アメリカトランプ大統領の相互関税の発表は、世界の株式市場に大きな影響を及ぼし、世界恐慌を招くのではないかとの危惧も抱かせている。今回の政策のベースとなっているのは、おそらく、スティーブン・ミラン氏が2024年11月に発表したマールアラーゴ合意であろう。そこには、国際金融秩序の再編と持続的なドル高による経済不均衡の是正を目指すと提案されている。その骨子は、①関税政策の強化: アメリカは関税を段階的に引き上げることで、貿易不均衡の是正と国内産業の保護を図る、②通貨政策の調整: ドル高是正のため、多国間協定を通じて各国通貨との調整を行い、持続的なドル高による経済不均衡を是正する、すなわちドル安にする、③安全保障と経済政策の連携: 通商政策と安全保障を密接に関連付け、アメリカの安全保障の提供と引き換えに、各国が保有する米国債を100年満期の譲渡不可能なゼロクーポン債にスワップしてドル安に誘導する、である。この提案はトランプ政権の政策(関税強化とドル安志向、安全保障との連携)となっているようである。
しかし、関税を上げてドル安に誘導するという政策は次の点から矛盾していると経済学者の池田信夫さんは指摘する。①貿易赤字の縮小:関税が上がると輸入品の価格が上昇して輸入が減る一方、輸出に対する直接的な制約はないため、貿易赤字が縮小し、外貨の供給が減って、ドルが上昇しやすくなる。②資本流入の増加:アメリカが関税を引き上げると、短期的には国内市場が強化されると期待されるため、投資家がアメリカ資産を買い求める、アメリカ債や株式市場への資本流入が増えて、ドルの需要が上がり、ドルが上がる。③アメリカのインフレ率上昇と金融政策:関税の引き上げは、輸入品の価格上昇を通じてインフレ圧力を高めるため、FRBが利上げを行う可能性が高まり、ドル高が加速する。
上の議論で、一方は関税強化とドル安は両立すると言い、他方はそれは矛盾すると言っている。両者とも経済学については深い学識を有しているはずなのに、真っ向から対立するのはなぜだろう。自然科学であれば、地球が太陽の周りをまわっているのか、太陽が地球の周りをまわっているのかのような議論ははるか前には存在したが、現在ではそのようなことは話題にも上らない。正しいとされた法則の上に次の新しい法則が追加されているので、進歩し続けている。それに対して、経済学の方は、そのようにはなっていないようである。なぜなのだろうかという問いに答えてくれるのがこの本である。
今日の経済学で重きをなしている理論はミルトン・フリードマンに代表される主流派経済学である。中野剛志さんは、主流派経済学は似非科学であると一刀両断に切り捨て、「批判的実在論」に立つべきであると主張する。科学の方法論(哲学)に関しては、いくつかの流れがある。社会科学の中で幅を利かせているのは実証主義(positivism)である。実証主義は、現象の背後に形而上的な原因を求めるような思弁を排し、事実を根拠とし、観察や実験によって実際に検証できる知識だけを認め、それらを体系化して理論としてまとめる哲学である。このため、理論の正しさは、現象の「説明」と「予測の正しさ」が成り立つことである*1。
実証主義は自然科学の発展に大きく貢献した。自然科学の分野では実験によって再現できるため、理論の正しさを納得させることができる。ニュートン力学では、同じ高さから落下させると、どのようなものでも、同じ時間をかけて床に到着するとなっている。これは、真空の空間を用意すれば実験でき、その言説の正しさを確認できる。そこには、それを定める物理的な法則があることも確認できる。
しかし、経済活動の場合はどうであろう。そうはいかない。ニュートン力学のような法則を見出すことはできない。関税を上げたらどうなるかということに対して、ドル安になると予想する政策担当者もいるし、そうはならないと主張する経済学者もいる。社会科学では法則を見出せない場合が多い。法則が成り立つような体系を閉鎖系(closed system)といい、そうはならないものを開放系(open system)*2という。経済も開放系であるにもかかわらず、これを閉鎖系のように扱おうとすると無理が来る。主流派経済学では、「合理的経済人*3」や「一般均衡理論*4」を基礎としているが、現実の経済の実情からするとあまりにも単純な要素に還元しすぎている。
実証主義が経験に基づいて体系づけているのに対し、経験できないところにも実在(reality)があるという考え方をとる科学者がいる。これは自然科学ではごく自然な見方である。例えば、アインシュタインの相対性理論は、光の速さは一定であり、光速で移動している物体の時間は止まっていると主張した。今でこそ実験的に確認できるが、この理論は長いこと実験することができなかったが、正しいと見なされていた。同じことは、量子力学においても見ることができる。
