bitterharvest’s diary

A Bitter Harvestは小説の題名。作者は豪州のPeter Yeldham。苦闘の末に勝ちえた偏見からの解放は命との引換になったという悲しい物語

細見和之著『フランクフルト学派 ホルクハイマー、アドルノから21世紀の「批判理論」へ』を読む

なぜ、人間は戦争をするのだろう。20世紀が終わる頃、資本主義陣営と共産主義陣営の間で繰り広げられた冷戦はソ連の崩壊によって終了した。これによって、世界に民主主義が広く行き渡り、平和を享受できる時代が迎えられると夢を抱かさせてくれた。しかし、このはかない夢は、権威主義国家の台頭や新型コロナウィルスの猛威によって打ち消され、きな臭い匂いも漂い出し、ウクライナへの侵攻が始まった。まさかと思われていたヨーロッパで、人が亡くなり、家が失われ、町や村が破壊されるという状況が生じ、3年経った今でも続いている。中東でも同じように衝撃的な状況が起きている。

他方で、人類は生命科学や生成AIに代表されるような医療・科学技術を発展させた。賢いはずの人類が、なぜ、戦争のような愚かな行為を繰り返しするのだろう。20世紀の前半にもこのような状況が発生した。第一次世界大戦で多くの人の命が失われた後で、国際間の紛争を解決するための国際連盟が設けられたり、ドイツでは民主主義の典型とも言われるワイマール憲法が制定されるなど、人類の理性を結集したかに見える施策が施され、国家間の争いはこれからは起きないのではと期待をもたせてくれた。しかし、その期待は見事に裏切られ、膨大な人命が失われる第二次世界大戦が発生してしまう。このような状況をどのように見たらよいのだろう。

この時代にこのようなことがなぜ起こるのだろうという疑問を解明しようとしたのが、戦後になってフランクフルト学派と呼ばれる思想家たちである。第一次大戦終了後にフランクフルトに社会研究所が設立され、1930年前後から彼らは活動を始めた。この研究所の思想家たちはユダヤ系の出自を持つ人々で、しかも豊かな人々であった。社会研究所での活動を開始してからしばらく経つと、国家社会主義(ナチズム)が勢力を有するようになり、彼らは身の危険を感じて、国外に亡命する。そして、なぜこのようなことが起きたかについて研究する。この考察は、戦後ドイツに戻ってからも続けられる。

フランクフルト派の代名詞ともなっているのは「批判理論」である。社会研究所の設立当時の参加者であったマックス・ホルクハイマーは、1937年に長大な論文「伝統的理論*1と批判的理論*2」でこの言葉を使っている*3。伝統的理論は、自然科学に代表されるように、相互に矛盾のない法則によってその分野の現象を説明しようとする。この方法はデカルトに始まる。一方、批判的理論は、社会には矛盾が存在するとし、その矛盾を乗り越えていこうとするものである。カントの純粋理性批判にその根源がある。

フランクフルト派のもう一つの特徴は、水と油のように思われる二つの思想をまとめていることにある。フランクフルト派の始めの頃の思想家たちは、資本主義の矛盾を指摘したカール・マルクスと、無意識を心の深層としたジークムント・フロイトの理論を統合して、その当時の社会を批判した。それがホルクハイマーとテオドール・アドルノによる『啓蒙の弁証法』である。この第2章「オデュッセウスあるいは神話と啓蒙」では、ギリシャの詩人ホメロスの傑作「オデュッセイア」が引用されている。オデュッセイアは、ギリシャの英雄オデュッセウストロイアの戦いに勝利した後に、さまざまな海の冒険を経て、故郷のイタケーにたどり着き、妻と再会し家族と領土を回復するという長編叙事詩である。叙事詩の中には、「文明が自然を克服したはずなのに、逆に自然に支配されている」という矛盾が隠されているということを、フロイトの理論を応用しながら説明している*4。ここでの最終的なテーマは、「自然と文明との融和」である。ここで指摘されたテーマは、地球温暖化という課題を抱えた今日でも、重要な課題であることは言うまでもない。

ホルクハイマーとアドルノの後を引き継いだのは、ユルゲン・ハーバーマスたちである。彼らは、フランクフルト派の第2世代ともいわれる。ハーバーマスは多彩な人物で、アカデミックな理論家、社会的な批評家、果敢な論争家という面を持っている。ハーバーマスの著作の出発点は、教授資格論文の『公共性の構造転換』である。この本の前半で、18世紀から19世紀にかけてのヨーロッパで、「市民的公共性*5が形成されていた経緯を跡づけている。本の後半では、そのようにして成立した自律性を持った市民的公共性が、19世紀からの国家の介入と巨大なマスメディアの成立によって、失われてゆくさまを描いた。国家が主導権を握り、市民の生きる場は「社会圏」と「親密圏」という両極に分解していき、かつての「文化を議論する公衆」は「文化を消費する公衆」へと姿を変えたと分析した。ハーバーマスの最終的な関心は、そういう構造変換を経たのちの現在において、コミュニケーション的行為としての市民公共性をどのように再興できるかというところにあった。

フランクフルト学派は現在は第3世代となり、アクセル・ホネットなどが活躍している。彼の『承認をめぐる闘争』は、社会的な葛藤や不正義を理解するための理論を提供している。この本で、社会的なアイデンティティや人間関係の形成における「承認」の役割を探求している。ホネットは、承認論を3つの主要な形式に構成した。それらは、①親密な関係における愛、②市民社会における法(権利)、③社会的な連帯、である。これらはハーバーマスのコミュニケーション的行為の根底にあるものとして、承認ないし承認をめぐる闘争に改めて強い光を当てた。これらの承認形式が欠如すると個人はアイデンティティの危機や社会的疎外を経験する可能性があるので、これらの承認を求める闘争が、社会的な変革や進歩の原動力になると彼は主張した。この理論は、現代社会における不平等や差別、社会的排除の問題を分析するための強力なフレームワークを提供している。

