。すなわち、慣性系では時間が全く進まないことが分かる。光と一緒に動くことが可能であれば、我々は年を取ることがないということだ。また、星からの光は、それが発射された時を見ていることになる。なんと遠い過去からのお土産だろうか、星に神秘性が漂っていることが理解できる。
最後に、観察者が超ロケットとともにいる慣性系を考えてみよう。光が慣性系の地点を通過したとき、慣性系での超ロケットは、時間で地点にあったとする。この時、座標はロケットとともに動いているので、である。また、慣性系での超ロケットの時間と距離はそれぞれとなる。それでは、光との距離はどのようになっているのであろうか。
2.仮説
いくつかの性質が分かってきたので、ここでは何が成り立っていそうかを推察することにしよう。光速はどこでも変わらないので、光を基準に考えればよさそうである。そこで、超ロケットの位置を考える時、同じ時間に発射された光との間にどれだけの距離があるのかを考えることにしよう。地球の慣性系から観察したとき、光が発射されてから時間後の光の位置はである。そして、同時に発射された超ロケットはの位置にある。
ここでは、少しだけマジックをさせてもらうことにして、距離が常に正の値をとるように二乗で表すことにする。すなわち光が進んだ距離はとし、超ロケットのそれはとする。それらの間の距離はその差で表されるが、ここでは超ロケットの方から光の方を引くことにしよう。両者間の距離をとすると次のようになる。
この式は中学校で習った三平方の定理に似ていないだろうか。直角三角形において、斜辺の長さをとし、直角に交差する他の2辺の長さをとしたとき、であるというものだ。ちょっと違うのは最初の項にマイナスがついていることだ。
距離の式はなので、変形すると次のようになる。
横軸は空間の軸とし、横軸を時間軸としよう。このようにすると、下図で示されるように緑の直角三角形を描くことができる。ところで、時間軸の方はマイナスとなっているので、縦軸の方は虚数としよう。さらに、縦軸は少し工夫を凝らしてで表すことにしよう。このようにすると光の通り道はこの座標系では傾きがとなり、光が通っている地点での空間軸での長さと時間軸の長さが一致する。このようにすることで、式4は図での緑の三角形のように、わかりやすく表すことができる。なお、虚数は、である。ここで、距離を世界間隔、光の通り道の線を光の世界線と呼ぶこととする。
ここでの仮説は、は慣性系によらないというものである。その根拠は、「光の速度は一定なのでどの慣性系から見たとしても、超ロケットから光の場所までの距離は変わらないはず」というところにある。それでは確認することとしよう。
3.ローレンツ変換
それでは慣性系から慣性系への変換を考えてみよう。二つの慣性系は最初は原点を共有しており、慣性系は慣性系に対して速度で離れていくとする。今、慣性系の点は、慣性系では点に対応したとする(ここでは縦軸はではなくとする)。慣性系同士は等速度で離れていくだけなので、二つの点の関係は次の一次変換で表すことができる。
行列を使わないと、次のようになる。
また慣性系同士は速度で離れていくので、次の関係が成り立つ。
それでは式5の行列を求めよう。具体的に議論を展開するために、これまでの地球とロケットの慣性系を用いることにしよう。下図は観察者が地球から超ロケットを観察している場合である。観察を始めた時点(図の左側)では同じ場所にいたとする。すなわち、両方の慣性系の原点は同じ所にあり、観察者も超ロケットもこの場所にあったとする。
今、地球の慣性系で時間経過したとしよう(図の右側)。この時観察者は軸上では進んでいないので、地点のところにいることが分かる。この時、ロケットの慣性系では、時間が経過したとしよう。超ロケットもこの観察系では微塵も動いていないので、地点にいる。
それではこの地点は、地球上の観察者からはどのように見えるのだろうか。観察者からは超ロケットはで飛行していると観察される。従って、慣性系は慣性系から速度で遠ざかっていく。従って、地点は、慣性系ではとなる。
一方、式7からの時のを求めると、である。
従って、より、次が求まる。
次は観察者が超ロボットから地上を観察しているとしよう。それは下図で示される。
時間が経過した後での観察者の位置はである。この時の地上では時間経過しており、はから速度(超ロボットから見たときは方向が逆なので負となる)で遠ざかっていくので、その位置はとなる。また、式6,7から求めると、である。これより次が得られる。
式10,11よりとなる。をで表し、
とすると、慣性系から慣性系への変換は次のようになる。
となる。逆に慣性系から慣性系への変換は次のようになる。
慣性系から慣性系への変換で、速度をとしたが、これを反対方向、すなわちとしたときは次のようになる。
とする( )と、慣性系と慣性系の座標変換は次のようになる。
式20,21での行列をローレンツ変換という。
4.ニュートンの力学との合致
慣性系間の速度が光の速度とは比べられないぐらい遅い場合には、 なので式20より、
5.仮説の検証
世界間隔が、慣性系によらないということを証明しよう。
世界間隔の式は式21を用いて変形すると次のようになる。
これで、慣性系によらず世界間隔は一定であるということが示された(目出度し、目出度しである)。
ここからは少し遊びとなるが、縦軸を虚数の軸にした場合のローレンツ変換がどのようになるかを考えてみる。今、双曲線関数を用いて、とすると、
より、
虚時間を用いれば、より次を得る。
上記は、二次元の回転行列と同じ形をしていることが分かる。
7.おわりに
この記事を書くきっかけとなったのは、恒例となっている朝の散歩での頭の体操である。光の速度が一定の時にどのようなことが起きるのかを考えた。頭に浮かんできたのは次の図である。
ここでの登場者は、人と、光の半分の速度で走る超ロケット、そして光である。スタートラインから一斉にスタートしたとして、人の時計で時間経過したとする。光や超ロケットと比べて人の速度は大したことはないので、人はまだスタートラインのあたりであろう。光は人からだけ離れた位置にいるとしよう。すなわち、である。そして、この時の超ロケットと光の間の距離はである。超ロケットから光を観察したときは、光が離れたように見えるであろう。超ロケットに備えられていた時計はを指していたとしよう。この時、超ロケットから見たとき、光は時間かけて、の距離だけ離れていったように見えるであろう。従って、となる。ところで、なので、である。超ロケットでは地球の半分の時間しか経っていないことになる。
先週1週間は、強力な台風の到来によって家に閉じこもらざるを得なかった。このため、散歩中に得られていた上記のヒントを利用し、なるべく独力で相対性理論に挑んでみようと、式をあれこれと文字通りこねまわした。その結果が上記のものである。一応形になったので、ほっとしている。
相対性理論について学んだのは大学生の頃だと思う。その頃は理論的にはそうでも、現実に役立つ領域があるのだろうかと疑問に思っていた。しかし、最近はそうでもなくなった。人工衛星からのGPS(全地球即位システム)で位置情報を得ているが、これまでに説明した速度の差による時間差が問題となる。実際にはここでは扱わなかった加速度も問題となるので、それらも含めてGPSでの時計を修正する必要がある。現代社会は、アインシュタインの理論なしには成り立たないような世界になっている。このような人智を超えた先見性と創造性に触れ、あらためてアインシュタインは稀代の天才だったと驚嘆した。