このような考え方をする哲学は超越論的実在論(社会科学に応用したとき批判的実在論という)と名付けられ、その代表的な思想家はイギリスのロイ・バスカー(Roy Bhaskar)である。中野さんの本の中から抜き出してみよう。「バスカーは、自然科学について次のように論じた。科学とは、「物についての知識」である。知識とは、人間が生み出したものであり、科学者たちによる探求という、ある種の社会的な活動を通じて生産されるものである。その意味において科学は、人間の活動に依存するものといえる。(中略)、科学には、社会的な活動によって生み出された知識という次元と、科学的知識から独立した物体や運動といった「実在(reality)」という次元の両方がなければならない」と記述している。これは科学には二つの側面があり、人間の活動に依存する「他動的(transitive)」な側面と、人間の活動から独立して存在している自律的(intransive)な側面とがあることとなる。さらに、科学が探求するのは実在の構造やメカニズムであって、古典的経験論*5や実証主義とは違って、単なる観察可能な現象ではないし、その構造やメカニズムは、超越論的観念論*6とは違って、「自動的」なもの、すなわち人間の主観から独立して存在するものであるとも述べている。
社会科学が対象とする社会を批判的実在論で考えてみよう。この哲学の特徴は観察できない実在が存在していると主張している点にあるので、社会的実在あるいは現実(social reality)について考えると、①社会という存在は人間活動に依存し、逆に人間活動のないところに社会は存在しない、②社会は人間活動に依存しているために、転換可能であって不変ではない、③人間は人間活動に依存する社会の影響を受けるので、人間もまた転換可能な存在である、とこのように社会を観察できない実在として捉えることができる。
上述の一般的な社会的現実を具体的な国家に当てはめると、①国家と呼ばれる社会的現実は、封建国家、市民国家、帝国、国民国家というように、時代あるいは地域によってさまざまな形態をとり、同じ国家であっても、その形態は歴史的経過を通じて変化する、②国家は、主体行為が相互に織りなす複雑な社会関係から創発した実在であると認識することによって、国家を、例えば、個人や階級など、特定の行為主体に還元して狭く理解するのではなく、あるいは、一枚岩的な個体として物象化するのでもなく、国家を支える様々な行為主体や社会関係を総合的に理解するという視座が得られる。
具体的に国家政策について考えると次のようになる。政策を決定するのは国家ではなく、政策決定者である。政策決定者は、政府・中央銀行などの公的機関、それらの職員などから成り立っている。政策決定者は、完全雇用や経済雇用といった特定の政策効果をもたらすメカニズムを特定する。そして、メカニズムを効果的に作動させるために、そのメカニズムを他のメカニズムの効果から遮断しなければならない。ただし、開放系である社会において閉鎖系を実現することは不可能であるが、部分的に規制することによって、「半・規則性」の社会を構築することができる。もちろん政策の受け手は市民あるいはその集団ということになる。図示すると次のようである。

上記の説明で「半・規則性」の社会をどのように構築できるのかについて疑問を持つ。これに答えてくれるのは歴史社会学である。歴史社会学者のマイケル・マンは、パワーには二つの次元があり、それらは専制的パワーと下部構造的パワーであるとしている。専制的パワーとは、「国家エリートの市民社会に対する分配的パワーである。それは国家エリートが市民社会集団との日常的な交渉なしに行動する範囲に由来する」としている。そして、下部構造的パワーは、「専制的か否かにかかわらず、中央国家がその領土に浸透させ、決定を合理的に実行できる制度的な能力である。これは国家インフラを通じて社会生活を調整する集合的パワー、社会を貫くパワーである。国家は領土内に浸透する集権的で根本的な一連の制度として認識される」としている。
マイケル・マンは、専制的パワーと下部構造的パワーの強弱に応じて、歴史上の国家形態を次のように分類している。

この後、政策立案に至るまでの議論が続く。結論だけ述べると、複雑系であることからアジャイル(漸変的)な政策形成を勧めている。今回のトランプ大統領の相互関税政策、あるいは、ミラン氏提案のマールアラーゴ合意は、漸変的とはかけ離れた跳躍的な政策変更である。このため、リスクの高いあるいは予測不可能な政策といえる。相互関税が発動されてから一週間余りだが、予想されたように大きな混乱を引き起こしている。このような現状を見ると、政策の立案に際しては批判的実在論のような科学的な方法に従って欲しいと望む次第である。
*1:主流派経済学は実証主義といわれている。しかし、フリードマンの方法論では、理論の正しさとは「現象の予測」のことであって、「現象の説明」に関してではないとしている。このため、実証主義ではなく、道具主義であると中野さんは断じている。しかも、予測も時々外れるので、科学といえるのかと苦言を呈してさえいる。
*2:開放系と不確実性とは同義である。そして、不確実性とは、事象が確率的にすらも規則的に起きないために、予測不可能であることを意味する。サイコロはどの目が出るか確率的に分かっているので、不確実性なものではない。株価の予想をすることが不可能であるように、経済社会の本質は不確実性である。
*3:主流派経済学では、経済活動をする人を、自己の経済的利益を最大化するという目的のために合理的に行動する原子論的な個人と仮定する
*4:経済全体におけるすべての財貨に対して需要と供給が同時に一致した状態を一般均衡という。
*5:デイヴィッド・ヒュームに代表され、「Aが起きたら、その後に必ずBが起きる」といったように、ある単独の事象と別の事象との間に「恒常的連接関係」が観察されれば、その恒常的連接関係が必然的な因果関係となる
*6:科学とは、単に事象間の恒常的連接関係を観察すれば足りるのではなく、さらに、自然界の秩序や構造に関するモデルや理念といった知識を構築するものである。