矛盾を抱え込んでいる状況の中で、荒れ狂った争いを防ぐことは簡単に解決するような課題ではないようである。しかし、著者は、『啓蒙の弁証法』を説明する中で、オデュッセウスの中に潜んでいる悲惨さを語り継いでいくことが、将来に希望(メルヘン)を与えることになると指摘していた。特効薬はないが、「自然(人の欲望も含まれる)と文明との宥和」に向けての地道な努力を続けていくことの大切さを訴えていた。残念ながら、現実を見るとそう思わざるを得ないようである。

*1:ニコニコ大百科によれば、伝統(的)理論を一言で言ってしまえば、科学主義、統計主義のことである。デカルトから始まった近代科学理論は、いまではあらゆる分野に広まった。複雑な情報を統計的に処理し、理論化する。そこでは厳密なルールが定められた形式論理に基づいて、全ての部分で矛盾が取り除かれる。伝統(的)理論においては主観的な事柄と、客観的な事柄を完全に分離させる二元論[1]に基づいているのだ。客観的な数量データを統計処理し、主観によってそれを定式化する。そして逆にその定式に客観的なデータを当てはめたりすることもある。例えば心理学では、実験参加者はアンケート受け、心理学者はその結果を統計でまとめ、理論として確立する。またその理論を別のケース当てはめて問題解決の鍵とすることもできるだろう。このような用法こそが近代科学の意義である。

*2:ニコニコ大百科によれば、批判(的)理論は伝統(的)理論とは異なり、理論の内部に矛盾を持たないことを真理の証としない。というのはそもそも私たちが生きる現実社会というのは矛盾に満ちているものだからである。批判(的)理論はそんな矛盾に満ちた社会を総体として捉えるのだ。ホルクハイマーは社会というものを、個人の行為の集合体でありながら、総体としては独立した動きを示す存在であると解釈する。社会は個々の主体を超越し、彼らを従わせる巨大な主体なのである。そんな社会の持つ矛盾を積極的に意識したものが批判(的)理論であり、それは批判(的)理論が矛盾溢れる社会の自己意識であることを意味する。よって批判(的)理論は主観と客観を区別することをやめる。批判(的)理論にとって、社会は客体であるとともに主体でもあるからだ。批判(的)理論は、伝統(的)理論のように現状を観察、分析するだけのものではない。批判(的)理論の関心は、社会の総体が抱える矛盾の克服を目指すという実践的問題である。批判(的)理論は科学や学問の成果を、社会的実践に役立てることを目的とするのだ。

*3:批判を表すドイツ語の原文は、この論文では小文字の形容詞で、戦後は固有名詞の大文字で使われている、このため、著者もこの論文に対しては批判的とし、戦後のものに対しては批判を使っている。この批判(的)理論のモデルになっているのはマルクスの経済思想である。マルクスは当時の経済学者(古典派)が疑いなく前提としていた利子、地代、貨幣、そして資本主義をラディカルに(根底から)再検討し、そういうものが廃棄される新しい社会を展望していた。ホルクハイマーの批判理論もまた、これまでの理論の前提そのものの変化の可能性を信じ、最終的にそれらの前提が廃棄され社会が変革されることを望んでいたのである。

*4:ニコニコ大百科には次のような説明もある。オデュッセイアで引用されるのはそのエピソードの一つである、「セイレーンの歌」だ。オデュッセウスとその従者たちの船は、セイレーンのいる浜へさしかかる。この不気味な女共は近くにきた人間を歌で惑わして殺してしまうという恐ろしい魔女であった。オデュッセウスは娼婦の女神キルケーからこのことを聞いており、部下には耳に栓をさせ歌が聞こえないようにしてひたすら船を漕がせた。一方で自分は船のマストに手足を自ら括り付け、歌声を聞いても惑わされないようにした。こうしてオデュッセウスは見事この難所をくぐり抜けたのである。オデュッセウスは、①従者に耳を聞こえなくして船を漕がせる、②自身は身体を縛り付け魔女の誘惑に耐える、という2つの方法でこの場所を通過した。このアレゴリー(たとえ話)は自然に対する人間の支配。あるいは神話に対する支配と労働の関係性を示唆している。ここにおけるセイレーンは自然。オデュッセウス一行は自己(人類)を表している。先述したように、自然は野蛮サイドであり、(自然と区別された)自己は文明サイドの単語になる。ここでも野蛮と文明の対立があることがポイント。人類(オデュッセウス一行)というのは自己の統一性を保持し、自己の保全を目的として(つまりセイレーンに殺されないため)に、社会的分業を行う。支配者であるオデュッセウスはセイレーンの歌声による身の破滅を防ぐために、身体を縛り付ける。これは文明化した市民が身近になった幸福を、それに溺れることを厭って逆に遠ざける様子を表現している。一方で服従者である漕ぎ手はその歌声の魅力を知りながらも耳を塞がれ、ただただオデュッセウスの命令に従って労働に専念する。彼らは本来的な人間感覚(ここでは聴覚)を喪失し、命令に従うだけの被支配者になる。オデュッセウス(命令者)と従者(服従者)は、セイレーン(自然、野蛮)に打ち勝つ(自己保存する)ために、分業を行いながらも、それぞれが禁欲を強制される。自然を支配するつもりが、逆に自然に支配されてしまっているのです。ここから文明化社会の呪いが見て取れる。

*5:この時期、社交界のサロン、喫茶店、読書サークルなどを通じて、身分差を越えて人々が集い、語り合う場が成立していった。そこでは、自由に発言しあうために、貴族もまた一般市民と同等であることを望んだ。